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作者: 七夕ハル
掲載日:2016/02/25

 兄ちゃん、兄ちゃんと妹の呼ぶ声がする。いつもの元気な声ではなく、弱々しくすがるような声色だった。僕は何もできない自分が悔しくて、そっと拳を握りしめた。喉の奥に錆びた金属の味のものが流れてきた。ああ、血だ。僕は自分が唇から出血していることを知った。もはや、妹は食べ物を噛む力もなかった。ただ、配給品のスープの残りを飲むだけだった。僕は空腹で苦しかった。妹の代わりに堅いトウモロコシなどをいつもより余分に食べれることを密かに喜んだ。妹にはその分市役所からもらってきたトマトのスープを二人ぶんあげた。でも、配給される食料はわずかだったために僕らはいつも空腹に苦しんでいた。妹の顔は赤くなって、体が熱を持っていることはすぐにわかった。医者に連れて行かなければならないこともわかった。だが、医者は金がかかる。妹は僕たちの懐具合を心配してか、医者のいの字も出さなかった。とうとう。妹は意識を失い夢の中を彷徨っている状態になった。妹の口から出る言葉は、僕らを捨てた母と父。妹は夢現の中できっと昔の父母に再会しているに違いない。そんな、妹が少しうらやましかった。だが、僕は妹よりも世の中のことを知っていたから、父母を恨んでさえいた。とうちゃん、かあちゃん。妹の口から時折、そんな言葉が出る時、僕は隠れて泣いた。自分が、あの日に誓ったことを何も果たせそうになかった。僕は父母に妹と捨てられた日に、妹の父母の代わりとなって、立派に妹を育ててみせようと神様に誓ったんだ。でも、僕にできることは限られていた。隣町の無料で診てくれるという医者の噂を昨日聞いた。僕は妹を看病する人間がいなくなることを心配しながらも、旅立つ決心をした。暗い洞穴に僕らの住居はある。妹は少し良くなっていた。これなら、医者を呼んでくる間一人で大丈夫かもしれない。僕は妹に水と2,3日分の食料を無理いって市役所の職員さんにもらって、妹の脇に置いてきた。隣町は歩いて行くには遠かった。地図もないので、人に聞いた。中には子供を騙そうという人でなしもいて、隣町にようやくたどりついた時には日が暮れていた。医者のいるところを見つけるまでにはさらに時間がかかり、もう深夜だった。戸を叩く。

「もし、お医者さん。妹が病気で寝てます。みにきてくれませんか。お願いします」

 中から若い色白の婦人が出てくる。

「まあ、どこから来たの?今日はもう遅いから、ここで休みなさい」

「そんなわけにはいきません。妹が待っているんです。妹が」

 疲れきった体は休息を求めていたが、それでも、朦朧とした意識の中僕は妹の名を呼び続けた。さち。

 目が覚めた時、ヒゲの短い男の人が僕を見つめていた。

「君がうわ言のように妹さんのことを言っていたね。妹さんはどこにいるんだね?」

 しまった。寝てしまったのだ。今はいつだろう。きっと朝には帰ると約束して出てきたのだ。妹は心配しているに違いない。この世で唯一人便りにできる兄を失うかもしれない恐怖に怯えるさちの不憫さに涙が出た。

「今は。今はいつですか?」

「朝の10時を回ったとこだよ」

 ヒゲの男は困ったように口を曲げた。男の表情はどこか、心配しているようで、哀れみをこめたようでもあった。

「妹のところに案内します。どうか妹をみてください」

 男は医者なのだ。僕はそう信じていた。しかし、違った。

「私は葬儀の助けをしているものだが、君の妹さんはたぶん洞穴に寝ていた少女だろう?」

「そうです。そうです。さちを。僕の妹を知っていますか」

「今朝遠いところにいってしまったよ。君の妹は一足遅かったようだね」

「妹はどこへいったんですか?」

「遠い幸せの国さ」


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