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2 お師匠様のお家に

「そんで連れてきちゃったのか?」


「兄ちゃんは、女に優しいからな」


「で、いきなりお持ち帰りしちゃうとは」


「さすが! 女たらしの兄ちゃんだぜ!」


 イェンは右頬を手で押さえて椅子にふんぞり返り、目の前に並んで座っている双子の弟たちを睨みつけた。

 イェンと同じ黒髪と黒い瞳。

 歳はツェツイと同じくらい。

 利発そうな顔立ちの双子だった。顔はもちろん、肩のあたりで切りそろえた髪型も同じ。性格も口調も似ているため、見分けることはかなり難しい。

 けれど、二人が言うには、どっちがどっちでもいいよ、らしい。

 彼らも〝(とう)〟の魔道士である。

 ちなみに階級はマルセルよりも上。

 つまり魔道士としては兄よりも断然、格が上の大先輩ということになる。


「……やっぱり、迷惑ですよね」


 イェンの隣に腰をかけていたツェツイは、申し訳なさそうに肩をすぼめ、しゅんとしてうつむいてしまった。


「迷惑なんかじゃないよ。あ、俺はノイ」


「単純に驚いただけだから。俺、アルト」


 よろしく、と声をそろえ、双子たちは無邪気にツェツイに笑いかける。


「ま、確かに驚いたけどさ」


 そこへ、奥の台所からひとりの女が現れた。

 手には大皿に盛りつけられた料理がほこほこと湯気をたてている。

 女の名はアリーセ。

 イェンと双子たちの母親だ。

 とても三人の子持ちには見えない、すらりとした長身の三十代後半の美女だった。

 結婚前はさぞかし男性にもてたであろう。事実、言い寄る男どもは数知れず、そんな彼女を見事口説き落としたのは、真面目で朴訥な青年。今は〝灯〟の長を務めていているアリーセの夫だ。

 もちろん彼女も〝灯〟の魔道士である。


「何なんだよ。帰るなりいきなり引っぱたきやがって。こっちの方が驚いたっつうの」


 イェンは先ほどから押さえていた頬をさすった。そこにはくっきりと赤い手形がついている。


「だって、あんたが泣いてる女の子を連れて帰ってくるから」


 テーブルに頬杖をついてイェンはじっとアリーセを見る。


「てっきり……」


「てっきり何だよ」


「兄ちゃんが、ツェツイに泣かせるような悪さしたんじゃないかって」


「兄ちゃん、女に手を出すの早いから、母ちゃん勘違いしたんだよな」


 双子たちは互いに顔を見合わせいひひ、と笑う。


「こんなお子さまに手なんか出すバカいるかよ。よく考えろ。それと! おまえたちも言ってる意味わかってんの……か?」


 ふと、イェンは、泣きはらした目でこちらを見つめるツェツイに気づき、言葉をつまらせる。

 邪気のないつぶらな瞳。

 まるで、隣んちで飼っている子犬のようだと思った。足元にじゃれついてきて、かまってやると尻尾を振って喜ぶ子犬。


「ほっぺた、大丈夫ですか?」


 頬をなでてくれようとしているのか、ツェツイが小さな手を伸ばしてくる。その手をイェンは気にするな、たいしたことねえよ、と押し返す。


「ところで、ツェツイはいくつだ?」


「はい。十歳です」


「ほんとか! 俺たちと同い年だな」


 同い年と聞いてほんの少し緊張もとれたのか、嬉しそうな顔をするツェツイ。

 イェンは目を細めてアリーセを睨む。


 聞いたか? 十歳だってよ。


 まったく、こんなんに手を出すとか言い出す方の気がしれない。


「やあね。だから悪かったって言ってるじゃないのさ」


 と、別段悪びれた風もなく言い、アリーセは手にしていた大皿をどんとテーブルの真ん中に置いた。

 鶏肉と野菜をクリームソースで煮込んだものだ。

 双子たちはわあ、と声を上げ、椅子から腰を浮かせて立ち上がり、皿をのぞき込んで表情を輝かせている。

 ツェツイも食欲をそそる香りに口を半分開けていた。


「ツェツイ、よだれがたれそうだぞ」


 ノイの指摘に、ツェツイは慌てて両手を口許にあて押さえる。


「たいしたものはないけど。いっぱい食べていきな、ツェツイ。遠慮はなしだからね」


「はい、アリーセさん」


 たいしたものはないと言いつつも、テーブルには食べきれないのではというくらいの料理が並んでいる。

 ジャガイモをつぶしてたまねぎやにんじんなどの野菜で煮込んだスープ。薄切りの肉にパン粉をまぶして焼いたもの。お手製のウインナー。きのこのマリネにライ麦パン。


「たくさん食えよな。好き嫌いとか、あるか?」


 ツェツイはううん、と首を振る。


「こうみえて、母ちゃんの料理はうまいんだぜ」


 こうみえては余計だよ、とアリーセは双子たちの頭を小突くと、彼らは顔を見合わせてへへへ、と笑う。

 取り分けてもらった料理を口に運び、ツェツイは口許をほころばせた。


「すごくおいしい!」


「だろ?」


「これも食え。母ちゃんの作ったライ麦パンは絶品だぜ」


 アルトはパンをむずりとつかんでツェツイの前に差し出した。


「ありがとう」


 そして、まだほかほかと温かい焼きたてのパンにぱくりとかじりつき目を見開く。


「おいしい……あたし、こんなにおいしいパンを食べたの初めて……」


 な、うまいだろ? と双子たちは声をそろえて言い、アリーセは得意げに腰に手をあて、ふふ、と笑った。


「お師匠様のお母様、すごく美人だし、お料理も上手でとても素敵です!」


 ツェツイの発言に、双子たちは突然ぶはっと吹き出した。


「ツェツイ!」


「今なんて?」


「え? お師匠様のお母様は美人で……」


「その師匠って? まさか」


「兄ちゃんのことか……?」


 ノイとアルトはちらりと、麦酒片手にソーセージにかぶりついている兄イェンを見やる。


「はい! あたし、魔道士になりたいんです」


 双子たちは食事の手をとめ、アリーセはかすかに眉を上げる。

 そして、イェンは──

 知らんふりだ。


「あたし魔道士になって、誰かのために力を使いたい。人の役に立ちたいんです」


「そう。偉いね。ちゃんと目的を持っているんだね」


 アリーセは静かに微笑み返した。


「やってみるといいさ! 俺たちも応援するよ」


「兄ちゃんが師匠ってのがちょっとアレだけど」


 魔道士に憧れる者は少なくない。けれど、誰もこの場でツェツイを笑う者も、魔道士なんてそう簡単になれるもんじゃない、と諭す者もいなかった。

 それから、子どもたちは楽しい会話で盛り上がり、アリーセはそんな三人を微笑ましい目で見つめ、イェンはひたすら麦酒をあおっていた。

 食べきれないと思われた料理の皿もすっかり空となり、食後にハーブティーを飲んでくつろいでいたツェツイは、はっと時計を見上げ椅子から勢いよく立ち上がった。

 すでに時刻は九時を回っている。


「いけない、もうこんな時間。そろそろ帰らなきゃ」


「俺、家まで送ってく」


「なら俺も一緒に行く」


「何よ、泊まってけばいいじゃないのさ。もう遅いし、そうしなさい」


「いえ、そこまでご迷惑をおかけするわけには……」


 ツェツイは慌てて首を振る。

 嬉しいけれど、そこまで甘えてしまうわけにはいかない。

 そんなツェツイに、アリーセは意味ありげな笑いを浮かべた。


「あら、それは残念。りんごのタルトがもうすぐ焼きあがるのに」


 その言葉に素早く反応したのは双子たちの方であった。

 テーブルから身を乗り出し、きらきらと目を輝かせている。


「まじか? りんごのタルト焼いたのか!」


「母ちゃんのりんごのタルトは最高だぜ!」


「これを食ってかないと」


「ツェツイ、後悔するぞ」


 ツェツイはごくりと喉を鳴らした。

 確かに、キッチンからシナモンのきいた、いい香りが漂ってくる。


「あ、あの……あたし、後かたづけ手伝います!」


 もう食べられないってほど夕飯をごちそうになったのに、おやつの誘惑には勝てなかったのだろう、ツェツイはテーブルの上の食器を台所に運び始めた。

 その後、アリーセ自慢のりんごのタルトを二切れも平らげ、双子たちと居間でカードゲームを楽しんだ。

 気がつくと、ツェツイはソファーの上で眠っていた。

 よほど楽しかったのか、口許に微笑みを浮かべて。その隣では双子たちが互いに肩を寄せ合い、カードを握りしめたまま首をこっくりとさせていた。そんな三人の姿を見たアリーセは、やれやれと肩をすくめて笑う。


「あんたたち、寝るならベッドでしょう。ほら、起きなさい」


 アリーセに追い立てられ、双子たちは眠たそうに目をこすりながら立ち上がる。


「ちゃんと歯を磨いて、寝間着に着替えるのよ」


「ツェツイ、明日も遊ぼうぜ」


「だから、泊まっていけよな」


 話しかけている相手がすでに眠っているとも知らず、寝ぼけまなこのアルトとノイはふらふらとした足取りで部屋を出て行った。

 静かな寝息をたて、身体を丸めて気持ちよさそうに眠っているツェツイを見下ろし、イェンは苦笑する。


「ツェツイはあたしのベッドに寝かせてあげて」


「はいはい」


 ツェツイを抱き上げようと手を伸ばしかけたその時。


「ちょっと待って!」


「何だよ」


「起こしちゃだめよ。優しくするのよ。間違っても、双子たちみたいに乱暴に肩にかついだりしないでちょうだい。女の子なんだから」


「わかってるよ!」


「あらそう? まあ、言うまでもなかったかしら。あんた、女には特別優しいものね。だけど、その子にまだ手を出しちゃだめだからね」


「だから、出すかよ! 常識的に考えろ。だいいち、女というより、こいつは女の子だろ。女の子。子ども」


 こんな子どもに手をだすほど女に困っちゃいねえよ。


「そう思っているなら、あんたもまだまだだね」


 ふっと笑ってアリーセは肩をすくめる。


「何それ?」


「あんた、少しばかり悩むことになるかもしれないよ」


「どういう意味だよ?」


 さあ、と意味ありげな笑いを口許に含むだけで、アリーセはそれ以上のことを口にすることはなかった。


 さっぱり意味がわからない。


 やれやれと肩をすくめ、イェンはツェツイの身体を抱き上げる。そして、おもわず眉をひそめる。


 ほんとにこいつ、軽いな。


 腕にかかる重みは信じられないほど軽く、柔らかかった。抱き上げたと同時にぼんやりと目を開けたツェツイが、首に手を回してきゅっとしがみついてきた。


「あらあら、すっかり懐かれちゃって。可愛い子じゃない」


 くすくすと笑うアリーセを、イェンは一瞥しただけであった。


「どうした?」


「もうお腹いっぱい。楽しかった……」


「そうか。よかったな。眠いんだろ。もう寝ろ」


「お師匠様といっしょ?」


「寂しいのか? アリーセが一緒に寝てくれる」


 ツェツイはふわりと笑った。


「お師匠様……ありがと……ございます……」


「いいから」


 寝ちまえ、とツェツイの耳元で囁いて、あやすように背中を叩くと、安心したのか、くったりとなってすぐに安らかな寝息をたてて眠ってしまった。

 ツェツイの身体から、ふわりとミルクのような甘い香りがした。


「それはそうと」


 椅子に腰を掛けたアリーセは、ポケットから煙草を取り出し火をつける。


「あんた、気づいているでしょう?」


 扉に向かって歩きかけたイェンは、アリーセの問いかけに何が? と、肩越しに振り返る。


「その子」


 アリーセはふうと煙を吐き出し、葡萄酒がそそがれたグラスに手を伸ばす。


「すごい魔力を内に秘めてるよ。うまくその子の眠っている能力を引き出してあげたら、とてつもない勢いで成長する」


 と、グラスを傾け上目遣いにイェンを見上げる。

 しばし、目を見合わせる二人。けれど、イェンは無言で肩をすくめただけであった。

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