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14 新しい生活

 そして、ツェツイの生活は大きく一転した。

 新しい環境。

 新しい社会。

 ひとたび〝(とう)〟に所属すれば、年齢には関係なく実力がものをいう厳しい階級社会だ。

 その力は国のために、そして、実力に見合った給金を貰う。

 みな、魔術向上のため研究に勤しみ、腕に自信のあるものは昇格試験を受けさらなる高みを目指していく。

 もともとの素質と本人の努力もあってか、ツェツイは確実に腕を上げ〝灯〟に入ってまだ三ヶ月でありながら、誰もが驚くほどのとんでもない早さで階級も上がっていった。だが、そうなると回りから妬まれ、時折嫌がらせを受けることもしばしあった。

 〝灯〟の廊下を歩いていたツェツイは、前方にマルセルとルッツの姿を見つけた。二人は腕を組みじっとこちらを見すえている。〝灯〟に入ってからずっと、この二人は何かと絡んできては嫌がらせをしてくるのだ。

 ツェツイはうつむきかけて思い直し、しっかりと前を向く。

 下なんかむくな、顔を上げろ、それはお師匠様の教えだから。

 〝灯〟に入ったばかりのツェツイだが、今ではこの二人と同じ階級。

 立場は対等。

 彼らに対して何も引け目を感じることはないのだ。

 恐れることなんか何もない。

 堂々としていればいい。

 それでも……。

 何か言われれば悔しいし、悲しい。

 何事もないことを祈りながら二人の脇を通りかかったとき。


「おまえ」


 通り過ぎざまマルセルに呼び止められる。歩みを止めその場に立ち止まるが、彼らを振り返ることなくツェツイは再び歩き出す。それがよほど相手の癇に障ったらしい。足早で近寄ってきたマルセルに右肩をつかまれ無理矢理振り向かされる。


「おまえ、最近調子にのってないか? 生意気だぞ」


 つかまれた右肩を強く押され、ツェツイは足をよろめかせた。


「おまえ、無能魔道士の父親が〝灯〟の長だから、そのことを知ってて、それであいつに近づいたんだろ? そして、まんまと〝灯〟にもぐり込んだ。ガキのくせに考えることがやらしいんだよ」


「まったくもって、やらしいですね」


 マルセルの横でルッツがそうそう、とうなずいている。


 ツェツイは唇を噛んだ。

 マルセルはまんまと〝灯〟にもぐり込んだと言うが、〝灯〟に入るにはきちんとした試験に合格しなければ入ることができないのだ。そのことをマルセルだって知っているはずなのに。けれど、こんなことを言われるのはマルセルに限ったことではなかった。

 多くの〝灯〟にいる魔道士たちがマルセルと同じことを言った。

 それは影でこそこそだったり、あるいは、ツェツイの目の前であからさまであったり。それに〝灯〟の長がお師匠様のお父さんだということも後から知ったことだが、それを言ったところで彼らは納得はしてくれないだろう。


「それにあいつ、女に手が早いんだって? あいつと遊びたがってる女は何人もいて、それこそ順番待ちだとかって噂じゃないか」


「そうそう。予約待ちでいっぱいらしいですよ」


「おまえも魔術以外の手ほどきを受けたのか?」


「子どものくせに、やらしいですね。っていうか、こんな子どもに手をだすのはさすがにまずいんじゃないんですか?」


 マルセルとルッツは肩を揺らし、品のない笑いを浮かべた。

 魔術以外の手ほどきという、彼らの言っている意味がツェツイには理解できなかった。が、お師匠様は魔術以外の大切なことも教えてくれた。


「まあ、あいつの取り柄といえば、あのきれいな顔くらいだからな。もっとも、あいつのどこがいいんだか僕にはまったく理解できないけどね」


 やはりルッツがそうそう、とうなずいている。

 マルセルの揶揄に、ツェツイはまなじりを吊り上げ振り返る。

 何を言われても気にはしない、聞き流してしまおうと思っていたが、お師匠様のことをそんなふうに言われて黙ってなどいられない。


「お師匠様のことを悪く言うのは許さない!」


「へん! 何がお師匠様だ。そもそも、魔術が使えないのに何であいつは〝灯〟にいる? それは、自分の父親が〝灯〟の長だから特別扱いを受けてんだろ? あいつに魔道士の資格なんて本当はないんだよ。そのことは〝灯〟にいる誰もがそう思ってる。あいつは親の威光でのうのうと魔道士のふりをしてんだ!」


「ほんと、神経の図太いやつです」


「だけど、あいつの親が〝灯〟の長だから、誰も何も言わない。いや、言いたくても言えないんだ!」


「違う!」


「違うもんか!」


「違う! あなたに何がわかるのよ!」


「じゃあ、おまえはわかるっていうのかよ」


「わかるわ! だってお師匠様は……!」


「お師匠様は……? 何だよ。言ってみろよ」


 ツェツイは口をつぐみマルセルを上目遣いで睨み上げる。


「ほら、やっぱり何も言えないんじゃないか」


 マルセルの手がツェツイの胸をとんと押す。それがきっかけであった。負けじと、ツェツイもマルセルにつかみかかる。

 その勢いで二人はもつれ合い廊下に転がる。

 マルセルの上に馬乗りになり、ツェツイはマルセルの頭を叩き、マルセルはツェツイの顔を押しのけ、さらに髪をわしづかみにして引っ張った。


「ち、ちょっと……ここで、喧嘩はまずいです」


 突然喧嘩を始めてしまった二人に、ルッツはおろおろとうろたえる。

 やがて騒ぎを聞きつけた者たちが何が起こっているのだと集まり、あっという間に二人の回りに人集りができた。けれど、誰ひとり、マルセルとツェツイを止めようとする者はなく、つかみ合いをする二人を傍観し、中には冷笑さえ浮かべている者さえいた。そして、集まってきた女性陣の一部は見下すような目でツェツイを見る。


「ねえあの子、ついこの間入ったばかりの新人よね?」


「異例の早さで昇格したって子よ」


 ふーん、と女たちはツェツイに冷たい視線を向ける。

 自分たちよりも年下の、それも〝灯〟に入ったばかりの子どもが瞬く間に上の階級へと上がっていくのだからおもしろくないのだ。

 だが、理由はそれだけではなかった。


「イェンさんにつきまとっているとか」


「イェンさんは優しいから同情しているだけよ」


「あの子、親がいないっていうじゃない? それにつけこんでいるのよ」


「子どものくせに計算高い子ね」


 ツェツイがイェンと親しくしていることが女たちにとってはおもしろくないらしい。彼女たちは自分たちよりも遥かに年下のツェツイに嫉妬しているのだ。それがツェツイを疎ましく思う原因のひとつであった。


「だけど、いいざま」


 聞こえよがしの悪口と嘲笑が耳に飛び込み、ツェツイは固まってしまった。

 その隙に、マルセルに胸を押され突き飛ばされる。


「とにかく、生意気なんだよ!」


 突き飛ばされた勢いでツェツイは近くの壁に背中を打ち、その反動で跳ね返り前のめりになって崩れ込む。力任せに押された胸と、打った背中が痛んで苦しげに息を吐く。が、それでもツェツイを助けようとする者はいなかった。

 ツェツイはゆっくりと顔を上げ回りを見渡した。

 あからさまに敵意を剥き出しにした視線。

 いい気味だと言わんばかりの嘲笑。

 ツェツイを助けるどころか、もっと最悪の状況になることをみな望んでいるのだ。

 ツェツイは握りしめた手を震わせた。


「ほら、遠慮しないでやっちゃいなさいよ」


 先ほどの女性陣のうちのひとりが呟く。

 その言葉はツェツイに向けられたものだ。

 それも悪意のこめられた。


「問題でも起こして早々に〝灯〟から追放されればいい気味よ。あんな子、邪魔だわ」


「あんたも意地悪なこと言うのね」


「あら、そういうあなただって同じこと考えてるくせに。そうでしょう?」


 そうでしょう? と問われた女はまあね、と答える。


「ねえ、もう一押ししてみる?」


「一押し?」


「そう、潰しちゃうのよ」


 ここでツェツイが頭に血がのぼって魔術で相手を傷つけようでもしたなら、たとえ、どんな理由であれ厳重な処罰を受けることとなる。最悪の場合は魔術を封じられ〝灯〟からの追放だ。

 普通の人たちが持つことのできない魔術という力を得た〝灯〟の魔道士たちには、そういったさまざまな厳しい掟がかせられる。


「潰すってどうやって……」


「あの子が慕うイェンさんの悪口を言えば、間違いなくあの子キレるわよ」


 女は意地悪く唇を歪める。


「でもそんなことをしたら、私たちも……」


「私たちのせいじゃないわよ。そうなったら、自分の感情を抑えることのできなかったあの子自身の責任よ。違う?」


 女たちはごくりと喉を鳴らし互いに目を見合わせる。その顔はやっちゃう? と言っていた。


「なあ、潰すとか一押しとかって何のことだ?」


「もしかして、ツェツイのこと言ってんのか?」


 背後からの声に、女たちは咄嗟に振り返り、ひっと悲鳴を上げる。そこにツェツイと年の変わらない双子の子どもがいたからだ。

 誰と訊ねるまでもなく、彼らがイェンの弟たちだということは〝灯〟では誰もが知っていた。

 双子たちはにっこり無邪気な笑みを作って女たちを見上げる。


「会話しっかり聞こえてたぞ」


「全部、聞いちゃったからな」


「ち、違っ!」


「何が違うんだ?」


「何慌ててんだ?」


「兄ちゃんの悪口言ってもツェツイはキレたりなんかしないぞ」


「もしキレたとしても、俺たちが必ずツェツイをとめるけどな」


 ノイもアルトも笑ってはいるが、しかし、その目は笑ってはいなかった。


「じ、冗談に決まってるじゃない」


「そうよ! ほんとにそんなことするわけないじゃない」


「そうか、冗談か」


「なら、よかった」


「じゃなきゃ、俺たちがお姉さんたちを潰すとこだったぞ」


「〝灯〟から追い出されるのはお姉さんたちだったかもな」


 女性たちの間からひっと引きつった悲鳴があがった。


「何なのよこの子たち! 怖い」


 さらに、そこへ。


「何やってんだよ!」

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