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12 お師匠様とつりあう歳だったなら

 どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。

 何故あんな態度をとってしまったのか。

 ただの八つ当たりだとわかっているのに、胸につっかえていたものを一言吐き出した途端、言葉がとまらなくなくなって、後からあとからあふれてしまった。


 あたし、すごくいやな子だ。

 お師匠様がため息をついて呆れてしまうのも仕方がない。

 今すぐ戻って謝りたい。

 でも……怖くて帰れない。

 だって、魔道士になんかならないって言ってしまった。

 お師匠様なんか大っ嫌いとも。

 そんなこと思ってもいないのに。


 ツェツイは袖口で涙を拭い立ち止まる。

 初めてお師匠様と出会った〝(とう)〟の裏庭の、桜の木の下に歩み寄る。

 母を亡くし魔道士になると決意して、誰かに魔術を教えてもらいたくて、何度も〝灯〟へと足を運び必死にその相手を探した。

 そして、ここで初めてお師匠様を見かけた。

 魔力というものがどんなものかその時の自分にはまったくわからなかったが、お師匠様から放たれる〝気〟はまさにそれではないかと思った。

 全身が震え鳥肌がたった。

 なのにひきつけられるようで。しばらくその場から動くことができなかった。

 他の誰でもない、この人しかいない。

 そう思ってお師匠様に近づき、勇気を出して声をかけた。

 そして、その時まだ気づかなかった感情。

 一目見て、たぶんお師匠様に惹かれたのだと思う。

 木の上を仰ぐと、巣の回りで親鳥が飛び回っては巣に戻るをせわしなく繰り返していた。それを真似てヒナたちも懸命に羽をばたつかせている。


 嵐の日、お師匠様はあたしを探して駆けつけてくれた。

 巣から落ちて死んでしまったヒナを一緒に埋めてくれた。

 お墓に添えるお花を摘んでくれた。

 町に出かけた時、生まれて初めてかわいいお店に連れていってくれて、おいしいケーキをごちそうしてくれた。その帰り道、この木の上に登り沈む夕日を見せてくれた。

 きれいで感動した。

 それは、顔を上げていなければ気づくことのできなかった景色。

 そして、自分の心の余裕のなさを気づかせてくれた。

 修行の息抜きに、ノイとアルトと遊ぶ楽しさも教えてくれた。

 同年代の子と遊ぶことなど今までほとんどなかったから、とても楽しかった。

 家事をするなとお師匠様が言ったのは、修行ももちろんだけど、子どもらしく遊べという意味もあったのだと、後から気づいた。

 いつだってお師匠様はあたしを気にかけてくれた。

 優しくしてくれた。


 でも、とツェツイは唇を震わせる。


 あたしがもう少し大人で、お師匠様とつり合う歳だったら、お師匠様はあたしをひとりの女性としてみてくれただろうか。

 接してくれただろうか。


 絶対に縮まることのない歳の差に、切ない思いが込み上げ胸がしめつけられる。

 こぼれ落ちた涙が手の甲にぽとりと落ち、ツェツイはあっと小さな声を上げた。

 強く握りしめたせいで手の中のすみれの花が傷つき、花びらの一枚がとれかかっていた。


「あたしが乱暴にしちゃったから……強く握っちゃったから、ごめんなさい……枯れないで……お願いだから!」


 どうにもならない気持ちを吐き出すように、声を振り絞る。


 とくんと鼓動が鳴った。


 身体のうちから何かがはじける感覚に身を震わせる。

 身体中が熱を帯びたように熱く、たまらずその場に座り込む。

 心臓の鼓動が早まり呼吸をするのさえままならない。

 空気を求め口を開いたツェツイの唇からもれたのは──


『流れる風の囁きよ』


 その後に続く詠唱は、まるで歌をうたうように滔々と流れ。

 自分の口から紡ぎだされる魔術の詠唱に耳を疑った。

 もちろん、この詠唱を誰に教わったわけでもない。最初から知っていたかのように、自然と言葉があふれるように出てくるのだ。

 手にしたすみれの花を見ると、首を垂れていたすみれの花が上向き、とれかけ悲惨な状態だった花びらも元とおりとなった。

 以前、アリーセさんが魔術を見せてくれたときと同じように。


 え……?


 さらにツェツイは目を見開いた。

 目の前にゆらゆらと薄紅色の花びらが落ちてきた。

 咄嗟に見上げると、頭上の桜の花がいっせいに花開いていたのだ。

 信じられないと小声で呟く。

 開花の時期にはまだ少し早いはず、いや、そもそもさっきまで花など咲いていなかった。回りを見渡すが、咲いている桜はツェツイの頭上だけ。

 ツェツイは大きく息を吸い込んだ。

 そういえば、先ほどまでの息苦しさも、身体の熱さもおさまっている。

 むしろ、すがすがしい気分だった。


 これは……。


 背後からの足音に振り返る。

 舞い落ちる花びらのカーテン。その向こうにお師匠様の姿を見つける。

 ツェツイはゆっくりと立ち上がった。


「あたし……」


 ああ、とお師匠様がうなずいた。

 泣き顔でツェツイはイェンの胸に飛び込んだ。

 大きな手がツェツイを受け止め包み込む。

 舞い落ちる桜の花びらが螺旋状に舞い上がり二人を包み込む。

 上空で鳥の鳴き声を聞く。

 見上げたと同時に巣から小鳥が羽ばたいた。

 何度もツェツイの頭上を旋回し、やがて大空の向こうへと飛びたっていった。

 小さかったヒナが巣立っていったのだ。



 そして、数日後。

 ツェツイは〝灯〟の所属試験を受け、晴れて魔道士の資格を取得した。

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