末っ子狐のプレゼント
日常系童話というありもしない分野に果敢に挑戦しました。
子供でも読めるように、難しい言葉を減らしました。よかったら読んで下さい。
深い深い森の奥。ここは背の高い木や茨で、人間は誰も近寄りませんでした。しかしこの森は、春には透き通るような風が吹き、夏には木漏れ日が心地よく、秋にはたくさんの木々が紅葉し森を彩っていました。けれど冬になるとほとんどの木の葉が散ってしまい、凍るような寒さが襲いました。そこに住む動物たちは、いつもは元気に過ごしていますが、冬になるとほとんどの動物が冬眠してしまうため、森は静かになるのでした。
その森の奥の奥、そのまた奥に小さな丘がありました。そこには狐の家族が住んでいました。今の季節は秋。冬眠に備えてお父さん狐は、たくさんの果物や木の実を集めに出かけていき、お母さん狐は椅子に座りながら、子供たちのためにマフラーと手袋を編んでいました。徐々に寒くなってきたこの森でも元気に遊んでほしいと思いながら編んでいたので、その表情はとてもにこやかでした。
「あ、いけない。もうこんな時間だわ」
壁に掛けてある大きなボンボン時計を見ると、短い針は4の数字を指していました。はやくご飯の準備をしないといけません。もうすぐ子供たちがお腹をすかせて帰ってくるからです。暖炉に火を暖炉につけていても感じる寒さ。だんだんと陽が落ち始め、カラスが鳴きはじめた、丁度その頃に
「ただいまー!」
と子供たちの大きな声が家に響きました。家にはいると最初に長男狐が弟たちの汚れを取っていきます。これはお母さん狐との約束でした。最後は自分の汚れをお母さん狐に取ってもらうのです。その後は、みんなで大きな木のテーブルを囲って座り、美味しいおいしいご飯を待ちます。
「今日のご飯はシチューよ」
と言い、お母さん狐はテーブルの真ん中に大きな鍋を置きました。とても大きな鍋で、三男狐がすっぽり入ってしまう程でした。そこからはとてもいい匂いがし、お腹がすいている子供たちのお腹をキューと締めつけました。真っ白な鍋の中には、ニンジンやジャガイモやお肉がたくさん入っていて、お皿にのせるとそれらがとてもきれいな湯気をつくりました。お母さん狐が子供たちの分をよそい、スプーンを配り終わりました。そして両手を合わせてお母さん狐が「みんなで一緒に」という掛け声を言うと子供たちは
「いただきます!」
と言い、食べ始めるのでした。すると子供たちは一心不乱にシチューを食べました。そこはお上品な食事とは全く逆な光景が広がりました。末っ子狐は舌を火傷して泣いてしまい、次男狐と長男狐はどっちが先におかわりをするかで争い、三男狐はニンジンが食べられないとお母さん狐に怒られてしまうので、嫌いなニンジンをスープと一緒に飲みこんだりと。しかしとても賑やかな食卓で、なにかある毎にお母さん狐はやさしい声を掛けてあげるのでした。食べ終わると、自分の食器を台所へ持っていき、自分の部屋に向かいました。皆は部屋で遊ぶ約束をしますが、たくさん遊んで疲れているので、どんな日でも、大抵すぐ寝てしまいます。みんなが寝静まった後、お父さん狐がギィとドアを開ける音にお母さん狐が気がつきました。その背中にはお父さん狐の背丈と同じくらいの籠があり、中にはたくさんの果物がありました。
「今日はまだ誰にも見つかってない木を見つけたから、沢山採れたよ」
と言いながら、それらを倉庫に入れました。
「毎日御苦労さま」
とお母さん狐が言うと、お父さん狐は笑顔で返しました。そして二人でシチューを食べながら、今日の出来事を話していきました。先ほどのような賑やかさはないものの、その食卓で笑いが絶えることはありませんでした。
次の日。朝ごはんを終えた狐の兄弟たちは、お母さん狐から貰ったマフラーと手袋をつけて勢いよく外に飛び出しました。その日はいつもより寒く、空は鈍色の雲に覆われ、冷たい風が顔に当たりジンジンと痛む程でした。そんな時でも長男狐は爽快に走り出し、弟狐たちもその風に続きました。向かう先は勿論秘密基地。家から少し離れた茂みの奥に穴を掘って作ったもので、ここには森で拾った面白いものや役立つものが沢山あり、地面には落ち葉が敷き詰められていました。基地内は少し暗いものの、入口からの光と反対につくられた採光穴のおかげで手元は見えるようになっていました。この基地は長男狐が作りはじめ、三男狐の時に完成し、末っ子狐が生まれる頃には中には沢山のもので溢れていました。その中でいつも通り遊んでいると、逆立ち歩きをしていた長男狐がふと何かを思いついたように兄弟たちに目を向けこう言いました。
「お母さんとお父さんに何かプレゼントをしないか?」
「なんでまた急に。誕生日でもなかったよね」
と、次男狐が言うと
「そろそろ冬眠に入ってあんまり外に出られなくなるだろ。その前に、今までの感謝を伝えたくないか」
そういうと兄弟狐たちは顔を見合わせて頷きました。そうと決まった途端、長男狐と次男狐は基地内の隅に作られた物置スペースを漁り始めた。三男狐と末っ子狐は最初、兄たちが何をしているか分からず、二人がプレゼントをそこから取り出し決めた時に、ようやく理解することができた。長男狐は夏に摘んだ太陽のような黄色い花で作った押し花を。次男は家族で出かけた時行った湖に落ちていた、綺麗な貝殻を手に持っていた。すると三男狐はさっきまでお手玉代わりに遊んでいた木の実をいじり始めた。末っ子狐が何をしているのかと聞いたら
「この木の実を使ったアクセサリーを作ってプレゼントするんだ!」
この答えに末っ子狐は慌ててしまいました。自分だけがプレゼントを用意できないのではと。長男狐と次男が葉っぱでそれぞれのプレゼントを包んでいる時に、物置スペースの中を色々探してみましたが、残っているのは、枝や萎れた葉っぱばかりでした。秘密基地にいても何も出来なくなってしまったので、急いで外に出ました。
外はさっきまで吹いていた木枯らしが止み、荘厳な静けさがありました。散り始めている木々の紅い葉が足を掴みました。末っ子狐はこの一つを広い眺めながら
「こんなのじゃ、喜んでくれないよなぁ」
と、それをそおっと地面にかえしました。辺りをキョロキョロしながら歩いていると、木の上に友達のリス君を見つけました。おーいと手を振ると、気がついたようで、スルスルと枝を潜り抜け降りてきました。そこに、末っ子狐は間髪入れることなく質問をしました
「君も冬眠のための木の実集めかい?」
「違うよ。今日、お父さんとお母さんにプレゼントを贈らなきゃいけないんだ。どうしたらお父さんやお母さんが喜ぶようなものをあげられるかな?」
「変な物じゃなければ、なんでもいいんじゃないか?喜んでくれると思うよ」
「具体的にはどんなものがいいかな?」
「うーん。具体的じゃないけど、それなら――――――」
・・・
リス君にアドバイスを貰ったお陰で、だいぶ見つけるべきものがわかったようです。末っ子狐が秘密基地から家に向かってプレゼントを探していると、ふいに肩に冷たいものを感じました。舌で舐めてみると、その箇所だけ濡れていました。ふと頭を前方に戻し、辺りを見渡すと白い何かが空から舞ってきています。この時、末っ子狐は[雪]を見たことがなかったのです。この時末っ子狐は[雪]を怖いとも、不思議にも思いませんでした。それは冷静に天気の一つと見ていたわけではありません。ただただ感動してしまい、それ以外の感情が生まれてこなかったのです。おひさまが大好きな末っ子狐ですが、このときだけは空を覆う曇天が、去らないことを祈り、この空間を永遠にしたかったのです。この一転はまるで濁った水の中から、大空へ羽ばたく鳥になったようでした。そして末っ子狐の中で揺らいでいた炎が消えました。
「お父さん、お母さん。いつもありがとう!」
長男狐に続いて弟狐たちはありがとう!と声を揃えて言いました。そして各々準備していたプレゼントを渡していきました。長男狐のプレゼントにお母さん狐は
「とても可愛らしいわね、ありがとう」
と、満面の笑みで言いました。次男狐のプレゼントににお父さんは
「綺麗な貝殻だな。部屋に飾らさせてもらうよ」
と言い、次男狐の頭を撫でました。三男狐はネックレスをお母さんに、ブレスレットをお父さんに渡しました。勿論お父さん狐もお母さん狐も大喜びでした。最後に末っ子狐の番が回ってきました。すると突然走り出し、外に出て行ってしまいました。その姿をみて次男狐は
「プレゼントが用意できなくて、泣いてるんだろ?放っておこうよ」
そう言うと、お母さん狐は心配そうな顔をして外に出ようとしました。その瞬間、バンと音と共にドアが開き再び末っ子狐が現れました。
・・・
「具体的にはどんなものがいいかな?」
「それなら、自分が貰って一番嬉しいものがいいんじゃないかな。自分が貰って嬉しくないものが、相手にとって嬉しいものであることは少ないだろう?」
末っ子狐は目を大きくして、ありがとうと言いました。
・・・
手には少し小さめの雪の塊がありました。それを溶けないうちに、両親の処へ走りながら向かいました。それを見て、お父さん狐もお母さん狐も、最初は不思議がっていました。しかし、それが末っ子狐の熱意だと分かると、それがどんなに嬉しい好意かを受け取ることができたのでした。
貰った雪はお母さん狐の手の中で消えてしまいました。けれど、消えることのないこの思いは、より一層強くなるのでした。
深い深い森の奥、そのまた奥の小さな丘の家。今の季節は冬。森は静まり返って、雪がシンシン積もっていく。そんな時でも狐の家族は賑やかに過ごしていました。