第一章・第一話〜過去・夢〜
大都市アクトティアルース
その一角にある宿屋に、俺、一条久遠は住んでいる。この寮は、アクトティアルースの中でも一番小さな学園、サヴァルディアのものだ。因みに俺は、その学園への留学生。
住み始めてはや2年小さいしボロいしで、不満しか無い様なこんな所でも、俺にとっては大切な場所だった。
「くーおーん───っっ!!」
「ぐぇっ?!」
突然、何かが抱きついてきた。いや違う、タックルをかましてきた。
あり得ないほどの衝撃に軽く腹を抑え、その原因を睨む。
「なに、するんですか…サーシャルロッテ様……」
彼女、サーシャルロッテ・ミア・クラン・ペティラは近くの教会で育てられている、「御役目持ち」の巫女様だ。その艶やかな銀髪は腰のあたりまで伸び、幼いながらも美しさを醸し出していた。
「サシャ」
むぅっ、と、頬を膨らますサーシャルロッテ様。
「……え?」
「サシャって呼んでって、云った」
ずいっ
身を乗り出して俺に顔を近づける。その、整った顔を。
いつの間にか俺は彼女の顔から目を逸らし、言い訳を述べていた。
「し、然し、巫女様のことをその様に呼ぶ訳には………」
言い訳。恥ずかしい半分の言い訳。
然し、この場合は少し違う。もう半分がある。
この場合の言い訳はイコール正論。
何故なら、巫女の地位は国王の次に高い。俺の様な一般の、増してや外国の人間がそう容易く愛称を呼べる様な身分差では到底ない。
「うー、……仕方ない、これは命令です!私をサシャって呼んで?」
「────っ」
言葉に詰まる。誰か、きて欲しい。
この状況を打破してくれる、誰かが…
「お!久遠じゃん」
不意に来た、助け船。声からして、来たのはヴァルガ・カシラールドだろう。彼は俺と同室の奴だ。
その声の方を振り向くと、予想通りヴァルがいた。然し、その後ろにもう一人。
「ヴァル………と雪代?珍しいな、お前ら二人が一緒に行動するなんて」
そこに居たのは、真っ黒い眼と髪をした少年、月詠雪代。俺と一緒に留学して来た友人である。黙っていれば少女と見間違うほどの美少年だ。
─まぁ、基本雪代は無口だけどな。
「いやさぁ、そこで会ったんだよ。雪代は図書館帰りだとさ」
「ふうん、」
「つーかさ!」
いきなり、食い君にヴァルが話題を変える。
「その子誰?!可愛くない?!」
思った通り来た、巫女様の話題だ。
「この方は………
「サーシャルロッテ・ミア・クラン・ペティラと云います。サシャって呼んでね♫」
「サーシャルロッテ様…………知ってるだろ?ツリエッタ教会の巫女様だよ」
呆れた様に説明をすると、ヴァルはさらに眼を輝かせて質問責めを開始する。
「え?巫女様?!何で一緒に居んの?!」
はい、まぁ、そうだよな、その疑問だよな。
でもな?
「俺にも解らん」
前教会を訪れた時、始めてサーシャルロッテ様に出会った。綺麗な子だな、と思って観て居たら、いきなり木に登ろうとし出して、慌てて止めて………
それが、始めての出会いだった。
それ以来、かな、このヘンテコな巫女様に付き纏われてるのは。
巫女とは本来、もっと品格を持ち合わせてるのかと思ってたけど、サーシャルロッテ様からはそんなもの微塵も感じられない。
「ねぇ、サシャって何歳?」
空気を読まない、ヴァル独特の雰囲気が漂う。【訂正】こいつは助け船なんかじゃねぇ。
ずい、と身体を乗り出して、サーシャルロッテ様の愛称、サシャと呼び、しかもタメで話しかけやがった。
「おいヴァル!今さっき巫女様だって!」
慌てて止めにはいるものの、まぁ、勿論無駄に終わるわけで。
「え?だってサシャがいいったんだからいいんじゃねーの?」
全くもってこいつには敵わない、と実感する俺。負けた気がして悔しいが、それもまたヴァルのいいところだと受け止めておこう。
「私?私は6歳だよ」
にこ、と、全てを惹きつける笑み。俺たち三人より2つ下だ。
「え?!6歳で巫女様?!すげぇ!」
瞳を輝かせ笑うヴァル。一般に、巫女は才能を持つものしかなれず、才あるものでも、最低10年の修行を経る必要がある。これは一般常識だ。だから俺も、6歳にして巫女と認められたサシャ様は、本当に凄い方だと思う。
そんなこんなで、この二人はすぐに溶け込んだ。
問題は、後一人
「久遠!ヴァルガ!これからみんなを案内したい場所があるの!」
と、またもやサシャ様のワガママ発動。
然し、今、確かに「みんな」と云った。雪代も連れて行くつもりなのだろう。
たが多分、サシャ様でもこいつを動かすのは無理だと思う。
「こっち!」
サシャが引いたのは、俺でもヴァルでもなく、雪代の手。
「ちょ、放してよ………」
思わず、雪代の口から声が出る。
「あ!喋った!何も云わないから話せないのかと思ったよ!」
心底驚いた声を出す。それにむっと来たのか、雪代も言い返した。
「失礼だな。僕だって普通に話せるよ」
素っ気ないが、少し笑を含んだその言葉は、確かにサシャ様を肯定して受け入れるものだった。
少なくとも、俺はそう思う。
「名前は?」
「月詠…雪代」
「ゆきしろ?」
「そう。」
この二人も、馴染めた様だ。
───こんな日が、ずっと続けばいいのに
サシャ様の口がそう動いた気がしたのは、きっと俺の気の所為。
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………だった、はずだった。
あれから8年、サシャはもう、俺たち三人のそばには居ない。
それどころか、この世界にすら、存在しない。
「またあの時の………」
あの時の、夢。
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