君の歌
聞こえてくるのは君の声、
歌って、歌って、
まだ消えない、
いつ頃からだったか、俺の傍にはあいつがいた。
俺に寄り添い口ずさむ、いつもの歌。
どんな歌だったかは思い出せない。
記憶に残るのはあいつの声だけだったから。
とある小学校に行ったことがある。
別に俺の母校だとかそんなんじゃない。
たまたま前を通り掛かったら中に入りたいとあいつがだだをこね始めたんだ。
俺は渋々あいつの後をついて行く。
あいつは上機嫌でグラウンドを駆け回る。
ヒールの高いパンプスを履きながらよくあれだけ速く走れるもんだと感心した。
お目当てのものを見つけたらしく一目散に駆け出していく。
目標地点はブランコ。
着いた途端服が汚れるのを気にすることもなくブランコに座った。
勢いよく地面を蹴る。
ブランコは勢いを増してあいつの靴が飛びそうになる。
俺の方に飛んできやしないかと内心ハラハラだ。
そんな俺の気も知らず、あいつは楽しそうに笑いながらこちらに手を振る。
手を離すなよ、危ないだろ。と、俺の忠告をよく思わなかったのだろう。
あいつは頬をムッと膨らませてブランコの上に立ち上がった。
さらに勢いよくブランコをこぎ出す。
俺としてはそんな危ないことをするな!と叱咤したい所だったがあいつのスカートがチラチラと俺の思考を錯乱させた。
我ながら情けない。
するとあいつがいきなり叫び出した。
どうやら勢いがつきすぎて降りられないそうだ。
まぁ、あのパンプスなら仕方がない。
俺が止めてやろうか?と提案するとあいつの罵声が飛んだ。
無理矢理止めたら余計に怖いと半泣きで講義された。
それもそうか。
なら自然に止まるのを待つしかないな、と言うとあいつは激しく首を振る。
相当怖いらしい。
ならこんなことしなければいいのに、と思う。
あいつの意地っ張りは玉に瑕だ。
しかもすぐ折れてしまったりする。
目先の恐怖には勝てないらしい。
まぁそういうとこもかわいいんだが。
俺は溜め息をついてもうひとつ、提案を挙げる。
それを言うとあいつはきょとんとした顔をした。
その後はまた嫌!怖い!の一点張りだ。
俺は腕を広げてあいつを見る。
あいつもこちらを見て覚悟を決めた様子だ。
と、次の瞬間あいつが俺の中に飛び込んできた。
俺は離すまいとあいつを抱きとめる。
しかし俺はあいつもろとも地面に倒れこんでしまった。
背中に激痛が走る。
でも腕の中には確かにあいつのぬくもりがあった。
体を離して目が合うとどちらからともなく笑い合う。
しばらく俺たちは地面に寝転んだままだった。
取り留めの無いいつも通りの会話を繰り返す。
一度汚れてしまった服など気にも留めない。
今ここが俺たちの時間なんだ。
しばらくして会話がなくなる。
実はこの時間が一番好きだったりする。
何も考えず、あいつを見つめられる時間。
するとあいつは歌い出す。
いつもの歌。
俺には何の歌なのかわからない。
あいつにとってはとても大切な歌だという。
幼い頃によく歌っていた歌。
題名はあいつも忘れてしまったんだと。
楽しそうに歌うあいつの横で俺も静かに口ずさむ。
あいつは少し驚いたようにこちらに顔を向けた。
俺があいつに微笑みかけるとあいつも俺に微笑みを返してくれる。
ふたりの歌声が響く。
ここだけが確かにふたりの時間。
俺が初めてこの歌を歌った時だ。
思い出した、あの歌を。
口ずさみあの頃と変わらない歌声。
もう忘れてしまわないように歌詞をメモしておこう。
あいつの歌声はもう俺の中でしか響かない。
歌って、歌って、
大切な歌、
君の代わりに僕が歌うから、
ねぇ、
君の歌声が僕の中から消えないように―――