時系列③~家族の絆(きずな)
受付嬢は待ち合いの患者を呼んだ。
「いやぁ~マネージャーさん」
長いことお待たせしました。
「なにぶん精密検査を心掛ける当医院でして。データはすべて出て参りました」
大先生はカルテと検査データを見比べる。
初診は常に待たされるため大先生は笑顔で迎え入れてくれた。
なんとなく俳優に面影が似てみえる。
時々見せる笑顔などそっくりである。
血筋は争えない。
「うーん胃腸にある障害は確かにストレスからでしょう」
検査データには様々に危険因子が出てしまう。
「ご職業ですが。どんなことをされていらっしゃいますか」
胃腸があやしいだけでなく血液検査も芳しくないのである。
「食生活改善は基本的ですが」
栄養の偏りから改善策をと説明をする。
医者から聞かされなくとも知っている知識だった。
"患者で来たのではなかった"
マネージャーは一呼吸を置いた。目の前のやさしい老医に告げる。
「僕は大学を出て芸能プロダクションにおります。昨年4月からはタレントのマネージャーしています」
プロダクション所属の"タレント"マネージメントをしています。
「ホオォ~芸能人の」
祖父の反応を見てしまう
トレンディ俳優の名前を告げる勇気はない。
「タレントさんの」
詳しくはわからないが
ちらほらナースを見てしまう
「ほほっお~マネージャーさんですか。それはそれは大変ですなあっ」
カルテにマネージャーと記入する。
不規則な食生活に睡眠不足と書き込みをする。
大先生に職業を告げたら気が楽になる。
後はペラペラ
いかに不規則な生活と精神的に苦しいことばかりかっと訴えた。
「それは大変ですなあっ。マネージャーさんとはそんなことまでこなされているんですか。知らなかったなあアッハハ」
ホホォ~
わがままな芸能人?
それは大変な仕事ですなあっ。
「マネージャーとはそんな気を使いですか」
裏方さんとは思っていましたが
責任重大ですなあっ。
大先生は聴診器を手にし話を合わせる。
少し笑って
それまでである。
タレント芸能界には興味がない老人さんであった。
「はいっ大変なんですよ。タレント個人個人のスケジュールに合わせてます」
話し出すと止まらないマネージャー。
「僕らマネージャーはタレントさんの三倍は動きますから。三食食べたり食べれなかったり。不規則な生活を強いられるわけです」
マネージャーは仏文出身のひ弱な文学青年である。
一度話し出すとトコトンであるようでブレーキが効かないタイプである。
(大先生が)タレントや芸能界に興味がないと察知する
横にいるベテランナースをターゲットに選ぶ。女性ならば話して楽しいのではないか。
(僕は)郷里の役所試験を落ちて芸能プロダクション就職のキャリア。
話し出すと…
止まらず
「たまたま我が儘なタレントのマネージメントになりますと」
気がどうかなってしまいます。
「タレントさんは神様です。もう胃袋はへたりそうですよ」
ナースはミーハーなようで聞き耳を持つようである。
「特に売れっ子のマネージャーになりますと」
スケジュールが立て込み分刻みの過密なもの。スタジオ入りがちょっとでも遅れようものならすべからくマネージャーの責任になる。
「なんど局のディレクターや映画監督に頭をさげ謝りましたことでしょうか」
担当するタレントがいい加減な人間
皺寄せがこちらにやってくる。
マネージャーは延々と重労働を強調する。
タレントのマネージメントはプロダクション会社との軋轢。
テレビ局や映画撮影に入ればタレントはマネージャーだけが味方。一から十まで甘えてくる。
芸能界がことのほか好きな控えのナース。
はあっはあっと耳を澄まし関心を示す。
「そうですか。芸能界は大変でございますね」
そして…
この場でお坊ちゃんのことを出せば…
目の前にいる祖父と大喧嘩をして医院を飛び出した孫を話題にしたら。
大先生は祖父としてどんな反応を示すであろうか。
トレンディ俳優の名前を出せば老境の域の大先生がどうなるかを知っていた。
名医としての大先生の期待を裏切った孫の名前である。心憎いものである。
この患者さんは有名プロダクションである。医院の長男たる男はテレビドラマや映画に当代一の人気俳優として成功をしている。
ナースはマネージャーに俳優を語らせたいと天の邪鬼となる。
「毎週テレビでやっていらっしゃるあのドラマ。私たちナースに人気ですわ。前回のトレンディドラマは良かったですわ。私は泣けてしかたありませんでした」
ナースの言うドラマは特番である。
トレンディ俳優が主役に抜擢され前評判。
局としての大々的なバックアップ。
番組宣伝を大々的に得て初回から高い視聴率を誇っていた。
「ドラマをご覧ですか」
これはこれは
ありがとうございます。
「局から全面的なバックアップを得ているんです」
僕は
"主役の俳優"
「担当マネージャーなんです」
あまりにも嬉しく
つい大きな声を張り上げてしまう。
「エッ!主役の」
憧れの俳優の顔が浮かんだ
「あのトレンディさんの。マネージャーさんですか」
ナースはわざとジェスチャーをした。
酔狂な声
さも大フアンである
女性特有なわざとらしさを強調し驚きを表した。
静寂な診察室の空間。
大先生のいる一室は俄に騒がしくなってしまう。
うん!
テレビドラマなど無縁である。
医学部在学からテレビはニュースぐらいでまず見たことのない大先生。
話に退屈である。
そこに…
"孫の名前"が耳に飛び込んできた。
『トレンディ俳優』
大先生は耳にとんでもない圧力を感じてしまう。
"トレンディ俳優?"
聞き間違えではないなっ
耳をピクンとさせる
手持ちぶさたからカルテを忙しく触り出した。
緊張感からそわそわしてしまうのである。
「僕の自慢はトレンディ俳優の担当マネージメントです」
わざと
その名前を
聞いて聞かせよう
ゆっくり話する。
"大先生は動揺していらっしゃる"
俳優とは何らかの関係がある証拠である
「忙しい理由にはトレンディ俳優担当になったことなんですよ」
テレビドラマにバラエティ番組。
「映画の主役に抜擢されますと」
ナースはめくるめく芸能界に興味津々であった。
「まあっあの方はそんなに過密スケジュールでしたか」
あの方は…
"お孫さんでございます"
ナースはチラッと目配せをする。
孫のこと?
祖父は
気になって
心中穏やかならず
気になって
トレンディ俳優?
「聞き間違えではないようだ」
家出をして以来
"孫の顔"を見ていなかった。