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時系列②~医系家族の事情通

"弟さんは医者です"


マネージャーがしゃしゃり出てしまう。


待ち合いはシィ~ン


コンパクトでわかりやすい話の内容


充分に説得力である。


"見知らぬ若い男"


誰なんだ


奇異な存在である。


「あっあ~そっそんな俳優さんもいなさるのか」


医院の患者さんの一番の古株を自負する老人。


鮮やかな弁舌を聞き口をつぐんでしまいそうである。

「その俳優さん。こちらの息子さんに似てますね」


先祖代々お城の主治医が自慢でもある。


「えっそうですか!それは僕も知りませんでした」


口を挟んだマネージャー


あれこれ場を持ち上げようとする


「あん?」


その場にいた患者さん


黙りになる。


親分肌な老人の口をつぐませたのはまずかった。


「さてっとぉじゃなっ。大先生から薬ももらったことじゃ」


儂はそろそろ帰るか


「またあしたじゃ」


他の患者さんも長老に右に習えとなる。


話が詰まったっとぞろぞろ帰り支度してしまう。


いずこの内科待合室。


高齢者は患者さんの憩いのサロンであるはず。


しゃしゃり出たことから貴重な医院情報を失いである。


「しまったなぁ~」


後悔である。


かわいい受付嬢はマネージャーの提出された健康保険をチェックする。


(株)プロダクションの所属は政府管掌健康保険(社保)扱いである。


保険証は有効であるかどうか。


"偽造"保険証ではいけない。


「インターネットで保険証をチェックしておきましょうか」


受付デスクに備え付け端末機にスキミングしてみる。

「うん?芸能プロダクションだわ」


若い受付嬢は"ハッ"と気がついた。


『(株)…エンタープライズ…プロダクション』


この名の芸能プロダクションは有名な類いではないか。


テレビはドラマやコマーシャルにタレントさんがいくらでも活躍していた。


「ここのプロダクションは私の好きな"トレンディ俳優"が所属しているんだけどね。こちらの患者さん。あの俳優さんとお知り合いかしら」


受付の窓口から何気無く顔を出してみる。


ちらほらいる待ち合いの患者さん。その年寄りばかりの中に若いマネージャーをみる。


情けない男にしか見えない

「あのウダツではねぇ。到底は有名俳優と無縁なお仕事だろうなあ」


芸能プロダクションのバリバリキャリアではなく。


宣伝ビラ撒く人


ビルの掃除さん


冴えない仕事ではないか


「ねぇねぇ。こちらの患者さんって」


受付嬢は気安いベテランナースに芸能プロダクションを教える。


「あらっ!ヤダァ~」


そのプロダクションって


「医院の息子さんが所属しているわ!」


息子さん?


息子って誰のこと


「ハッ?院長先生の息子さん」


副院長先生?


えっ意味通じない


「わかんないわ。なんのことなの」


受付嬢は双子の兄弟を知らなかった。


ナースは折を見て院長と孫にあたる双子のギクシャクした家族関係を教えた。


「お兄さま頭良いのよ。だってあの有名な高校に在籍していたんですよ」


学業優秀な双子は中高6年一貫校。


兄弟は勉強の虫となり祖父たる大先生と父親の副院長の期待に答えるべき国立大医学部を目指していく。


「だけどなあっ。秀才ばかりの学校でしょう。ちょっと勉強サボりますと」


兄はついていけない。


エリート意識旺盛な弟は常に勉強に邁進する。


中高の6年は常に特進Aクラスのトップをキープ。


理数系科目において満点を稼ぎ出していた。


弟は学校でその秀才の名を知らぬ生徒はいない存在である。


兄は兄なりに頑張って数学を解いていく。


苦手な英単語を暗記し


大票田たる長文読解に得点源をみたいと努力した


中学3年間は特進Aクラス(20人)をなんとかかんとか保つ。


優秀な生徒。進学校エリート街道はここまでである。

高校1年あたりから苦手科目がポツリポツリできてしまい勢いがなくなる。


特進A→A→Bクラスにまで転落してしまう。


学校は成績順のクラスわけである。

第一志望の国立大医学部などランキングの落ちるBクラスからは無理である。


毎年の合格者名にひとりとして輩出したことがない。

いや秀才が集まる医学部進学は特Aクラスにいなければ夢物語となる。


兄は焦り出す。


学業だけがバロメーターの高校だった。


焦りと焦燥感に苛まれる苦悩な日々を送り授業が辛くなる。


勤続年数の長いベテランナースはずっと兄を見ていた。


「その当時のお兄さまと大先生を見ていました」


成績が落ちてしまうのは高校の教育方針が悪いのではないか。


なんと校長にじきじき電話を掛けてしまう。


「私たちナースや職員が聞いていることも平気で」


高校に苦情をしていた。


「大先生も卒業生でしょう」


校長先生は大先生の三歳年下である。在校中は勉強を教えたこともあった。


寄付金を医院からかなり集めている。


院長の先輩には頭があがらない立場。


兄がかわいい祖父


医院の患者さんそっちのけで"孫のために"尽力しきり。


「お孫さんが大変だとか言うと」


当時の祖父は内科医として簡単な診察も見落とし"誤診"がみられたらしい。


「忘れもしないわ。風邪気味の患者さんを"伝染性"と大先生が誤診されて」


担当ナースから副院長の若先生(父親)まで大騒ぎをしていた。


「たまたま若先生が大学病院から帰省されたから良かった」


ナースは身振り手振りでことのあらましを伝えてたい。


「あれがねぇ~大先生の診立(みた)てだけなら」


ゾッとしますわ


学校の成績は公平なものでありオープンである。


成績下位にあるBクラス相当な生徒を特進AやAクラスに置くことは不可能である。


他の生徒に示しがつかない。


いや授業進行の妨げである。


校長は担任を呼び出し成績の進捗具合を確かめてみる。


「院長先生は独断専行のキライがありますね。困ってしまいます」


特進A担任は胸を張って答えた。


「双子の弟さんは授業中の態度も立派です。なんと言いましょうか将来の医院は僕がいなければいけない。医学部は当然に行かなければと使命感が感じるんです」


話題の兄貴はそれがないのである。


特進Aクラスは20人全員が医者や歯医者の師弟である。


「この特進についていけないのはそれだけの知能ですね」


口歯ばったいですが第一志望の医学部。断念されてはいかがでしょうか」


担任は簡単に見捨ててしまう。


「結局ね。お兄さまはBクラスに甘んじて1年なの。勉強は一生懸命にされていたんだよ。それで高2年になったんだけど」


高校からの通達はCクラス転落である。


プライドはズタズタに引き裂かれてしまう。


Cクラスでも有名進学校である。


理学部や薬学部は頑張って勉強すれば充分に合格する。


だが


プライド高き院長の孫は頑張ってみなかった。


ついに勉強をストップする

受験競争の高校を医学部をスポイルしてしまう。


高2年の夏休み。


遊びを覚え英単語も微積分もきれいさっぱり投げてしまう。


高3年はさらにクラスは下げ出席率は悪く留年もある可能性だった。


「その頃だったわ。お兄さまは外泊が多くなったの」

たまに医院に帰ったら大先生と口喧嘩だった。


温厚な父親や母親は何も言わない。


院長の目を盗んで母親に金を無心する。


おじいさんは嫌いだ!


「僕は医者になるために生まれたんじゃあない。お父さんはおじいさんのロボットさ。だから紋切り型で医者にしかならない。情けないんだ」


江戸時代のお城主治医のプライドは孫には神通力とはならなかったのである。


高校をドロップし繁華街を彷徨けば様々な大人の世界が広がっている。


「僕は医者にはならない!ロボットみたいに医者にはならない!」


不良高校生には不良の言い訳が必要である。


インテリ不良の高校生にはそれなりの理由がなければいけない。

 

「お兄さまは頭がいいのね。ちゃんと(大先生の)おじいさまが医院にいない時間を見計らって帰ったりしていたの」


そのうち…


繁華街で…


頻繁に姿を見かける


「帰る度に派手な格好するようになったの」


高校生らしく?  


「私たち若いナースがハッとするような。まるで映画俳優のような格好にね」


不良フアッションに染まっていく。


双子は高校生にしては背が高く彫りの深い顔だちである。


祖父も父親も。


繁華街ではひときわ目立つダンディーである。


「聞いてくれ。みんな聞いておくれ。俺っスカウトされちゃった!ものすごく有名な芸能プロダクションだぜ」


医院に帰ると母親にナースたちに勝ち誇る自慢話をトクトクとする。


「映画俳優にならないかってさ。スカウトだよ」


芸能界に入っても俺はハンサムボーイらしい。


「ひとつウチのプロダクションに所属をして本格的な俳優になりませんか。ヒャッホ~」


医院に来ては夢物語を盛んに吹聴していた。


後日に芸能界入りは本当だと医院にわかる。


祖父にも


いやっ


兄はじかに祖父に告げた。

「高校を辞めて俳優になるんだ。日本の映画界でトップクラスの俳優になる」


医院との決別の瞬間でもあった。


「大先生は落胆されちゃったのね。俳優が好き嫌いだではなくて。お医者さまになれないって。ガクンっと力を落とされて。ガクンっと力を落とされて。可哀想なんだけどね」


孫の裏切りを機会に内科院の経営に情熱を失ってしまう。


大学病院に勤務する息子に院長職を譲り楽隠居をしたいと弱音を吐く。


「気落ちは気落ち。もうなんていうの」


高齢な祖父は喜びを失って歳をとってしまう。


孫のトレンディ俳優として成功することは風の頼りでわかる。


若いナースや職員さんは女性雑誌やテレビ映画に登場をしてその活躍は知っていた。


大先生の前で俳優としての成功は箝口令があるかのごとく。


「いつしか誰も言わないの」


そのうち弟が志望大学医学部に進学し医院の後継ぎになる。


「落胆した大先生はお兄さまの話はなさらないわ」


マネージャーの検査データが臨床検査技師から送られていた。


受付嬢は再度カルテを取り出しデータを整える。


チラッ


血液検査


心電図


検尿


「あちゃあ~」


医学のシロウトでもわかることに異常値は赤いマークが施してある。


「こりゃあ長く通院されちゃうなぁ」


受付嬢はため息をひとつしてからマネージャーを呼び出した。


「お待たせいたしました。大先生が診察室でお待ちでございます」


マネージャーはハイッわかりました。


畏まりながら診察室へ入っていくのである。

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