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回想:第七話:ステラが置いていったもの

■ ビジュアルリンク一覧

【00】アムネシア外観

https://www.pixiv.net/artworks/143621910

【01】いおりとゆめ

https://www.pixiv.net/artworks/143622038

【02】いおりとゆめ(幼少期)

https://www.pixiv.net/artworks/143622191

【03】いおり

https://www.pixiv.net/artworks/143622530

【04】ゆめ

https://www.pixiv.net/artworks/143622446

【05】ユウリ

https://www.pixiv.net/artworks/143622588

【06】セシリア

https://www.pixiv.net/artworks/143622964

【07】ステラ

https://www.pixiv.net/artworks/143623298

【08】リナ

https://www.pixiv.net/artworks/143623436

【09】ラヴァ

https://www.pixiv.net/artworks/143623526

【10】すず

https://www.pixiv.net/artworks/143623581

【11】もか

https://www.pixiv.net/artworks/143623864

【12】オールキャスト

https://www.pixiv.net/artworks/143624032

第一章:鏡合わせの沈黙と、百合の残り香

資料室の自動ドアが閉まった瞬間、そこは「過去」という名の深海へと沈んだ。


対峙する二人の間には、物理的な距離を超えた絶望的な断絶がある。

一方には、軍服の襟を正し、彫刻のような静止を保つセシリア。もう一方には、漆黒のドレスを纏い、鋭い眼差しで虚空を射抜くユウリ。


「……観測開始。室内気圧、0.3%の低下を確認。……二人の心拍同期率が異常値に達しています。……セシリア、およびユウリ。あなたたちの存在が、この空間の因果律を歪めています」


すずの無機質な報告が、静寂に波紋を広げる。コンソールには、二人の感情の衝突が視覚化され、赤い警告灯のように明滅していた。


「……もかは、中庭へ退避しました。……『二人の匂いが強すぎて、鼻が痛い』。それが、彼女の残した言葉です」


もかが恐れたのは、セシリアから漂う濃厚な「葬礼の百合」と、ユウリから発せられる「磨かれた鉄」の匂いが、逃げ場のないほどに混ざり合い、渦巻いていたからだ。それは和解の前兆などではなく、互いの存在を否定し合ってきた歳月の重みそのものだった。


「……。……ふふ。……あの野性が逃げ出すほどの毒を、私はまだ振りまいているようですね」


セシリアが、自嘲気味に唇を歪める。その指先は、習慣のように胸元のブローチ――かつてステラが選んだ、星の形をした飾り――をなぞった。


「……あなたの毒など、今更だ。……私は、その毒の中で呼吸することを教え込まれたのだから」


ユウリの声は、研ぎ澄まされた刃のように冷たい。だが、かつてのような剥き出しの憎悪はない。第10話の決戦、そして第16話の「名前」の交換を経て、彼女は目の前の女性を「絶対的な壁」ではなく、自分と同じように「一人の少女の死」に縛られた、滑稽で悲しい生存者として見つめていた。


「アーカイブ・コード007。……セシリアがユウリに対し施した、『ステラ化』の教育ログを再生します。……これは、個人の尊厳を削り、別の個体を上書きしようとした、最も残酷な『育成』の記録です」


すずが提示した映像の中で、幼いユウリはセシリアの指示通りに笑い、セシリアの望む言葉を口にしていた。それは「鏡」の中の幻影を愛でるための、血の通わない演劇。


「……。……今の私なら、言えるわ。……あの時、あなたが鏡の中に見ていたのは、ステラですらなかった。……ただの、あなたの『罪悪感』という名の怪物だったのよ。セシリア」


ユウリの言葉が、資料室の空気を鋭く切り裂く。

セシリアは反論せず、ただ静かに目を伏せた。その睫毛が落とす長い影は、資料室の白い床に、拭い去ることのできない「喪失」の染みのように深く刻まれていた。


第二章:二つの名前、一つの喪失

「……解析を続行。セシリアにとっての『ステラ』、そしてユウリにとっての『ステラ』。……記録によれば、同一人物であるはずの彼女は、あなたたちの主観において、全く異なる二つの色調トーンで記述されています」


すずの声が、資料室の四隅に設置されたホログラムを起動させる。

片側には、セシリアの記憶から抽出された、白磁のように完璧で、汚れ一つない「聖母」のようなステラ。もう片側には、ユウリの記憶にある、膝を擦りむき、泥だらけのピザを笑いながら分け合った「戦友」としてのステラ。


「……私は、あの子を愛していたわ。……いいえ、愛という言葉では足りない。……彼女は、私がこの腐り果てたアムネシアで、唯一『人間』として呼吸できる酸素そのものだった」


セシリアが、絞り出すように呟く。その声には、管理者の威厳など微塵もなかった。

ステラを失ったあの日、彼女の網膜からは色彩が消え、世界はモノクロの静止画へと変わった。百合の香りを過剰に漂わせるようになったのは、死の臭いを上書きするためだけの、無意味な抵抗に過ぎなかったのだ。


「……だから、あなたは彼女の『代わり』を求めた。……あの子が遺した空白を埋めるために、私を捕らえ、私の喉に彼女の声を流し込み、私の瞳に彼女の光を強いた」


ユウリの言葉は、弾丸のように正確にセシリアの急所を貫く。


「……認めなさい、セシリア。……あなたは彼女を愛していた。けれど、それ以上に、彼女を『自分』の中に閉じ込めておきたかっただけだ。……私に彼女の服を着せ、彼女の名前で呼ぶたびに、あなたは死んだ彼女を、無理やり現世に繋ぎ止めていたのよ」


「……。……ええ。……その通りです。……私は臆病だった。……あの子のいない世界で、どうやって自分を保てばいいのか、分からなかった。……ユウリ。……私は、あなたという輝きを、彼女という名の影で塗り潰し続けた。……それは、愛などではなく……ただの、執着という名の断罪でした」


セシリアの告白に、資料室の空気が微かに震える。

かつては「親友」を奪ったかたきとして憎んでいた女性。だが、目の前で項垂れるその姿は、あまりにも自分と似通っていた。


二人とも、ステラという光を失い、暗闇の中で道を見失った迷子だったのだ。


「……皮肉だな。……あの子が一番嫌がっていた『悲しい顔』を、今、私たちが一番共有しているなんて」


ユウリが自嘲気味に目を伏せる。

二人の間に流れるのは、もはや憎悪ではない。同じ「欠落」を抱え、同じ少女を永遠に失った者同士の、痛々しいまでの共鳴だった。


「……。……すず。……次の記録を。……あの子が、私たちに何を遺したのか。……その『本当の答え』を見せて」


セシリアの声が、微かに震える。

それは、管理者が「奇跡」を求めた、初めての瞬間だった。


第三章:星屑の蓄音機――最後のメッセージ

「……。アーカイブ・コード015。……第15話、アムネシア中央演算ユニットの物理的崩壊の際、私は最優先保護対象として、ある一つの非公開ファイルをサルベージしました」


すずの声が、これまでにない「躊躇い」を含んで響く。コンソールの背後で、古いレコードが回るようなパチパチというノイズが資料室に広がり始めた。


「……これは、ステラが命を落とした最後のアムネシア防衛戦に出撃する直前、プライベート・ログとして残していた音声メモです。……暗号化の解除に、これほどの時間を要しました」


セシリアの息が止まる。ユウリの拳が、白くなるほどに握りしめられた。

やがて、ノイズの向こうから、聞き間違えるはずのない、あの鈴を転がすような、けれどどこか悪戯っぽさを孕んだ少女の声が流れ出した。


『――あ、入ってるかな? ……ええと。これを聞いているってことは、たぶん、全部終わった後だよね』


背後で風が吹く音、そして遠くで訓練に励む少女たちの掛け声が聞こえる。それは、凄惨な戦場ではなく、確かにそこにあった「日常」の音だった。


『……ユウリへ。……ねぇ、今、眉間にシワ寄せてない? あなたが眉間のシワを伸ばせた日に、これを再生してほしいって、すずちゃんに頼んでおいたんだ。……もう、私の真似はしなくていいんだよ。あなたは、あなたのままで、世界一かっこいい女の子になってね』


ユウリの瞳から、大粒の涙が零れ落ち、床に小さな染みを作る。


『……お母さんへ。……お母さんは、いっつも完璧で、いっつも寂しそう。……私のことより、あなた自身を先に許してください。……私を愛してくれたみたいに、お母さん自身のことも、愛してあげて。……それが、私の最後のお願い』


セシリアは、声を上げることもできず、ただ両手で顔を覆った。指の隙間から、これまで決して見せることのなかった「一人の母親」としての嗚咽が漏れ出す。


『……二人へ。……あの日約束した、ピザ。……食べてね。私の分も、いーっぱい。……バイバイ。また、どこかで』


カチッ、という物理的なスイッチの切れる音。

資料室は、再び深い静寂に包まれた。


「……ステラ。……ステラ……!」


ユウリが叫ぶようにその名を呼んだ。

ステラが遺したものは、復讐の引き金でも、支配の道具でもなかった。

それは、残された二人が「自分の足で歩き出すこと」を願う、あまりにも普通で、あまりにも尊い「祈り」そのものだった。


「……。周波数解析の結果、ステラの声には偽造の痕跡はありません。……セシリア、ユウリ。……あなたたちの心拍数は、現在、激しい動揺を経て……『受容』の波形へと変化しています」


すずの言葉が、雨上がりの空のように静かに資料室に染み渡っていく。

ステラが置いていった「生活」の音。それが、二人の歪な執着を、柔らかな「思い出」へと変えようとしていた。


挿絵(By みてみん)


第四章:名前を呼んだ日、呼ばれた日

「……アーカイブ・コード016。第16話、最終決戦の直後。……あなたたちが初めて、互いを『役割』ではなく『個(名前)』として認識した瞬間のバイタル・ログを同期します」


すずの操作により、資料室の壁面に巨大な心拍グラフが重なり合う。

それは、かつてステラの影を奪い合った二人が、その影を振り払い、目の前の相手を直視した瞬間の記録だった。


「……ユウリ。あなたがセシリアを『管理者』でも『あの女』でもなく、その名で呼んだ瞬間。……あなたの喉の奥には、焼けるような痛みが走っていた。……それは、長年抱き続けた憎悪という名の鎧を、自ら引き剥がすための『拒絶反応』でした」


ユウリは、その時の感覚を鮮明に思い出していた。

喉が塞がり、言葉が震え、胃の奥がせり上がるような、生理的な拒絶。それでも、ステラの「自分を許して」という願いを形にするために、彼女は無理やりその名を絞り出したのだ。


「……あの日、あなたの名を呼んだ時……私の世界から、ようやくステラの幻影が消えたのよ。……目の前にいるのは、私の人生を狂わせた女ではなく、ただの、独りで泣くことさえ忘れた愚かな女性なんだって……そう、認めるしかなかった」


ユウリの独白に、セシリアの肩が微かに揺れる。


「……そして、セシリア。あなたが彼女を『ユウリ』と呼んだ瞬間。……網膜に焼き付いていたステラの残像が、完全に逸脱デヴィエーションしました。……あなたの声帯振動数は、ステラを呼ぶ時とは異なる、未知の周波数へと変化していたのです」


「……ええ。……あの日まで、私はあなたの瞳の中に、ずっとステラの光を探し続けていた。……けれど、あなたが私の名を呼んだ時、私の視界を覆っていた霧が晴れたわ。……そこにいたのは、ステラの代わりなどではない……烈火のような意志を宿した、一人の少女だった」


セシリアが、ゆっくりとユウリを見据える。

「ユウリ」。その三文字がセシリアの唇から零れた瞬間、資料室の空気は、支配と服従の関係を完全に過去のものへと追いやった。


「……。心拍の同期率が、かつてないほど安定しています。……あなたたちは、もはや仲良しにはなれない。けれど、『ステラを愛した者同士』として、同じ地平に立つことを受容しました。……これは、アムネシアの計算式には存在しない、最も非効率で、最も尊い『和解』です」


すずの冷徹な解析が、皮肉にも二人の魂の結びつきを証明していた。

「お母さん」と呼びたかった娘と、「親友」と呼びたかった少女。

二つの名前を持っていたステラが、その命を賭して二人の間に遺したのは、お互いを名前で呼び、同じ痛みの中で笑える「未来」への通行証だったのだ。


第五章:台無しにする天才、あるいはステラの代理人

ステラの遺した「声」の余韻が、雪解け水のように二人の心を浸していた。

セシリアは涙を拭うことさえ忘れ、ユウリはただ静かに、自分の名前を呼んでくれた親友の気配を噛み締める。資料室を支配していた「毒」のような緊張感は霧散し、そこにはただ、一人の女性と一人の少女の、等身大の空虚と救済が残されていた。


その、あまりに美しい静寂を――「彼女」が許すはずもなかった。


「おっなかー! すっいたーー!!」


豪快な足音と共に、自動ドアが勢いよく跳ね上がる。

乱入してきたのは、両手に抱えきれないほどの巨大なピザの箱を掲げたもかだった。


「鼻が痛いのも治ったよー! 外ですっごく美味しそうな匂いがしたから、捕まえてきた! 見て見て、チーズが爆発してる!」


「……もか。あなた、この状況が……」


ユウリが呆然と呟く。セシリアもまた、涙で濡れた瞳をしばたたかせ、場違いなピザの香りに呆然としていた。


「えっ、何? 二人とも、ピザ食べられないくらい大喧嘩したの? 泣くほど悔しかったなら、もかが全部食べてあげようか? 遠慮しなくていいよ、もかはお腹ぺこぺこだから!」


もかは二人の深刻な空気などどこ吹く風で、テーブルにピザを広げると、一切れを豪快に頬張った。

その瞬間、資料室に漂っていた「葬礼の百合」の香りは、濃厚なチーズとトマト、そして焼きたての生地の「生の匂い」に完全に塗り替えられた。


「……。……ふっ。……あはははは!」


最初に声を上げて笑い出したのは、ユウリだった。

ステラが「ピザを食べて」と遺したその直後に、何も知らない野生児がその願いを力ずくで叶えに来る。そのあまりのタイミングの良さと、もかの図太さに、こらえきれなくなったのだ。


「……くすっ。……本当に、台無しにする天才ね。あなたは」


セシリアもまた、優雅な仕草で目元を拭い、小さく肩を揺らして笑った。

管理者が声を立てて笑う。それはアムネシアの歴史上、一度も記録されたことのない「奇跡」の瞬間だった。


二人の眉間のシワは、ステラの願い通り、綺麗に伸び切っていた。


「……観測完了。……ステラの遺言、およびもかの突発的行動の相関関係を計算。……結果、二人の心拍数は『幸福』の閾値を超えました。……もかの持ち込んだピザの匂いが、ステラの残り香と融合し……新しい『日常』の周波数を形成しています」


すずが、満足げに(と、少なくともユウリには見えた)記録を閉じる。


「何笑ってるのー? 二人も早く食べないと、本当になくなるよ! はい、これユウリの分、これお母さん……あ、セシリアさんの分!」


もかが差し出したピザを、二人は自然と受け取っていた。

抱き合うことも、過去を帳消しにすることもない。けれど、同じ箱のピザを囲み、同じ少女を想いながら、今この瞬間を笑い合う。

それこそが、ステラが命を賭して、この世界に置いていきたかったものの正体だった。


資料室の片隅、すずのモニターには、二人が去った後のデータが静かに流れていた。

「……。ステラ。あなたの計算通り、世界は少しだけ、騒がしくて温かくなりました」


すずは、自分の胸のあたり――論理回路が詰まっているはずの場所に、そっと手を当てる。

その奥で、自分でも説明のつかない「ノイズ」が小さく脈打つのを感じながら。


第七話:ステラが置いていったもの――完

■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21


■イメージソング収録

https://youtube.com/channel/UCf9Cp8TicaB66IdgbE7wxPQ?si=kFtHO8Jk97tbQuwx

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