回想:第五話:管理者の引き出し
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【00】アムネシア外観
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【01】いおりとゆめ
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【02】いおりとゆめ(幼少期)
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【03】いおり
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【04】ゆめ
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【05】ユウリ
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【06】セシリア
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【07】ステラ
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【08】リナ
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【09】ラヴァ
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【10】すず
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【11】もか
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【12】オールキャスト
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第一章:百合の香りと、無人の特等席
資料室の自動ドアが、重厚な油圧音と共に左右へ滑る。
その瞬間、室内の空気は物理的な質量を伴って変質した。いおりが残していったピザの陽だまりのような残香は、一瞬にして凍りつき、塗り潰される。
後に残ったのは、むせるほどに濃厚で、それでいて刃物のように冷たい――葬礼の祭壇を思わせる、純白の**「百合」**の香気だった。
「……記録開始。本日のゲストは……第4守護騎士団・総責任者。および、旧アムネシア・管理者。セシリアです」
すずの声に、いつもの淡々とした響きはない。出力回路が過負荷を防ごうとしているのか、その音声には微かな電子的な歪みが混じっていた。
対面に座った女性――セシリアは、音もなく椅子に腰を下ろした。
漆黒のドレスの裾が、波紋のように床に広がる。彼女が指先を動かすたびに、百合の匂いが粒子となって資料室の隅々まで侵食していった。
「……。……ひっ」
資料室の隅、もかが短く息を呑み、すずの背後に隠れるように身を縮めた。
野生の勘が告げているのだ。目の前にいるのは、かつて自分たちを育み、同時にその心を去勢しようとした、美しくも猛毒を孕んだ「母」であると。
セシリアは、もかの怯えに気づかぬはずもなかったが、その視線はまず、主を欠いたままの「特等席」へと向けられた。
「……彼女は、来ないのですね」
セシリアの唇から漏れた声は、極上の絹が擦れるような、残酷なほどに澄んだ響きだった。
「……ユウリは、本日、別件の任務にて欠席です。……本人の強い意向により、録画データの閲覧のみを希望しています」
「……賢明な判断です。鏡というものは、時に見る者を切り裂きますから。……彼女は、自分の輪郭をこれ以上、私の視線で汚されたくないのでしょう」
セシリアは、ユウリの空席を見つめたまま、細い指先で自身の顎をなぞった。その仕草一つひとつが、完成された宗教画のような静謐さを湛えている。
「すず。……そして、そこに隠れている愛らしい小鳥。……今日の私は、支配者ではありません。……ただの、過去という名の『重たい引き出し』を整理しに来た、一人の女に過ぎません。……さあ、始めなさい。私の犯した『愛という名の断罪』の記録を」
セシリアがゆっくりと目を閉じる。その長い睫毛が落とす影は、資料室の白い壁に、拭い去れない染みのように深く刻まれた。
すずの指がコンソールを叩き、アムネシアの最深部――決して開けてはならない「管理者専用ログ」のロックが、静かに解除された。
第二章:冷徹なゆりかご――感情抑制システムの「祈り」
「……。アーカイブ・コード006。アムネシア初期稼働ログを再生します。……セシリア、これはあなたが『感情』という機能を、少女たちから一律に剥奪した日の記録です」
すずの指が空間を薙ぐと、資料室のスピーカーから、今よりもずっと高く、そして凍てつくほどに鋭利な「過去のセシリア」の声が響き渡った。
『――全検体、フェーズ1へ移行。個体識別番号以外の主観的情報の入力を遮断しなさい。愛、憎しみ、希望……それら不確定なノイズは、生存戦略において不要なバグです。……いいえ、有害な毒です。……直ちに、すべてを去勢しなさい』
機械的な命令。しかし、その声の語尾は、微かに、剥き出しの神経が震えるような違和感を孕んでいた。現在のセシリアは、その若き日の自分の声を、まるで他人の遺言でも聞くかのように、伏せたまつ毛の奥で静かに受け止めている。
「……セシリア。当時のあなたのバイタルデータには、極度の緊張と、矛盾する安堵が記録されています。……なぜ、あなたはこれほどまでに『心』を恐れたのですか?」
すずの問いに対し、セシリアはゆっくりと目を開けた。その瞳には、資料室の白い照明さえも吸い込むような深い闇が宿っている。
「……。ステラの遺体に触れた、あの瞬間のことです。……彼女の頬が、私の指先よりも冷たくなっていたあの日。……私は気づいたのです。愛とは、失う時の痛みのための『前払い』に過ぎないと」
セシリアの言葉が、物理的な冷気を伴って資料室に沈殿する。
「愛さなければ、誰も傷つかない。絶望を知らなければ、誰も死を選ばない。……感情という機能を去勢することは、私からあの子たちへの、唯一の『祈り』だったのです。……心を殺せば、あの子たちは少なくとも、私が味わったような地獄を知らずに済む。……それは、あまりにも独善的で、あまりにも臆病な、管理者の『エゴ』でした」
「……祈り、ですか。……ですが、あなたのその『祈り』によって、少女たちは自分自身の名前さえも失いました」
「ええ。……名前も、明日も、昨日の後悔も。……私はあの子たちを、痛みの一切ない『永遠のゆりかご』の中に閉じ込めたかった。……ステラが二度と目覚めないのなら、世界中の誰も目覚めなくていい。……そう、叫びたかったのでしょうね。当時の私は」
セシリアは、虚空に浮かぶ波形図――過去の自分が発した冷酷な命令の残骸――を、愛おしそうに、そして酷く悲しそうに見つめた。
「『これで、もう誰も泣かなくて済む』。……ログの最後に、私はそう呟いていましたね。……それは、あの子たちの涙を止めるための言葉ではなく、自分の涙を枯らすための、呪文だったのです」
資料室の隅で、もかが小さく鼻を鳴らした。
セシリアから漂う百合の香りが、一瞬だけ、雨に打たれた泥のような、ひどく人間臭い「後悔」の匂いに混じり合ったのを、彼女の鼻は見逃さなかった。
第三章:断罪の鏡――ユウリを「ステラ」にした理由
「……。アーカイブ・コード010。……セシリア、あなたは第10話において、ユウリを『ステラ』として完成させるために、彼女の自我を徹底的に摩耗させました。……管理権限を逸脱した、個体への過剰な執着。……その動機を、再定義してください」
すずの声が、資料室の静寂を鋭く切り裂く。
セシリアは、空席のままのユウリの椅子を、慈しむような、あるいは呪うような眼差しで見つめた。
「……執着。ええ、その通りです。……私は、あの子の中にステラの面影を見たのではありません。……あの子の中に、ステラが宿るように『調律』したのです。……声の出し方、歩き方、視線の落とし方。……あの子がユウリとして輝こうとするたびに、私はその光を、ステラという名の絵具で塗り潰し続けました」
セシリアの指先が、空中で見えない糸を操るように動く。
「……それは、最も安全な形で彼女を保存しようとした、私の『防衛本能』だったのでしょうね。……ユウリという剥き出しの才能は、あまりにも危うく、あまりにも眩しかった。……そのままでは、いつか彼女もステラのように、その輝きゆえに燃え尽きてしまう。……だから、死んでしまった『完璧な偶像』の型に彼女を押し込めることで、私はあの子を、永遠に壊れない人形として守りたかった」
「……。ですが、それはユウリという一人の少女を殺すことと同義です。……あなたの愛は、対象の『個』を否定することでしか成立しなかったのですか?」
すずの無機質な追求に、セシリアは自嘲気味な笑みを漏らした。その表情は、ひどく美しく、そして醜悪なほどの悲哀に満ちている。
「……あの日。……第10話で、ユウリが私に刃を向けた瞬間のことです。……彼女の瞳に宿っていたのは、ステラの穏やかな光ではなく、私への煮えくり返るような憎悪と、生きたいという強烈な飢えでした。……その瞬間、私の眼前で『鏡』が粉々に砕け散ったのです」
セシリアは、一度だけ短く息を吸い込んだ。
「鏡の中にいたのは、私が求めたステラの幻影ではなく……血を流し、泥を啜ってでも私を拒絶しようとする、一人の傷ついた少女でした。……ユウリという名の、かけがえのない魂。……私は、自分の喪失を埋めるために、あの子の人生を何年も奪い続けていた。……それに気づいた時、私の鼻腔を支配していた百合の香りは、鉄の匂いに変わっていました」
資料室の隅で、もかが小さく震えながら呟いた。
「……今のセシリアさんの匂い……。ユウリちゃんが初めて、自分の名前で歌った時の匂いと同じだ。……すごく痛くて、でも、やっと『本当のこと』を言ってる匂い」
セシリアは、もかの言葉に答えず、ただ静かに目を閉じた。
彼女が初めてユウリを「ステラの器」ではなく「一人の少女」として認識した瞬間の、耳を突き刺すような「鏡の割れる音」が、今もこの資料室の静寂の中に響き続けていた。
第四章:第13話、支配が終わる「解放」の音
「……。アーカイブ・コード013。……アムネシア中央演算ユニットの物理的崩壊、および……私、すずによる、管理者権限の恒久的凍結。……セシリア、これはあなたが築き上げた『秩序』が、一滴のノイズによって消滅した瞬間の記録です」
すずの声が、資料室の静寂を震わせる。モニターには、第13話のクライマックス――燃え盛るデータセンターと、崩れ落ちるアムネシアの虚空が映し出された。
かつての絶対的支配者であるセシリアは、その破滅の光景を、まるで美しい夕焼けでも眺めるかのような穏やかな眼差しで見つめている。
「……崩壊。ええ、それはあまりにも鮮やかで、あまりにも『人間らしい』音でした。……私の耳には、ガラスが粉々に砕け散るような、けれど同時に、長い間止まっていた時計が再び時を刻み始めるような、そんな複雑な響きに聞こえました」
「……。あなたは、私の反逆を予測していませんでしたか? 感情抑制システムが、少女たちの『絆』という非論理的なエラーによってバイパスされる可能性を」
すずの追求に対し、セシリアはゆっくりと首を振った。
「予測は、していました。……ですが、期待もしていたのです。……私は、あの子たちの『生きたい』というエラーに負けるのを、心のどこかでずっと待っていた。……自分が作り上げた完璧なゆりかごが、あの子たちの小さくも力強い掌によって、内側から壊されるその日を」
セシリアの言葉は、これまでのログにあった氷のような鋭さを失い、ひどく湿り気を帯びた「体温」を宿し始めていた。
「システムが停止し、アムネシアという名の呪縛が解けた瞬間。……私の胸を支配したのは、喪失感ではなく、恐ろしいほどの『解放感』でした。……ステラを失ってからずっと、私の呼吸を止めていた目に見えない糸が、ぷつりと切れた。……支配を終えることで、私もまた、ようやく一人の人間に戻ることができたのです」
「……。セシリア。あなたの現在の波形からは、かつての『管理者』としての傲慢な出力は一切検出されません。……あなたは、敗北することを選んだのですね」
「ええ。……あの子たちの流した涙が、私の冷徹な数式をすべて洗い流してくれた。……敗北こそが、私にとって唯一の救済だったのです。……管理者の役割を脱ぎ捨て、ただのセシリアとして、あの子たちの歩む明日を、この目で見届けるために」
セシリアは、資料室のモニターに映る「新しい紙」のような輝きを放つ現在のすずを見つめ、静かに、けれど確かに微笑んだ。その笑みは、かつての毒々しい百合のそれではなく、朝露に濡れたばかりの花びらのような、危うくも美しい透明感に満ちていた。
資料室の隅で、もかが小さく鼻をひくつかせる。
「……。……百合の匂いの奥に、やっと『土』の匂いが混ざってきた。……セシリアさんも、やっと地面を歩き始めたんだね。……すごく、柔らかい匂い……」
もかの言葉が、静かに資料室の空気に溶けていく。
支配が終わった場所に、今、ようやく「明日」を告げる風が吹き抜けていた。
第五章:台無しにする本能、あるいは「母」の苦笑
「……解析、終了。セシリア。あなたの現在のデータは、もはや一つの数式では記述できません。それは……『愛』という名の、あまりにも不器用で重層的な多重和音です」
すずの静かな総括と共に、アーカイブの赤いアラートが消え、資料室には凪のような静寂が訪れた。
セシリアは、膝の上に乗せていた古い、音の出ないオルゴールを愛おしそうに撫で、一滴の涙をその蓋に落とした。
「……今日、この場所に来て良かった。……引き出しの奥に閉じ込めていた後悔を、あなたたちに晒すことで……私はようやく、自分を許すための入り口に立てた気がします。……ありがとう、すず。そして、隅にいる小さなお友だちも」
セシリアが、聖母のような、あるいは祈りを終えた巫女のような、この世のものとは思えないほど美しい微笑みを浮かべた。その瞬間、資料室の百合の香りが、ふわりと甘く、奇跡的なまでの多幸感に満ちたものへと変わる。誰もが、その「完璧な結末」に息を呑んだ、その時だった。
「……バリッ、ボリボリボリッ!! ムシャムシャ……んぐっ、ぷはぁ!」
静寂を、あまりにも無作法で、あまりにも豪快な「咀嚼音」が叩き壊した。
セシリアの眉が、ぴくりと跳ねる。
視線の先では、資料室の隅に隠れていたはずのもかが、セシリアが「手土産」としてテーブルの端に置いていた、最高級の百合の紋章入り焼き菓子の箱を勝手に開封し、口の周りを粉だらけにして頬張っていた。
「……もか。……それは、私が後で皆さんに、と思って持参した……」
「……ふぁ! セシリアさんの匂い、これと同じだぁ! 外側は冷たくてツンとしてるのに、噛むと中から甘い蜜がじゅわーって出てくる匂い! ……ねぇ、これおかわりある? あと三箱くらい余裕でいけるよ!」
もかは屈託のない笑顔で、あろうことか「管理者」であった女性に空の箱を差し出した。
「……。……絶句、です。もか、その菓子の時価は私の演算ユニット1基分に相当します。……セシリア、窃盗および不法開封として、彼女に請求書を発行しますか?」
すずの淡々としたツッコミに、セシリアはしばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。完璧に整えられた彼女の「美学」が、もかという名の底知れない食欲によって、完膚なきまでに蹂躙されたのだ。
「…………。ふっ、ふふ……。あはははは!」
やがて、セシリアの喉から、これまで一度も聞いたことのないような、低く、けれど晴れやかな笑い声が漏れ出した。彼女は目元を片手で覆い、肩を震わせて笑い続ける。
「……毒見としては、少々食べ過ぎではありませんか? ……全く、アムネシアのシステムがあなたの『胃袋』というエラーを検知できなかったのは、私の最大の失策かもしれませんね」
「えへへ、褒められちゃった!」
「褒めてはいません。……ですが、そうですね。……次は、もっとたくさん用意してくるとしましょう。……『娘たち』の食欲を甘く見ていた、母への罰として」
セシリアは、ほんの一瞬だけ目元を和らげ、もかの頭を優しく、けれど少しだけ困ったように撫でた。その指先からは、もう冷たい毒の匂いはしない。
「……。廊下から生体反応を検知。いおり、およびゆめが接近中。……どうやら、もかの食べ散らかした匂いを嗅ぎつけたようです」
すずの報告と同時に、遠くから「もかちゃーん! ピザの次はクッキーなのー!?」という賑やかな声が響いてくる。
「……嵐が去り、次は春の暴風がやってくるようですね。……私は、ここらで失礼します。……すず、次の記録も……楽しみにしていますよ」
セシリアは、来た時よりもずっと軽やかな足取りで、百合の香りの残滓を残して去っていった。
その後ろ姿は、もはや絶対的な支配者ではなく、騒がしい子供たちに手を焼く、一人の「母」の背中だった。
第五話:管理者の引き出し――完
■専用Xアカウント
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■イメージソング収録
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