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きもだめし


 草木も眠る丑三つ時。


 住宅街の外れに昔からある古い寺。その裏には墓石の群れがどこまでも続いていて、遠くの墓石になるほど闇に飲み込まれている。


 シーンと静まる空気。時間も時間だが、人の生きる空間とは別の静寂がそこには満ちている。まるで空気自体に意思があるかのように体に巻きついてくる。静寂の音が大きくなり、耳を貫く。そのままでいると確実に気が狂ってしまうだろう、そんな気配が墓場全体に満ちていた。


 その墓場の静寂を崩す微かな音。


「ねぇ、あすかちゃん………」


 幼い少女の声だった。肩にかかる程で栗色気味の髪のその少女はきょろきょろと辺りを見渡している。


 耳をすまさなければ、この冷たい墓石に吸い込まれてしまう程にか細いその声は、もう一人の腰まで伸びた長い黒髪の少女を振り向かせた。


「何? まりな」


 栗毛の少女とは対照的に怯える様子はない黒髪少女は声もはっきりとして返事をした。


「あのさ………なんでこんなところに私達いるの?」


「………はぁ?」


 まりなの言葉にあすかの眉がピクっとつり上がる。


「あんたの為に来てるんでしょーーーー!!」


「はぅぅ………」


 突然の音の爆発にまりなは余計に縮こまってしまう。


「まりなの怖がりを叩き直してあげようとしてるんじゃない!!」


「………で、でも~、わざわざお墓になんて来なくっても………」


「こういう事をするのは墓場って相場が決まってるのよ」


 あすかがまりなのおでこをトンと突付く。


 最近、このあたりの噂でこの尊冥寺の墓場に幽霊が出るというものがある。それは人魂だったり、異様に足の速い老人だったり、髪が伸びて襲ってくる女性だったり、子供の笑い声が聞こえたりと内容はバラバラだが、何かが出るということは確かだった。そんな噂は人を大いに引き付け、また新たな噂を生んでいく。彼女等もそんな噂を耳にして肝試しに来たのだろう。


「さ、もうちょっと奥にいくよ」


「ま、まだいくの!?」


「ぐだぐだ言わずに来る~」


 しり込みをしているまりなの腕をあすかが掴んだ、その時だった。


 じゃり………。


 生暖かい風が微かな音を二人に報せ、彼女等の動きを静止画の様にピタリと止めた。


 二人がいる場所からまっすぐのびた細い道の先。その闇の中から何かが砂利を踏みしめる音が聞こえてきたのだ。


 その音に心臓を強く握られたかのような表情を見せるまりな。あすかも大きく開けていた口を噤み、遠くを見るように細めた視線で闇の中を見つめていた。


 そこに何がいるのか、まったく分からない。しかし、砂利を踏みしめる音は次第にハッキリと耳に届くようになってきて、その何かしらが二人の少女に近づいてきている事は確かだった。


「………ま、まさか、き、来ちゃったのかな………?」


 あすかの陰に隠れながら、搾り出すような声で訪ねるまりなに、しかし、あすかはまりなに視線を送ることなく、ずっと闇の方を向いている。


 と、その時、砂利を踏みしめる音がピタリと止まった。


 辺りに広がっていく静寂の音。夏の夜の生暖かさに汗の玉がじわりと浮き出る。しかし、体の内側は上着を羽織りたくなる程に寒い。何か異様なモノがそこにあると体が感じていた。


「まりな、ちょっと見てくるね」


 急に何を言い出すのか、あすかは振り向いてそう言うと、一人で音のした闇の中へと駆けて行ってしまった。


「あ、ちょ、ちょっと、あすか!?」


 それを引きとめようと伸ばしたまりなの手は、一時遅くて空しく宙をかいただけだった。


 深夜の墓場の中に一人の少女が取り残された。


「………うぅぅ………一人にしないでよぉぉ………」


 まりなが涙目になってその場に座り込むと、気持ち悪い夜風が彼女を包み込んでいく。


 その時だった。


 ………じゃり。


 またあの砂利を踏みしめる音が耳に届いた。しかし、その音はあすかが飛び込んだ闇の中からではなく、反対側、まりなの背中の方の闇の中から聞こえてきたのだ。


「っ!?」


 声にならない声を漏らすまりな。


 心臓の鼓動が辺りに響き渡って来そうな程強張った表情の彼女は、ゆっくりと体を捻ってそちらの方を覗き込んだ。


 視線の先に広がるのは、やはり果てしない闇。


 しかし、その闇の中から聞こえる砂利の潰れる音は確かに大きくなってきていた。


 音はもう目の前にまで迫ってきている。


 そして、それは闇の中から現れた。


「どうしたの君? こんなところで一人?」


 人だった。


 白いTシャツにダボっとしたハーフパンツをした、まだ若い男がまりなを見つけて声をかけてきた。


 この男も噂をきいて、興味本位でここに肝試しでもしに来た口だろう。しかし、彼女等のように臆している様子はなく、全くの余裕で散歩をしているかのように思わせる程だった。


 砂利の音の正体がこの男で少女も恐怖から開放される。はずだったが、近づく男にまりなはあまりの恐怖だったのか、顔の強張りが未だに抜けていない。


 男は屈んで、座り込むまりなの顔を覗きこもうとした、その時だった。


「………あれ?」


 男は急に体が動けなくなった。セメントで固めたかのようにピクリとも動かすことの出来ない体に余裕の表情が消え、にわかに焦りだす。


「ど、どうなってるんだ!?」


 男が困惑の声を上げた次の瞬間だった。


 ぴた。


 何かが男の腕に止まる。白い色の何か。


 その何かの感触に気がついた男が自分の腕へと視線を落とす。それと同時、男の表情が怖の一色に染まった。


「っ!!?」


 手だった。彼の腕にあった白い何かは小さな手。あまりにも人とかけ離れた色の所為ですぐには手であると認識することが出来なかった。それ程までに異様な存在。


「うわぁぁぁーーーーー!!!」


 男は叫んだ。叫ぶ事しか出来なかった。すぐにでもその腕を振り払って逃げ出したいのに体が動かない。男が今にも気が狂いそうになっているのは顔を見なくても分かる。


「ねぇ………」


 ふっと声が生まれる。ぼんやりと不安定な幼声。


 その静かな声に男は悲鳴にも似た呻きを止めた。代わりに喉を締め付けられているような擦れた吐息が漏れてくる。


「あなたは………どうしてこんなところにいるの?」


 少女まりながすぅっと立ち上がった。


 丁度、まりなが男を見下ろす形になる。


「………幽霊でも、見たかったのかしら?」


 冬のような底冷えする風が草木を揺らせた。まりなの垂れる栗毛色の前髪も揺れる。その前髪の合間から彼女の顔が覗ける。


 口と目。


 耳まで伸びた口の端が大きく歪み笑っている口と、辺りの闇の色と同じ漆黒で空洞のように大きく見開かれた目。


 その二つが男の両目を見下ろしていた。


 男は一時も経たずして、両膝を着き、その場に崩れた。もう二度と動きそうにない。


「良かったわね。願いが叶って………」


 まりながぽつりと声を溢す。それに合わせるように生暖かい風が吹く。


 辺りにはまた静寂の支配が始まった。

 

 墓と墓の間の道には、もう人ではなくなった男と立ち尽くす少女が一人。と、もう一人の少女が男が来た闇から現れた。あすかだ。


「やったじゃない。一人でも出来たじゃん」


 あすかはニヤっと笑った。


「でも、命の狩り方はまだまだね。もっとこう、ぐぅぅぉぉぉ~~!! っとして、ガンっっ!! ってやらないと」


「そっかぁ~。一生懸命考えてた狩り方だったんだけどなぁ~。でもあすかちゃんが手伝ってくれたから出来たわけだし、今のじゃダメかもね。さっきの人を金縛りにしたのって、あすかちゃんでしょ?」


「あ、分かった? 目立たないようにやったつもりなんだけど」


「はぁ〜、でもやっぱりわたし人間は怖くて一人じゃ襲えないよ」


「まりなみたいな幽霊も珍しいよ」


「前よりかは怖くなくなってきたけどね」


「じゃあ、次はまりな一人でやりなよ」


「次って? もうここには誰もいないよ」


「いるわよ。さっきからずっとこっちを見てる人間が一人」


 そういうとあすかは異様な程に裂けた口の端をニヤリと気味悪く吊り上げた。


 全てを見ていたこちらに狙いを定めて。



                                            終。


2005年 作成

2010年 加筆・修正

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