枯れない花はないけれど
新たな門出に花束を
花束が嫌いだ。かさばるし、しおれるし、最後は枯れてしまう。大切なプレゼントのはずなのに、あっという間にしおれてしまう花たちが見ていられなくて、思い出も同じように乾いて、しぼんで捨てられてしまう気がして、花束が大嫌いだった。
「今までありがとうございました」
後輩たちが並んで1つの大きな花束を差し出す。今日は卒業式、3年間の終わりを告げる別れの日。部活でそれなりに人間関係を築いてきたのだから後輩たちが挨拶程度はしてくれるだろうと思っていた。儀礼的に渡されるかもしれないともなんとなく察してはいた。後輩たちには花束が嫌いなことを伝えていない。昔母に
「花束なんて嫌いだ」と言ったとき、憐れむように目を細められてから誰にも伝えてこなかった。
だから花束が嫌いなことは母以外誰も知らない。目元が腫れて赤くなっている後輩たちは知りもしない。
「ありがとう、俺たちがいなくなってもちゃんと練習に励むんだぞ。」
先輩風をこの子達に吹かせられるのもきっと最後だ。目頭が熱い気もするがきっと卒業式の名残だろう。
受け取った花束はガーベラ、スイートピーカー、ネーション、アルストロメリア……色とりどりの花たちが堂々と、しかし争うことなく咲き誇っている。『卒業おめでとう』と一人一人書いたであろう後輩の名前、色紙と卒業証書で両手が塞がっている状態で渡されたものだから抱え込む形で家に帰った。
家に帰った俺は急いで花を飾れる花瓶を探す。幸いにも母が用意してくれていたのですぐに花を生けることがげきた。包み紙から解放された花たちをできるだけ涼しい場所に置く。いつでも見れるようにリビングに飾っておいてはどうかと提案されたが、陽の光がさし温かいリビングではすぐに枯れてしまう。
俺の家は北側に玄関があり常に日陰になっていていつもひんやりしている。長く持っていくれることを祈って花瓶を飾った。
春休みのある日家に帰ると花瓶が片付けられていた。まだ花びらに水が通っていて枯れるには時間があった。捨てるにはあまりにも早すぎる。ただいまも言わずに抗議した。
「まだ枯れていなかった。捨てるには早すぎる。」
と。母は
「大丈夫、少しの辛抱だから。」
と穏やかに笑っていた。何が大丈夫なのかも何を待てばいいのかもわからずとりあえず急いでゴミ箱を確認するを小さく折られた葉や茎が詰め込まれていた。
花束が嫌いだと言ったが枯れてしまうのが悲しかっただけで花が嫌いな訳では無い。後輩たちの気持ちまで捨てられた気がしてただただ悲しかった。
事件から数ヶ月たったある日、突然母が小さな段ボールを俺に差し出す。箱を開けるとそこには厳重に梱包されたまた新たな箱、過剰包装を開けるとそこには捨てられたと思っていた花たちが飾れていた頃の色そのままで透明なプリズムのようなものに入っていた。
「ちゃんと綺麗にできるか不安でねぇ、完成品が届くまで内緒にしてたの。綺麗にできてよかったわ。」
今はドライフラワーにしてからレジンに封入するサービスがあるらしく、枯れていく花をみて寂しそうにする俺のために花だけを分けて業者に送ってくれたらしい。
「これで枯れる心配はないでしょ。」
と笑う母。その日からベットの枕元のサイドテーブルに飾って毎日磨くようになった。
大人になった今後輩たちが送ってくれたはがきをみてあの時のことを思い出す。
あの頃は卒業したら二度と会えなくなると思っていて、送られたものだけがつながりのような気がして、それがなくなってしまうことがとても怖くて悲しかった。しかし時が経ってみればなんのことはない、学校に通わなくなろうがいつでも連絡は取れるし、会おうと思えばいつでも会える。花束という目に見える気持ちがなくたって共に過ごした日々も、積み上げてきた関係も消えるわけではない。枯れようが固めようがそれは消して変わることはないのだと、最近になって気付くことができた。
はがきには入籍のお知らせと披露宴の案内が書かれている。どうやら地元の結婚式場で行うらしい。私は出席の文字に丸をしてフラワーショップに電話にむかった。
お読みいただきありがとうございました。
初投稿で拙いところもあると思いますが作品に☆☆☆☆☆を押していただきますとたいへん嬉しく思います。




