死にたいと言った少女に、僕は一つだけ嘘をついた
夜の公園は、昼間より正直だと思う。
街灯の下でだけ、人は本音を落としていく。
ブランコに座った少女は、足で地面をこすりながら言った。
「ねえ。死んだら、楽になると思う?」
質問の形をしていたけれど、答えを求めていない声だった。
僕はベンチに腰を下ろしたまま、少しだけ考えるふりをする。
「さあ。楽になる人もいれば、ならない人もいるんじゃないかな」
模範解答でも、否定でもない。
正しい言葉を探すのを、僕はもうやめていた。
少女は笑った。
笑顔というより、力の抜けた表情だった。
「大人って、そういう言い方するよね」
「そうかも」
沈黙が落ちる。
ブランコが、きい、と鳴った。
「生きてても、いいことないんだよ」
理由は語られなかった。
家庭とか、学校とか、名前の付くものは何一つ出てこない。
それでも、その一言だけで十分だった。
僕にも、似たような夜があったから。
「昔、誰かを助けられなかったことがある」
唐突にそう言うと、少女は少しだけこちらを見た。
「助けられなかった?」
「うん。正しい言葉を選んでいるうちに、全部遅れた」
あの時も、答えを探していた。
傷つけない言葉、間違えない言葉。
その間に、人は静かに落ちていく。
少女は空を見上げた。
「じゃあさ。死んだら、誰も悲しまないよね」
それは確認だった。
世界に、自分がいなくなってもいいかどうかの。
胸の奥で、何かがひっかかった。
正直に答えれば、たぶん彼女は立ち上がらない。
でも、嘘をつく資格なんて、僕にはない。
それでも。
「……一人だけ、必ず悲しむ人がいる」
口に出した瞬間、それが嘘だと分かった。
少女の人生を、僕は何も知らない。
少女は目を瞬いた。
「誰?」
僕は続けた。
「君は知らないだけで、君のことを覚えてる人が、どこかにいる。
名前も顔も思い出せなくても、確かに覚えてる人が」
自分でも、ひどく曖昧な言い方だと思った。
それでも、少女のブランコは止まった。
しばらくして、彼女は地面に足をつける。
「……信じていいの?」
「分からない」
正直に言った。
「でも、今すぐ消える必要はないと思う」
少女は立ち上がった。
制服の裾を整えて、僕を見ないまま言う。
「帰る」
その背中は、さっきより少しだけ軽かった。
数歩進んで、振り返る。
「その人って、誰?」
僕は答えなかった。
答えられなかった。
「いつか分かるよ」
それだけ言うと、少女は小さくうなずいて、夜の向こうへ消えた。
数日後、同じ時間に公園へ行った。
ブランコは静かに揺れているだけで、誰もいない。
あれは嘘だった。
間違いなく。
正しいことではなかったし、誇れることでもない。
それでも、後悔はしていない。
なぜなら今、
僕がその「一人」になったからだ。
名前も、顔も、もう思い出せないかもしれない。
それでも確かに、覚えている。
夜の公園で、立ち上がった少女のことを。




