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死にたいと言った少女に、僕は一つだけ嘘をついた

作者: ギア丸
掲載日:2026/02/02

 夜の公園は、昼間より正直だと思う。

 街灯の下でだけ、人は本音を落としていく。


 ブランコに座った少女は、足で地面をこすりながら言った。


「ねえ。死んだら、楽になると思う?」


 質問の形をしていたけれど、答えを求めていない声だった。

 僕はベンチに腰を下ろしたまま、少しだけ考えるふりをする。


「さあ。楽になる人もいれば、ならない人もいるんじゃないかな」


 模範解答でも、否定でもない。

 正しい言葉を探すのを、僕はもうやめていた。


 少女は笑った。

 笑顔というより、力の抜けた表情だった。


「大人って、そういう言い方するよね」


「そうかも」


 沈黙が落ちる。

 ブランコが、きい、と鳴った。


「生きてても、いいことないんだよ」


 理由は語られなかった。

 家庭とか、学校とか、名前の付くものは何一つ出てこない。


 それでも、その一言だけで十分だった。

 僕にも、似たような夜があったから。


「昔、誰かを助けられなかったことがある」


 唐突にそう言うと、少女は少しだけこちらを見た。


「助けられなかった?」


「うん。正しい言葉を選んでいるうちに、全部遅れた」


 あの時も、答えを探していた。

 傷つけない言葉、間違えない言葉。


 その間に、人は静かに落ちていく。

 少女は空を見上げた。


「じゃあさ。死んだら、誰も悲しまないよね」


 それは確認だった。

 世界に、自分がいなくなってもいいかどうかの。


 胸の奥で、何かがひっかかった。

 正直に答えれば、たぶん彼女は立ち上がらない。


 でも、嘘をつく資格なんて、僕にはない。

 それでも。


「……一人だけ、必ず悲しむ人がいる」


 口に出した瞬間、それが嘘だと分かった。

 少女の人生を、僕は何も知らない。


 少女は目を瞬いた。


「誰?」


 僕は続けた。


「君は知らないだけで、君のことを覚えてる人が、どこかにいる。

 名前も顔も思い出せなくても、確かに覚えてる人が」


 自分でも、ひどく曖昧な言い方だと思った。

 それでも、少女のブランコは止まった。


 しばらくして、彼女は地面に足をつける。


「……信じていいの?」


「分からない」


 正直に言った。


「でも、今すぐ消える必要はないと思う」


 少女は立ち上がった。

 制服の裾を整えて、僕を見ないまま言う。


「帰る」


 その背中は、さっきより少しだけ軽かった。

 数歩進んで、振り返る。


「その人って、誰?」


 僕は答えなかった。

 答えられなかった。


「いつか分かるよ」


 それだけ言うと、少女は小さくうなずいて、夜の向こうへ消えた。


 数日後、同じ時間に公園へ行った。

 ブランコは静かに揺れているだけで、誰もいない。


 あれは嘘だった。

 間違いなく。


 正しいことではなかったし、誇れることでもない。

 それでも、後悔はしていない。


 なぜなら今、

 僕がその「一人」になったからだ。


 名前も、顔も、もう思い出せないかもしれない。


 それでも確かに、覚えている。


 夜の公園で、立ち上がった少女のことを。

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