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第91話 見つけた、か細い光の糸。星詠の巫女の覚醒と冷たい牢獄のあなた

【視点:ミュー】


私の意識は、冷たくて、どこまでも深く暗い、静寂の海を漂っていた。


星々の光も、音も、温もりさえも届かない、絶対的な孤独と虚無の世界。


ついさっきまで、あんなに熱く、激しく私を包み込んでいたベレットのフォワードの繋がりが……あの不器用で、荒々しくて、でも泣きたくなるほど温かかった魂の繋がりが、ぷつり、と無慈悲に断ち切られてしまった。


その瞬間から、私の世界は完全に色を失ってしまった。


ただ、底なしの闇だけが、私という存在そのものをジワジワと飲み込もうとしている。


……ベレット……どこなの……?


嫌だ……置いていかないで……!


一人にしないで……!


ベレットの、あの大きくて、タコだらけの、温かい手のひらに触れたい。


私を子ども扱いして頭をガシガシ撫でてくる、あの照れたような不敵な笑顔が見たい。


私……まだ、ちゃんと好きって言ってないのに……!


涙さえも凍りつくような冷たい闇の中で、声にならない叫びが、魂の奥底で虚しく木霊する。


絶望的なまでの静寂。


その永遠に続くかと思われた冷たい虚無の中で。


不意に、声が聞こえた。


『まあまあ、本当に困った子ね。なかなか、こちらへ意識を向けてくれないなんて。このままじゃ、あの子も、彼も、あまりにも可哀想だわ』


それは、遠い星々から響いてくる銀鈴のような、どこまでも優しい声だった。


そして、なぜか胸の奥をぎゅっと締め付けるほどに、懐かしい響き。


……だれ……?


この声……私、知ってる……?


『おーい! 聞こえてる? 泣き虫で、意地っ張りなチビ助さん! いつまでそんな暗い海の底で、メソメソと膝を抱えているつもり? さあ、顔を上げなさいったら! 早く起きないと、あなたの大事な大事なベレットに、わたしが熱烈なキスで、ちょっかい出しちゃうぞ!』


「……っ!? だ、誰がチビ助ですって!? それに、ベレットに手を出したら、絶対に、ぜーったいに許さないんだから! ……って、ここは……!?」


あまりにもデリカシーのない、でも私の乙女心を正確に撃ち抜くその言葉に、私の意識は急速に覚醒した。


目を開けると、そこに広がっていたのはもはや冷たい闇ではなかった。


柔らかな光の粒子が無数に、ゆっくりと舞い踊る、幻想的で温かい光の海のような空間。


時間の概念さえも溶け出したかのような、不思議な静寂と安らぎに満ちた場所。


そして、その光の中心に、一人の少女が立っていた。


自分と瓜二つ。


寸分違わぬ、銀色の髪。


ラピスラズリの瞳。


雪のように白い肌。


でも、彼女が纏う雰囲気は、私とは明らかに違っていた。


私よりもほんの少しだけ大人びていて、その表情には深い慈愛と、全てを見通すような、穏やかで達観した女神の微笑みが浮かんでいる。


ローズマリーみたいな妖艶な大人の色気とも違う、もっと純粋で、包み込むような、完成されたオーラ。


……なんだか、ちょっと悔しい。


「……! あなたは……、誰なの? どうして、私と同じ姿を……?」


少しだけムッとしながらも、魂の奥底で激しく共鳴するその不思議な存在に問いかけた。


「ふふ、ようやく目が覚めたのね、眠り姫」


少女は、優しく微笑んだ。


「ここは、そうね。あなたの心の一番深い場所、魂のサンクチュアリ、とでも言っておきましょうか。まあ、細かいことは、わたしもよく分からないのだけれど」


「分からないのに、なんでそんなに自信満々なのよ!」


思わずツッコミを入れてしまった。


変な人。


「それより、本当にあなた、誰なの? 私とそっくりだけど……」


「あらあら、まだ分からない? それはね」


少女はすっと近づいてくると、私の頬に、透き通るような白い指先でそっと触れた。


ひんやりとしているのに、なぜかとても温かい感触。


「あなたが、わたしで。そして、わたしが、あなただから、かな?」


少女はあっけらかんと、それが宇宙の真理であるかのように告げた。


「全然、説明になってないじゃない!」


私はさらに混乱して、頭を抱えた。


「まあまあ、細かいことはいいじゃない。それよりも、ねえ」


少女はふと微笑みを消し、真剣で、どこか悲しげな表情になった。


「あなた、大切な人のこと、忘れてしまったわけじゃないでしょう?」


「……! ベレット!」


その瞬間、私の脳裏にあの最後の瞬間の記憶が、鮮烈なフラッシュバックとなって蘇った。


爆炎。


閃光。


絶対的な死の光が迫る中、彼が無理やり私の座席の緊急射出レバーを叩きつけた。


そして、私だけを逃がし、自らは崩壊する黄金の光の奔流へと呑み込まれていった、あの傷だらけの背中。


『ミュー!! 頼む! 生きて……くれ……っ!!』


「ベレットは!? ベレットは、どうなったの!? 私、一緒に戦っていたはずなのに!」


失われていた記憶の断片が繋がり、私は叫んだ。


「彼は……」


少女は静かに、残酷な現実を告げた。


「負けてしまったわ。あの黄金の、狂気に満ちた機体に。そして、最後にあなただけを逃がして」


「……そん……な……」


嘘だと叫びたかった。


でも、私自身のフォワードが、あの温かい繋がりが消滅したという事実が、それが紛れもない真実であることを冷徹に告げている。


「ベレットが……? う、嘘よ……! 私、約束したのに! 今度こそ、私がベレットを守るって! 絶対に守るって、誓ったのに……! なのに、また私は守られて、ベレットだけが……! うわぁぁぁぁぁぁん!」


その場に崩れ落ち、子どものように声を上げて泣きじゃくった。


後悔。


無力感。


どうして私は、いつも守られてばかりなの。


ローズマリーみたいに一緒に背中を預けて戦える強さが、どうして私にはないの……!


「ええ、そうね」


少女の声は、氷のように厳しかった。


「あなたは、まだ未熟だった。星詠の巫女としての、その強大で危険な力を完全に制御することができなかった。だから、彼を守ることができなかったのよ」


「……! 私の……、私の、せいで……?」


「そうよ」


少女はきっぱりと言った。


「あなたのその未熟さが、彼を、そしてあなた自身をも窮地に追い込んだ。……でもね、ミュー。嘆いても、涙を流していても、何も始まらないし、何も変えられないわ。本当に大切な人を守りたいと願うのなら、その溢れる涙を、力に変えなさい」


少女は私の前に静かにしゃがみ込み、涙で濡れた私の瞳を、真っ直ぐに射抜くように見つめた。


「あなたの中に眠る、星々さえも動かすほどの力。その支配する方法を、今こそ身につけるのよ」


「で、でも……、どうすれば……? ずっとできなかったのに、私に、そんなこと、できるの……?」


希望の光に縋るように少女を見上げた。


「わたしが、教えてあげるわ」


少女は再び明るく、絶対的な自信を持って微笑んだ。


「その力の制御の(すべ)を。だって、言ったでしょう? わたしは、あなたなんだから」


彼女はそう言うと、悪戯っぽく片目をつぶってみせた。


「でもね、その前に一つだけ、大事なことを確認させてくれるかしら?」


少女は私の頬を、楽しげに指先で『ぷにっ』とつついた。


「な、なぁに……?」


「あなたの、ベレットへの想いは……」


少女は真剣で、でもどこかからかうような響きで尋ねた。


「本物? その愛は、どんな絶望をも乗り越える、強い、強い光を放っている?」


一瞬たりとも迷わなかった。


「……! 本物よ! 当たり前じゃない!」


乱暴に涙を拭い、立ち上がってきっぱりと宣言した。


「ローズマリーみたいな大人の色気なんて私には全然ないし、ユウキみたいにメカのことも分からない! ベレットにはいつも手のかかる子ども扱いばっかりされてるけど……! でも、ベレットのこと、大好きな気持ちは誰にも負けない! この宇宙の誰よりも! だから、絶対に、誰にも渡さないんだから!」


乙女心の全部をぶつけた叫びに、少女はパァッと顔を輝かせた。


「ふふっ、よろしい!」


少女は満面の笑みを浮かべ、満足そうに大きく頷いた。


「その答えが聞きたかったの! だって、わたしもベレットのこと、だーい好きだもん! うんうん!」


彼女はそう言うと、嬉しそうに立ち上がった。


「じゃあ、決まりね! 約束通り、協力してあげる。わたしの持つ、この星詠の巫女としての記憶と力の制御の術。その全てを、あなたと『共有』するわ」


「え? ちょ、ちょっと待って! だから、ベレットは私のだってば! あなたには絶対にあげないんだからね!」


「まあまあ、細かいことはいいじゃない。だってわたしは、あなたなんだから」


少女はコロコロと笑う。


「それとも、わたしとベレットが二人で仲良くするのが、そんなに嫌?」


「いーやーでーすー!!」


「ふふふ。さあ、覚悟はいい? 少し痛いかもしれないけれど……彼に会うためだもの、我慢してね」


少女はそう言うと、私の額に、自身の透き通るような白い額を、そっと優しく合わせた。


―――瞬間。


ビリビリビリッ!!!


まるで、脳髄に直接雷が落ちたかのような激しい衝撃と閃光!


膨大な情報が、せき止めていたダムが決壊したように流れ込んでくる。


星詠の巫女として、何世代にもわたって受け継がれてきた星々の記憶。


果てしない未来のビジョン。


そして、失われたはずの「力の制御」に関する古代の叡智。


それらが、温かく、魂を焼き尽くすかのような強大で圧倒的なフォワードエネルギーの奔流となって、私の意識の中へと一気呵成に流れ込んできた。


痛みと快感と、そして畏怖が入り混じった感覚。


神秘的で、官能的で、私の存在そのものを根底から作り変えてしまうような激烈な体験だった。


「……うっ……! ああ……! あたまが……! 割れそう……!」


情報の奔流に耐えきれず、痛みに身を捩り、悲鳴を上げた。


でも、頭の中でベレットの顔が浮かぶ。


彼に会うんだ。


これくらいで負けてられない!


「まあ、すぐには全てを理解して使いこなすことはできないと思うけどね」


少女の声が、激流の中で優しく私の意識に響いた。


「焦らないで、ミュー。ゆっくりと時間をかけて、あなたのものにしていくのよ。大丈夫。わたしもこれからは、あなたの影からいつでもサポートするから」


少女は、苦しむ私を慈愛に満ちた眼差しで優しく見守っていた。


「はぁ……はぁ……こ、これで、本当にこの力を……制御できるように……?」


嵐が過ぎ去った後、まだ残る身体の震えと、身体の奥底から湧き上がる全く新しい力への戸惑いを抱えながら尋ねた。


「それはこれからの、あなたの努力と覚悟次第よ♪」


少女は力強く励ましてくれた。


「でも、覚えておいて。あなたはもう一人じゃない。わたしという『もう一人の私』がいつだってそばにいるのだから。頑張りなさい、ミュー」


少女は私の肩を、ポン、と軽く叩いた。


「さあ、まずはその腕にある彼との絆の証、ブレスレットに意識を集中させてごらんなさい。まだ消えていない、魂の灯火。フォワードの残滓を、今のあなたなら感じ取れるはずよ」


少女が指差したのは、私の左手首にある『星屑のブレスレット』。


「ブレスレット……?」


私は言われるままに、そのひんやりとしたシルバーのブレスレットに意識を集中させた。


ベレットとの大切な繋がり。


彼の不器用な優しさ、荒々しいけれど温かい魂の波動を探る。


「ダメダメ! 全然、力が荒っぽいわ!」


少女の厳しい声が頭の中に響く。


「もっと繊細に! もっと緻密に! 夜空に輝く遠い星屑の、そのか細い光の糸を、指先でそっと紡ぐように! 彼を愛おしむように、意識を研ぎ澄ませるのよ!」


私は言われるままに、フォワードの力を極限まで細く、鋭く、そして優しく研ぎ澄ませていった。


ベレットとの思い出。


彼の照れたような笑顔。


彼の独特のフォワードの波長に、私の波長を恋人の手を握るようにそっと合わせていく。


そして。


……!


繋がった……!!


私の意識は、無限の暗闇の中で、一つの「か細く消え入りそうな温かい光の糸」を確かに捉えた。


間違いない、ベレットのフォワードの残滓だ。


私の進化したフォワードが、彼の魂を見つけ出したのだ。


その奇跡のような繋がりを決して離すまいと必死に辿り、意識だけで銀河を駆け抜ける。


そして、見た。


暗く、冷たく、鉄格子に閉ざされた牢獄。


その硬く汚れた床の上に、傷つき衰弱しきって、まるで打ち捨てられたように横たわる、愛しい赤い髪の男の姿を。


「……! ベレット……!! ああ……! 生きて、生きていたのね……!!」


瞳から、安堵と歓喜の熱い涙が止めどなく溢れ出した。


よかった。


本当によかった……!


「こんなところに、いさせられない……!」


唇を強く噛み締め、叫んだ。


「今すぐ、ベレットを助けに行かないと!」


「ええ、その意気よ、ミュー」


少女の声が、満足そうに、誇らしげに響いた。


「わたしの分まで、彼を、星々の未来を、しっかりと守ってちょうだい。そして忘れないで。わたしはいつだって、あなたと共にいるから」


少女は最後に慈愛に満ちた笑みを浮かべると、眩い光の中へとゆっくりと溶けていくように、その姿を消した。


待ってて、ベレット。


今度は私が、あなたを絶対に助け出すから!


意識が、急速に、光差す現実世界へと浮上していく。


溢れる愛と乙女の祈りを、確かな力に変えて。


目覚めの時は、もうすぐそこまで来ていた。

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