第87話 自爆へのカウントダウン。絶望の戦場に響く、お兄ちゃんへの祈り
【視点:ユウキ・ニシボリ】
スターダスト・レクイエム号のブリッジ。
ここは戦場から遠く離れた、安全な観測者の塔のはずだった。
だけど、メインモニターに映し出される戦況は息を詰まらせるほどの緊迫感だった。
スターゲイザーから送られてくる遠い宙域での死闘の光景は、焼け付くような硝煙の匂いさえ、この場所にまで運んでくるみたいだ。
白銀の流星、スターゲイザー。
漆黒の悪夢、ブラックナイト・カスタム。
二つの鋼鉄の魂が、憎悪と因縁の火花を散らしながら激しくぶつかり合っている。
レーザーの閃光が闇を裂き、爆発の赤い花が虚空に咲いては消える。
そのあまりにも苛烈で、どこか破滅的なまでに美しい光景を、あたしは食い入るように見つめていた。
白衣のポケットに突っ込んだ指先が、自分でも止められないくらい微かに震えている。
「……これが、スペースロボットの本当の戦い。なんて無茶苦茶で、出鱈目な!」
息を呑んだ。
あたしが今までシミュレーションで見てきた「計算された戦闘」とは根本的に違う。
もっと生々しくて、泥臭くて、命の削り合いだ。
「それに……なんて凄まじいエネルギーなの! 特にスターゲイザーの、この反応は……!?」
傍らのサブモニターに表示されるスターゲイザーのリアルタイム・モニタリングデータに釘付けになる。
エネルギー出力、機体負荷、そして……フォワードエネルギーの波形。
その全てが、あたしが持つ科学的知識や、天才と呼ばれた父さんが遺したヴァルキリー・ストライカーの設計理論をも遥かに超越した、異常な数値を示していた。
まるで、機体そのものが内側から燃え上がり、自己崩壊しようとしているかのような危険な兆候。
「このフォワードエネルギーの波形! 単一じゃないわ! 一人のものとは明らかに異質! まるで……何人もの強力な巫女の魂が共鳴し、叫び、機体を無理やり動かしているみたい!」
背筋がゾッとした。
これが『星詠の巫女』に関わる力だというの!?
……父さんが、命を懸けてまで警鐘を鳴らしていたのは、このことだったの……!?
未知なる力への畏怖。
そして、技術者としての抑えきれない探究心が胸を叩く。
だけど。
今はそれ以上に、モニターの中で死闘を繰り広げているあの男……ベレットへの、言いようのない焦燥感があたしの心を支配していた。
「ナビィさん!」
隣で、そのアンドロイドの貌に深い憂慮の色を浮かべて戦況を見守るナビィさんに鋭く問いかけた。
「スターゲイザーの状態は!? このままじゃ、あの機体もたないわ! エネルギーの暴走にフレームが耐えきれていない! オーバーフロー寸前よ!」
「……肯定します」
ナビィさんの声は淡々としていた。
でも、その響きの奥底には、深い苦悩と祈りにも似た感情が確かに感じられた。
「機体は既に危険水域を大幅に超過。マスターは、おそらくご自身の生命エネルギーそのものをフォワードに変換し、フォワードドライブを強制的に駆動させているものと推測されます。ミューさんのフォワードもまた、マスターの激しい感情と共鳴し、指数関数的な異常増幅を継続中。外部からの制御は、もはや不可能です……」
ナビィさんの白い指先が、コンソールの上で微かに震えているのを、あたしは見逃さなかった。
この完璧なAIに、そんな人間みたいな反応をさせるなんて。
あの男は、周りの人間を振り回してばかりだ。
「そんな! これじゃ、どんな奇跡的なパワーを発揮したって結果は同じじゃない! 機体が先に自爆するだけよ! ただの自殺行為だわ!」
あたしは戦闘データから瞬時に未来予測シミュレーションを行い、数秒後に訪れるであろう絶望的な結末を弾き出した。
赤い警告表示が、モニター上で無慈悲に点滅している。
嫌だ。
あんなバカで、乱暴で、口が歩くような男だけど。
あたしを「足手まといになったら捨てる」なんて言いながら、結局はこの船に載せてくれた、あの男が。
…死んでほしくない!
「ナビィさん! 今すぐ、ベレットに撤退を進言して! お願い! このままじゃ、本当に死んじゃうわ!」
あたしは悲鳴に近い声でナビィさんに懇願した。
「了解しました。進言は試みます。ですが、マスターは、おそらく……」
ナビィさんはそれ以上、言葉を続けなかった。
長年の付き合いが、決して退かない頑固さを、嫌というほど彼女に教えていたんだ。
ましてや、宿敵を前にして、あの男が退くはずがない。
……分かってる。
あの馬鹿が、ここで尻尾を巻いて逃げるような奴じゃないことくらい、あたしだって分かってるわよ!
「……だったら!」
決意を固め、叫んだ。
誰も止められないなら、あたしが止めるしかない!
「あたしが、行くしかないじゃない!」
勢いよくシートから立ち上がる。
「ナビィさん、サポートは任せるわ! ヴァルキリーで、あたしが、あの馬鹿な男とミューを絶対に回収する! 技術者として、機体の限界による自爆でパイロットをみすみす死なせるなんて、絶対に許せない!」
一瞬言葉を切り、あたしは震える自分自身の心に言い聞かせるように、精一杯の強がりで語気を強めた。
「それに……あの憎たらしいモルモットが、こんなところで無様にくたばるところなんて、絶対に見たくないんだから!」
ヴァルキリー・ストライカーの制御ユニットを強く握りしめ、格納庫へと弾かれたように走り出す。
「ユウキさん!」
ナビィさんの声が、祈りを込めて背中に響いた。
「申し訳ありません。マスターを……彼らを、どうか、頼みます!」
「っ! ぎ、技術者として、当然のことをするまでよ!」
振り返らずに力強く答える。
涙声になっているのを悟られたくなかった。
「ナビィさん、こっちのサポート管制、お願いするわよ!」
「了解いたしました。どうか、お気をつけて、ユウキさん」
格納庫へと駆け込み、ヴァルキリー・ストライカーのコクピットへと滑り込む。
シートが身体に吸い付くような、安心する感触。
システムを起動させ、制御ユニットをコンソールへと接続する。
ピピピ……という電子音と共に計器類が光を灯し、機体が主の意思に応えるように、静かに、力強く覚醒する。
頼むわよ、ヴァルキリー。
父さんが遺してくれた、あたしたちの翼!
「ユウキ・ニシボリ、ヴァルキリー・ストライカー、出る!」
あたしは深呼吸をし、決意を込めて叫んだ。
「待ってなさいよ、モルモット! 死ぬんじゃないわよ!」
白銀の閃光となって、スターダスト・レクイエム号のエアロックから漆黒の宇宙へと放たれる。
絶望が待つ戦場へと向かう、新たな翼の飛翔。
スロットルを最大まで押し込み、最短ルートで大気圏へと突入する。
だけど。
突入直後、モニターに映し出されたスターゲイザーから送られてくる戦場の光景は、想像を絶するものだった。
「……嘘、でしょ……」
黄金に輝く、巨大な悪魔のような機影。
エンペラー・オブ・コンドル。
その神々しくも禍々しい機体が、まさに今……満身創痍のスターゲイザーに、止めの一撃となる絶対的な破壊の光を加えようとしていた。
間に合わない。
心が絶望に染まる。
そして、その絶望の底で、自分でも信じられない言葉が無意識に口をついて出ていた。
間に合って……! お兄ちゃん!!




