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第85話 黄金の共鳴と乙女の祈り

【視点:ミュー】

通路の壁面は激しい戦闘によって深くえぐられ、剥き出しになった内部の鉄骨が、環境光を反射して不気味に光っている。


……ベレット!


激しいGに身体が押し潰されそうになる。


鼻の奥にツンと血の匂いがした。


限界を超えたフォワードの負荷で、鼻腔から溢れ出た血がヘルメットの中を汚している。


でも、そんな痛みなんてどうでもよかった。


それよりも、もっと深く、もっと重い痛みが伝わってくるから。


ベレットの焦りと、自分自身を責めるような痛みが、フォワードを通じて心にズキズキと響いていたの。


彼は、クラウスの圧倒的な強さを前に、私をこれ以上巻き込むまいと必死に足掻いている。


その時、激しい揺れの中で、私の脳裏にポートリバティでの記憶が鮮明に蘇った。


あかね色の人工灯の下、ラウンジで交わした約束。


『約束する! 絶対に、あなたを守ってみせるわ!』


そう言い切った時の自分の声が、耳の奥でこだまする。


左手首につけられた、ベレットとお揃いの「星屑のブレスレット」が、ひんやりと肌に触れた。


私、守るって言ったのに。


いつもみたいに、


また彼に守られてる。


足手まといになるなんて、絶対に嫌!


私には、ローズマリーみたいに大人の余裕で敵を翻弄する強さや、妖艶な魅力はない。


ナビィみたいに、ベレットの背中を完璧な計算で守れる有能さもない。


ユウキみたいな、天才的なメカの知識もない。


ただの、世間知らずで、少しばかり特別な力を持っただけの小娘だ。


でも……私にはこの「力」がある。


ベレットの魂に一番近くで寄り添える、このフォワードが!


「……ミュー」


突然、彼のか細い声が響いた。


乾ききった喉から絞り出されたような、痛みに満ちた響き。


「頼む!」


ベレットは、長年一人で築き上げてきた孤独の壁を、自ら打ち壊すように叫んだ。


「俺たちの力を合わせりゃ、ヤツを倒せるかもしれねえ……。ただ、それには、お前の……ミューの、その魂の全てを、この俺に、貸してくれ……!」


それは、命を懸けた懇願だった。


もし失敗すれば、二人の精神が焼き切れて廃人になってしまうかもしれない、危険すぎるギャンブル。


でも、私の心を満たしたのは、恐怖なんかじゃなかった。


嬉しい……!


いつも一人で全部抱え込もうとする彼が。


私のことを子供扱いして、危険から遠ざけようとしていた彼が。


私を信じて、「助けて」と言ってくれた。


彼が私を必要としてくれている。


その絶対的な事実が、乙女心に火をつけて、胸の奥から熱い炎を燃え上がらせた。


「……うんっ! ベレット!」


私は、涙と鼻血で汚れた顔のまま、力強く頷いた。


胸元で『星影の涙』のペンダントを、祈るように強く握りしめる。


ローズマリー、ナビィ、ユウキ。


見ていて。


私が、私のやり方でベレットを守るから……!


もっと、もっと深く!


あなたの心に触れたい。


あなたと、一つになりたい……!


純粋で、狂おしいほどの想いが、フォワードの奔流となって溢れ出す。


もう私自身にも制御できない、黄金の激流。


意識が、鉄と硝煙の匂いがする冷たいコクピットから急速に離れていく。


光と粒子が星屑のように舞い踊る、精神の深淵。


魂の原風景と呼ばれるその光の中心に、私は『彼女』を見た。


私と瓜二つの……でも、どこか少しだけ大人びていて、達観したような慈愛の微笑みを浮かべる、銀色の髪の少女。


……あなたは、誰?


どうして、そんなに悲しそうなの?


好奇心と親近感が混ざり合う。


『わたしは、あなた。あなたは、わたし』


少女は、鈴を振るような、どこか懐かしくて切ない声で答えた。


『そして、いつだってあなたを見守り、あなたと共にいる者……』


少女は優しく微笑むと、透き通るような白い指先を、そっと私の額へと伸ばした。


触れた、その瞬間。


ビリリッ!!


まるで、頭の中で超新星爆発が起きたかのような、凄まじい閃光と衝撃!


膨大な情報が流れ込んでくる。


『星詠の巫女』として、永い永い時を超えて受け継がれてきた星々の記憶。


そして、温かく、魂を焼き尽くす奔流のようなフォワードエネルギーが、私の魂の中へと一気呵成に流れ込んできた。


魂が焼き切れそうなほどの熱量。


でも、それはとても甘美な痛みだった。


「……あ……ああ……あああああっ!!」


現実世界。


スターゲイザーのコクピットで、私は自分でも聞いたことがないような、恍惚と苦悶が入り混じった叫び声を上げていた。


全身から、限界を超えたフォワードエネルギーが黄金色のオーラとなって激しく噴き出す。


二人のフォワードが、完全に共鳴し、融合していく。


ベレットの荒々しい闘志、後悔、そして私に向けられた不器用で深い優しさが、直接私の心に流れ込んでくる。


私の彼を想う祈りが、彼の細胞一つ一つに染み渡っていく。


二つの魂が互いを求め合い、境界線をなくして一つに溶け合っていく。


……ああっ。ベレット。


まるで、お互いの服も、肌も、過去もすべて脱ぎ捨てて、魂の形そのままで抱きしめ合っているような感覚。


あまりにも濃密で、少し恥ずかしくて、背徳的なまでの絶対的な一体感に、私は熱い涙を零した。


「……ミュー……」


「……ベレット……! 感じる……! あなたが、私の中に深く、深く入ってくるのを……! あなたの魂の熱を……私の魂の全部で、感じてるの……!」


―――閃光!―――


白銀の機体は黄金のオーラを聖衣のように纏い、物理的な限界を超えて飛躍的に性能を引き上げていった。


『な、何だ!? その忌々しい、冒涜的な光は!? ……機体のエネルギー反応が……計測不能!? ば、馬鹿な……ありえん!!』


クラウスが、驚愕と焦りの声を上げた。


彼の薬物で作られたドス黒いフォワードが、私たちの純粋な光の前に本能的な恐怖を感じて震えているのが、手に取るようにわかる。


「「これで、決める……!」」


私とベレットの声は完全に重なり合っていた。


まるで一つの魂が発する神託のように、通路に響き渡る。


「「テメエの歪んだ忠誠心も、ここで終わりだ、クラウス……!」」


黄金の流星となって、私たちは光速で突撃した。


あんなに速かったクラウスの攻撃が、まるでスローモーションみたいに見える。


ベレットの操縦と私の予測が完全にリンクし、機体は自分の手足以上に自由だった。


漆黒の悪夢が振り下ろす斧をいなし、弾き返し、懐深くへと滑り込む。


右腕のレーザーライフルが火を噴き、左腕のレーザーサーベルが裁きの光刃となって、無慈悲に切り裂く!


黄金と漆黒が交錯し、火花を散らす。


それは激しい破壊なのに、どこか荘厳で美しいダンスのようだった。


『ぐ……っ! おのれ……! この私が! こんな裏切り者に……!』


鉄壁だった漆黒の装甲が無残に切り裂かれ、内部の回路が火花を吹いて剥き出しになっていく。


オイルが飛び散り、クラウスの焦りが手に取るように伝わってくる。


「「もらったぜ、クラウスッ!!」」


ベレットの気合に、私も全身全霊の愛と魂を乗せる。


渾身の力を込めた黄金のレーザーサーベルが、ブラックナイト・カスタムの巨大なアックスを根元から弾き飛ばした!


『ぐっ……!?』


武器を失い、バランスを崩した漆黒の巨体が大きくよろめく。


「「終わりだ、クラウス! 大人しく降参しろ!」」


私たちは一瞬の隙も見逃さず、白熱したサーベルの切っ先を、一番脆いコクピットへと突きつけ、降伏を迫った。


勝った。


私たちの、二人の絆が勝ったんだ!


そう確信した、次の瞬間だった。


―――ゴゴゴゴゴゴ……!!


地響き。


そして、私のフォワードが悲鳴を上げるほどの、抗いがたい絶望のプレッシャー。


通路の奥の深い闇の中から、地獄の底から響くような重々しい足音と共に、一つの巨大な影がゆっくりと姿を現した。


黄金。


全てを焼き尽くすかのような、禍々しいまでの黄金の輝き。


巨大で、傲慢で、神々しいまでに美しい異形のスペースロボット。


『ほう? どうしたのだ、クラウス?』


スピーカーから響く声。


それを聞いた瞬間、私の全身の血が凍りついた。


冷たくて、甘くて、底知れない狂気に満ちた声。


『我が忠実なる右腕ともあろう者が、随分と手間取っているではないか。まさかとは思うが、この程度の掃き溜めのネズミに遅れを取ったなどと、言うのではあるまいな?』


「……! ア、アルベルト王子殿下! も、申し訳ございません! こ、この反逆者、ベレット・クレイめに不覚を取りまして……!」


あんなに強かったクラウスが、恐怖に震え、這いつくばるように謝罪している。


『ベレット……?』


黄金の機体の視線が、ゆっくりと私たちに向けられた。


その視線の奥に渦巻く、狂気と憎悪、そして……ベレットに対する、異常なほどの執着。


私の中のフォワードが、悲鳴を上げるように激しくざわめく。


『ほう! 実に面白い! よくぞ舞い戻ってこれたものだな! このコンドルの神聖なる聖域へ! リリーナ姉さんを(たぶら)かし、この私から奪い去った、罪深き裏切り者が! ……フッ、フハハハハハッ!!』


あまりにも甲高く、狂った笑い声が、金属の通路に反響する。


怖い。


この人は、人間じゃない。


人間の形をした、底なしの悪意だ。


彼から放たれるドス黒いフォワードの気配に、息が止まりそうになる。


「アルベルトッ!!」


私の中で重なり合っているベレットの心が、激しい憎悪で沸騰するのが分かった。


彼がこんなに怒り、傷ついている。


私はベレットの心を必死に抱きしめる。


『まあ良い。今日は私に逆らう愚かで哀れな虫けらどもを、この手で直接掃除することができて、実に気分が良いのだ』


アルベルトは、恍惚とした声で言い放った。


『貴様のような特級の獲物は、じっくりと嬲り殺しにしてくれるわ。まずは、ほんの挨拶代わりだ!』


黄金のスペースロボットの巨大な胸部装甲が、ゆっくりと開く。


そこから、全てを光の塵に変えるような、凝縮された黄金の破壊エネルギーが放たれた。


「ベレットぉっ!!」


星をも砕く絶対的な破壊の光が、容赦なく、私たちを飲み込もうとしていた。

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