表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/93

第83話 電子の猟犬と情報の墓場。復元された「星詠の巫女複製計画」

【視点:ローズマリー】


紅蓮の閃光となって、わたくしはコンドル王立研究所の冷たく無機質な地下迷宮を疾走していた。


愛機『クリムゾン・ローゼス』。


そのコクピットの中で、わたくしは仮面の下の表情を鋼鉄のように硬く保ちながら、操縦桿を握る手にじっとりと汗が滲むのを感じていた。


背後から伝わってくる、激しいエネルギーの衝突の波動。


ベレット様とクラウスの死闘が、この分厚い岩盤を震わせ、肌を粟立たせる。


ベレット様、ミュー……どうかご無事で!


胸の奥が締め付けられるような、狂おしいほどの祈り。


わたくしはただの冷徹なブラッディ・ローズでいるべきなのに、あの方を想うと、どうしようもなく「ただの女」になってしまう。


ですが、今は感傷に浸っている暇はない。


ベレット様が命を懸けて稼いでくださっているこの時間を、一秒たりとも無駄にはできませんわ。


目的の区画へと到達したわたくしは、クリムゾン・ローゼスを巨大な冷却パイプが複雑に絡み合う通路の死角へと、闇に潜む豹のように音もなく隠した。


「待っていてちょうだいね、私の分身」


機体にそっと触れ、深紅の戦闘服に包まれた体を躍らせて、軽やかにコクピットから降り立つ。


高い天井から降り注ぐ非常灯の血のように赤い光が、わたくしの仮面を妖しく照らし出した。


目の前には、重厚な多重セキュリティドア。


ですが、わたくしのハッキング能力の前には、もはやただの分厚い金属の板に過ぎない。


手元の端末を操作し、電子ロックの回路に干渉する。


チ、チ、チ……カチリ。


静かにロックが解除される音。



わたくしはドアを滑らせ、内部へと猫のようにしなやかに滑り込んだ。



「……これは」


しかし、そこに広がっていた光景は、予想を大きく裏切るものだった。


最新鋭の量子コンピューターや巨大なサーバーラックが整然と並んでいるはずのメインシステム室。


そこはまるで、巨大な獣が暴れ回った後のように荒れ果てていた。


いくつかのメイン端末はレーザーで無残に破壊され、床にはデータの残骸である無数のクリスタルチップが、砕けた宝石のように散乱している。


空気中には、オゾンの刺激臭と、何かが焼け焦げたような不快な匂いが漂っていた。



もぬけの殻。

ここは既に、情報の墓場と化していた。


「どういうことですの……!?」


あまりにも不自然なまでの破壊と、情報の欠如。


まるで、誰かがわたくしたちの目的を知り、それを阻止するため、あるいは『何か』を隠蔽するために、意図的にここにあるべき「心臓」を抉り取っていったかのよう。


コンドル軍が、我々の侵入を正確に予測していた?


……いえ、違いますわね。この破壊の痕跡、我々よりも先にこの場所に到達した『別の誰か』がいる……?


疑念の暗い影が、わたくしの心に広がる。


ですが、立ち止まっている時間はありません。


わたくしは、かろうじて破壊を免れていた部屋の中央のメインフレーム端末へと素早く近づいた。


そして、戦闘服のユーティリティベルトから、掌に収まる黒曜石のような小型の情報収集ユニットを取り出す。


これは、わたくしが裏社会で暗躍していた時代から密かに開発させていた、自己進化型の特殊ハッキングAI。


銀河のあらゆるセキュリティを突破し、情報の海を泳ぎ、目的の獲物を狩る、わたくしだけの電子の猟犬。


ユニットをメイン端末のインターフェースへと吸い付くように接続する。


『……システム接続確立。ネットワークアーキテクチャを分析中……。セキュリティプロトコルのオーバーライド……データスキャンを開始中……』


ユニットから、冷たい合成音声が響く。


AIは瞬時に研究所のシステムネットワークの深層へと潜り込み、残されたデータの海、情報の残骸が漂う広大な電子の深淵を猛スピードで泳ぎ始めた。


『……スキャン完了。報告中……。主データベースで約87%のデータ破損、または削除が確認されました。過去48時間以内に、意図的なデータ削除が行われた形跡があります。特に『星の遺産』に関連するすべてのプロジェクトファイルが、ほぼ完全に消去されています』


「やはり! 出遅れましたわね」


わたくしは忌々しげに舌打ちした。


「ですが、ここで手ぶらで帰るわけにはいきませんわ。AI、削除されたデータのフォース・リカバリーを開始なさい。可能な限り全てのフラグメントを繋ぎ合わせ、オリジナルの情報を再構築するのです。急いで!」


『……了解しました。データ回復プログラム、シーケンス「フェニックス」を起動。深層レベルのデータ再構築を試みています……完了までの推定時間:7分35秒……』


AIが膨大な計算能力を駆使し、電子の亡霊狩りに没頭する間。


わたくしは並行して収集された、かろうじて削除を免れていた他の研究データへと鋭い視線を走らせていた。


被験者への薬物投与の詳細な記録。


非道な新型兵器の設計図。


生物兵器開発の、倫理の欠片もないデータ。


コンドル王国の闇の深さに吐き気を覚えそうになったその時。


「……これは。リック・ニシボリ博士の、スペースロボットに関する研究データ?」


息を呑んだ。


ファイルを開くと、そこにはユウキさんの父親が遺したとされる、既存の技術体系を根本から覆す革命的な技術データベースがあった。


全く新しい思想に基づいた設計理論と、試作機のデータ。


それはまるで、忘れられた時代の輝かしい希望の欠片のよう。


これがあれば、ベレット様も、そしてあの子も、もっと高みへ羽ばたける……!


そのデータの計り知れない価値を瞬時に理解し、ためらうことなく自身の戦闘服の記憶領域へとダウンロードした。


『……データ回復が進行中……高セキュリティ・クリアランスセクターのデータ断片が検出されました。アクセスを試みています……アクセス成功。識別コード:「ステラ ジェミニ」。プロジェクトネーム:「星詠の巫女複製計画」……』


AIの淡々とした報告を聞いた瞬間。


全身を、絶対零度の悪寒が背筋から駆け巡った。


震える指で、ディスプレイに表示されたその禁断のプロジェクトの詳細ファイルを開く。


そこに綴られていたのは……もはや科学や研究という言葉では生ぬるい、人の道を踏み外した悪魔の所業。


フォワード能力者への、最大の冒涜に等しい、恐ろしくも悲しい狂気の実験記録でした。


始まりは、Sレベルという規格外の能力を持って生まれた「星詠の巫女」適合者の少女の保護と、その力の制御研究。


だがその少女は実験中、自らの強大すぎる力に耐えきれずフォワードが暴走し、若くして命を散らした。


そこから、計画は狂気の底なし沼へと堕ちていった。


死亡した少女の残されたDNA。


脳から取り出した記憶データ。


そして、「魂」とされる固有のフォワードエネルギーパターン。


それらを用いて、完全に制御可能な「星詠の巫女」を、人工的にこの世に創り出そうというもの。


報告書には、番号のみで管理された多くの「被験体」たちのおぞましい末路が淡々と記録されていました。


強大すぎる力に肉体が耐えきれず、細胞レベルで崩壊し肉塊と化した者。


記憶と魂の強制的な転写によって精神が完全に崩壊し、ただ叫び続けるだけの廃人と化した者。


成功例は皆無。


ただ、失敗と犠牲者の血と涙の記録だけが延々と綴られている。


やはり……! これが!


アルベルト王子を狂わせ、アンドロメダ正教会を動かし、おそらくは惑星企業連合をも巻き込んでいる、巨大な陰謀の核心。


そして、その報告書の最後に記された、オリジナルとなった「星詠の巫女」の適合者の名前に……仮面の下で、唇から血が滲むほど強く噛み締めた。


『……データ回復完了。回復可能なすべてのデータが復元されました。データ全体のダウンロードを開始しますか?』


AIの無機質な声が、冷たい現実へと引き戻す。


「ええ……」


わたくしは、押し震える声で、冷徹に指示を出しました。


「全てダウンロードなさい。そして、ダウンロード完了と同時に、この研究所の全ての記録媒体を完全に消去。追跡不可能なレベルまで焼き尽くしてちょうだい。さらに置き土産ですわ。強力なデータ汚染ウイルスをネットワーク全体に撒き散らしなさい。後から来るハイエナどもへ、素敵なプレゼントですわ!」


この情報は、あまりにも危険すぎる。


開けてはならないパンドラの箱。


誰の目にも触れさせてはならない。


アンドロメダ正教会にも、惑星企業連合にも。


……たとえ、わたくしの愛するベレット様であっても。


今はまだ、明かすわけにはいきません。


この血塗られた闇は、わたくしが一人で背負い、処理しなければ。


それが今のわたくしにできる唯一のこと。


わたくしの贖罪であり、そして……女としての覚悟ですわ!


全ての処理が完了し、情報収集ユニットを戦闘服のポケットへと回収した、まさにその時。


『! 警告! 複数の生命体が接近中! 廊下に武装兵士が検出されました! 即座の退避を推奨します!』


AIの切迫した警告音が、鼓膜に響き渡る。


通路の向こうから、複数の重い軍靴の音と、武装した兵士たちの殺気立った気配が急速に迫ってくるのが、わたくしの聴覚にも捉えられた。


……! このタイミングで!?


わたくしは忌々しげに舌打ちし、身を翻して、システム室の破壊された機器の残骸の影へと音もなく身を隠した。


だが、タイミングは最悪。


通路は一本道。


逃げ場はない。


鞘の中で眠るコンバットナイフの柄を、静かに、そして力強く握り締める。


生きて帰ると、あの方に誓ったのです。


こんなところで、散るわけにはいきませんわ……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ