第82話 紅蓮の翼を先へ!クラウスとの因縁を断ち切る、白銀のサーベル
俺たちが足を踏み入れた地下通路は、巨大な怪物の冷たく無機質な胃袋の中みたいだった。
壁の接合部は完璧にシームレス。
まるで巨大な一枚岩の金属塊を、超高精度のカッターでくり抜いたかのような均質さだ。
天井から等間隔に設置された薄暗い非常灯が、ポリマー素材の床に俺たちの機体の影を、血のように赤く、長く引き延ばして落としている。
スターゲイザーのセンサーが、単調な通路の形状を舐めるようにトレースしていく。
俺の呼吸は、極限の集中力のもと、一定のリズムを刻んでいた。
……気に食わねえ。
賞金首を追って銀河中の掃き溜めを這いずり回ってきた俺だが、むせ返るようなスラムの悪臭よりも、この「すべての生命活動が撤退してしまった後」の、死のゴーストタウンのような無菌室の匂いの方が、よっぽど吐き気がする。
『ナビィさん、ユウキさん。第7セキュリティゲート、突破いたしますわ』
先行するローズマリーの冷静な声が通信で届く。
彼女の愛機クリムゾン・ローゼスのマニピュレーターが、レーザーカッターで分厚い電子ロックを瞬時に溶解させていく。
『了解いたしました。セキュリティシステム、強制的に解除します。……ですが、やはり妙です。内部の警備システムが、所々、不自然なほどに機能停止しています』
ナビィが、いつも通りの冷静な声で異常を告げる。
ナビィの超演算に間違いはない。
俺がどんな無茶な飛び方をしても、必ず最適解を弾き出してくれる、
そのナビィが「妙だ」と言うなら、ここは間違いなく地獄の入り口だ。
『ええ。まるで、食虫植物が自ら口を開けて、虫を誘い込んでいるみたい! 罠よ、モルモット! 最大限の警戒を!』
ユウキの焦った声が重なる。
俺は奥歯を強く噛み締めた。
センサーは沈黙。警報システムは無反応。
すべてがあまりにもスムーズすぎた。
王立研究所といえば、銀河でも屈指の厳重な警備と、何重にも張り巡らされた悪趣味なトラップで知られる「死の要塞」だ。
こんなお散歩コースなわけがねえ。
「……この静けさだ。考えたくもねえがな」
俺は高速で思考を回しながら、通信機に低く呟いた。
「『星の遺産』のデータは、もうここにはねえかもな。あるとしても、俺たちを奥までおびき寄せる『餌』としてだけだ」
賞金稼ぎの直感が、けたたましく警鐘を鳴らしている。
タダより高いものはない。
こんなに簡単に獲物の喉元まで通される時は、大抵、背後にギロチンがセットされているもんだ。
「だが、どんな陰湿な罠だろうと、正面から叩き潰すまでだ。止まるなよ」
潜入は、不気味なほど順調に進んでいた。
だが、俺の後ろに乗っているミューの様子がおかしい。
彼女のフォワードが、魂の本能的な警告を絶えず発していたのだ。
小さな身体が、小刻みに震えているのがコックピット越しに伝わってくる。
……無理もねえ。
「ベレット。すごく、嫌な感じがするの。冷たくて、真っ暗な……闇の波動」
「わかった、ミュー。無理するなよ」
目的の『星の遺産』データが保管されているメインシステム室まで、あとわずかの距離。
システム室へと続く最後の通路は、これまでとは比べ物にならないほど巨大な空間だった。
長く、冷たく、永遠に続くかのように思える金属質の広大な回廊。
幅は巨大な宇宙戦艦一隻を格納できるほどもあり、天井は遥か彼方、闇に沈んで見えない。
その空間の巨大さがかえって威圧感を放ち、巨大な獣の喉の奥に自ら歩みを進めているような錯覚に陥る。
その最後の角を、白銀のスターゲイザーで微速のまま慎重に曲がろうとした――まさに、その瞬間だった。
通路の奥の、深い闇。
天井の非常灯の血のように赤い光が、空間を満たす消毒臭の薄い靄の中に、一つの巨大な漆黒の影を「ぬらり」と照らし出した。
その影は、空間の広大さを一瞬で支配するほどの、絶対的な質量と威圧感を持っていた。
単なる機体ではない。この死の空間の支配者であるかのように、通路のど真ん中に不動の姿勢で待ち構えている。
禍々しいまでの絶対的なオーラを放つ、異形のスペースロボット。
絶望を凝縮したかのような分厚い漆黒の装甲。
そして、その手に握られた、見る者の魂をも根こそぎ断ち切るかのような巨大なレーザーアックス。
ブラックナイト・カスタム。
そして、そのコクピットから響く、一切の感情を削ぎ落としたかのような無機質な声。
『待っていたぞ、ベレット・クレイ』
「……! ……クラウスッ!!」
俺の全身に、凍てつくような絶対零度の悪寒が走る。
それと同時に、内臓が灼熱の鉄で焼け付くような、激しい怒りと悲しみが沸点に達した。
「やはりお前が出迎えか! アルベルトの、クソ犬が!」
『フッ、その品のない下賤な口の悪さは変わらんな、裏切り者が』
その声には、何の感情もなかった。
ただ、事実を述べるかのように淡々と。
『アルベルト王子殿下のご命令だ。……ここで、排除させてもらう』
クラウスは、ブラックナイト・カスタムの巨大なレーザーアックスをゆっくりと起動させた。
ボゥン……!
空気を震わせる重低音が通路全体に響き渡る。
重く、濃密な殺意に満ちた空気が、その場を完全に支配した。
……上等だ。
最初から、こうなる運命だったんだよな。
「……ローズマリー!」
俺は即座に判断し、通信で叫んだ。
「お前は先に行け! データの確保が最優先だ! ナビィ! ユウキ! ローズマリーのバックアップを頼む! ……コイツの相手は、俺とミューでやる!」
『しかし、ベレット様! 相手はあのクラウスですわ! 一人では、危険すぎます!』
ローズマリーの声に、一瞬のためらいが混じった。
俺は一瞬、耳を疑った。
いつもは余裕たっぷりで、血の臭いを香水代わりにしているような冷徹な『ブラッディ・ローズ』が。
まるで、俺を心の底から失いたくないと恐れる「ただの女」みたいな、切羽詰まった声を出したのだ。
……おいおい。
女海賊が、そんな声出すんじゃねえよ。
柄にもなく、胸の奥がチクりと痛んだ。
「大丈夫よ!」
その時、背中から、ミューの強い意志を宿した声が響いた。
「心配しないで、ローズマリー! ベレットは、私が絶対に守るから! だから、早く行って!」
俺の背中に押し当てられていた震える小さな手が、今度は俺のシートを力強く、ギュッと掴むのがわかった。
その真っ直ぐで不器用な強さが、俺のささくれ立った心を救い、底知れぬ力を湧き上がらせる。
……悪くねえ。
お前たちがそう言ってくれるなら、俺は絶対に負けられねえな。
『……! 分かりましたわ』
ローズマリーは小さく息を吐き、プロの顔に戻った。
『必ずやデータを確保し、お二人の元へ戻ってまいります! ベレット様、ミュー。……ご武運を!』
彼女はそう言うと、クリムゾン・ローゼスのスラスターを最大船速へと一気に噴射させた。
紅蓮の閃光が、ブラックナイト・カスタムの脇をまるで赤い幻影のように高速ですり抜け、システム室へと続く闇の中へ吸い込まれていく。
クラウスは、その紅蓮の残像を追おうとはしなかった。
ヤツはただ一点、目の前の俺だけを捉えている。
「さて、と……」
俺はスターゲイザーの白銀に輝くレーザーサーベルを、シュンッ! という鋭い音と共に起動させ、構えた。
機体から、ミューの清らかなフォワードと共鳴した白銀のオーラが溢れ出す。
「クラウス。テメエとの腐れ縁……ここで完全に、断ち切ってやる!」
『望むところだ、ベレット』
クラウスもまた、ブラックナイト・カスタムのレーザーアックスを低く構えた。
漆黒の機体から、禍々しい闇色のオーラがゆらりと立ち昇る。
『貴様の歪んだ魂ごと、ここで完全に断ち切ってくれる!』
静寂。
時間が永遠に引き伸ばされたかのような、極限の一瞬。
死の気配が濃密に満ちる研究所の巨大な通路。
白銀と漆黒。光と影。
かつての友であり、今は互いを滅ぼすべき絶対的な宿敵となった、二つの魂。
俺にはもう、過去に囚われた亡霊に付き合ってやる義理はねえ。
俺の背中には今、未来を信じてくれる温かい命があるんだからな。




