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第9話 宇宙海賊は死んでも諦めない

スターダスト・レクイエム号のシェルター。


そこに設置されたモニターを、ミューは息を詰めて見つめていた。


彼女のラピスラズリの瞳は、戦場を駆ける白銀の光だけを捉えている。


胸元で「星影の涙」のペンダントが、まるで心臓のように、熱く、切なく脈打っていた。


(ベレット……!)


指輪を失った不安定なフォワード能力。


けれど、今の彼女にははっきりと分かる。


未来の危機が、まるで自分の肉体の痛みのように。


脳裏に閃く、残酷なビジョン。


敵の攻撃軌道、ミサイルの接近、死角からの奇襲。


「ベレット! 右! ミサイルが来る! 左後方! 敵の編隊が!」


ミューは必死に叫ぶ。


その声は真空の宇宙を隔てて届くはずもない。


けれど、彼女は信じていた。


二人の魂は、確かに繋がっていると。


          ◇



「……ッ!」


脳髄を走る電流。


俺はミューの警告を、言葉ではなく第六感のような『予感』として感じ取った。


反射的に操縦桿を叩き込む。


コンマ数秒の差で、死の光が機体を掠めていく。


「この感覚は……ミューか」


『マスター! 敵増援! 数、およそ三倍! 後方より大型戦艦も急速接近中! このままではメインフレームの限界を超えます!』


ナビィの悲鳴に近い電子音声がコクピットを満たす。


コンドル軍は圧倒的な物量で、俺たちを確実に仕留めにかかっていた。


無数のビームと実体弾が、流星となって降り注ぐ。


「クソッ……!」


俺は歯を食いしばり、機体を軋ませながら回避機動を取る。


白銀の装甲に赤い傷跡が増えていく。


装甲強度は限界だ。


アラートがけたたましく点滅し、鼓膜を打つ。


ギギギ……ッ! 重く鈍い悲鳴。


それはただの金属音ではない。


スターゲイザーのメインフレームが刻む、死へのカウントダウンだ。


「クソッ! キリがねえ……! こうなったら、一か八か……!」


俺が全てを賭けた最後の賭けに出ようとした、その刹那。


脳裏に、時を超えて響くような、優しくも切ない声が木霊した。


『ベレット。あなたは、優しい人。誰かを守るために、戦える。そんな、あなたの強さが、わたしは好きよ』


リリーナ。


その声は、今にも消えかけていた勇気の炎を再び激しく灯した。


しかし同時に、深淵のような悲しみが心を寸断する。


守れなかった過去。


失った光。


だが――今は!


「まだ死ねるか! こんな所で、終わってたまるかァァァッ!」


俺は喉が張り裂けんばかりに絶叫し、残存エネルギーの全てを一気にレーザーライフルへ注ぎ込んだ。


機体が悲鳴を上げる。


オーバーロード寸前。


青白い火花が散り、警告音が嵐のように荒れ狂う。


「これで、終わりだァァァァァッ!!」


渾身の怨嗟と決意を込めて放たれた、白銀の怒れる光の奔流。


それはコンドル軍先鋒部隊を飲み込み、連鎖的な誘爆を引き起こした。


暗黒の宇宙に、一瞬の壮絶な破壊の花火が咲く。


「やった……か……?」


俺は肺が焼けるような荒い息を吐きながら呟いた。


コクピット内は酸素が薄く、鉄と油と、自身の汗と血の匂いが充満している。


だが、安堵は一瞬の幻だった。


背後から、死神の吐息のような禍々しいプレッシャーが迫る。


絶対零度の冷気。


皮膚を這い、骨の髄まで凍らせる殺気。


『王国の反乱分子を追ってきたと思えば、貴様か、ベレット。随分と、みすぼらしくなったものだな』


通信機から響く、優越感に満ちた嘲りと侮蔑。


漆黒の闇の中から、空間が裂けたかのように巨大な影が出現した。


全身を深淵の闇で覆われた、漆黒のスペースロボット。


ブラックナイト・カスタム。


『フッ、フッ、フッ。久しぶりだな、ベレット。まさか反乱分子の掃討中に、貴様のような大罪人に出会えるとは。運命とは実に皮肉なものだ』


「クラウス! お前!?」


『アルベルト王子殿下の御心のままに、邪魔者は排除する。それが、騎士としての唯一絶対の務めだ!』


クラウスは、巨大なレーザーアックスを禍々しい光と共に起動させた。


≪ベレット! 気をつけて! 相手は、フォワードを薬物で無理やり増幅させているわ! 機体からも、おぞましい気配を感じる!≫


ミューの悲鳴に近い警告。


薬物強化だと……? 誇り高き騎士だったお前が、そんな紛い物の力に手を染めたって言うのか!


「クソッ! 分かってる! だがな、ただ尻尾巻いて逃げるわけにはいかねえんだよ!」


俺は満身創痍のスターゲイザーを、再び漆黒の巨影へと向けた。


怒りが、腹の底で煮えたぎる。


「クラウス! てめえとの因縁、ここで断ち切ってやる!」


レーザーサーベルを構え直す。


白銀の刃は、俺の不屈の闘志を鮮烈に映し出していた。


『フッ、無駄な足掻きを。これは、あの御方からの最後の慈悲だ! 計画の邪魔者は、消えろ、となぁ!』


ブラックナイト・カスタムが嵐の如く唸りを上げる。


空間を断ち切る雷鳴のような轟音と共に、レーザーアックスが振り下ろされた。


「くっ……!」


俺は歯を食いしばってレーザーサーベルをクロスさせ、渾身の力で受け止めた。


ガキンッ!


超高密度の金属が軋む音。火花が散る。


しかし、薬物強化されたクラウスの力は、想像を遥かに超えていた。


ベキベキッ!


悲鳴を上げるスターゲイザーの左腕部。


いとも簡単に吹き飛ばされ、機体が激しく回転する。


外装が融解し、内部フレームが露呈した。


『マスター! 左腕部機能停止! エネルギー伝達系、損傷率70%! このままでは……!』


ナビィの絶望的な報告。


目の前が赤と黒の警告灯で染まる。


≪ベレット! お願い! 負けないで! ベレットなら、きっと……!≫


ミューの涙に濡れた叫びが、凍りついた心に響く。


最後の火花が再燃する。


「ああぁぁぁっ! まだ、死ねねえ! 絶対に、なぁぁぁっ!!」


俺は魂を絞り出すように叫び、残存エネルギー全てを右腕のサーベルへ注ぎ込む。


回路がショートし、火花を散らしながらも、白銀の光が極限まで輝きを増す。


「これで、決める!」


最後の希望を託し、振り下ろそうとした瞬間。


クラウスもまた、全エネルギーを漆黒の斧へと集中させた。


「コンドルに栄光あれ! そして永遠に眠れ、ベレットォ!」


断罪の宣告。


白銀の剣と漆黒の斧が、激突した。


閃光。


衝撃波。


次元の歪み。


「ぐ……ぁ……ぁぁぁっ……!」


俺の絶叫がコクピットに木霊した。


受け止めきれなかった。


サーベルごと右腕を根元から断ち切られ、機体は激しくバランスを崩す。


衝撃が中枢を直撃し、胴体の装甲に亀裂が走る。


機体は、致命傷を負った巨人のように無様に激しくよろめいた。


『ハハハハハ! 見たか、ベレット! これが新たなる力よ! 貴様のような過去の遺物が、敵うはずもないわ!』


クラウスの高笑いが響く。


「クソ! まだだ! まだ……終わっちゃいねえんだよ……!」


血反吐を吐きながら、俺は闘志の破片をかき集めた。


だが無情にも、メインシステムが沈黙した。


計器類が闇に沈む。


『マスター! メインシステム、シャットダウン! 再起動……不可能です……!』


ナビィの絶望的な声。 目の前に、黒く冷たい死の口が開かれていく。


『ハハハハハ! 終わりだ、ベレット! 潔く死ね!』


クラウスはレーザーアックスを振り上げた。


「誰が、簡単に、死んでやるかよ……」


俺は血濡れの唇で笑った。


こんなところで終わってたまるか。


俺には、まだ、やらなきゃならねえことがあるんだよ!


「俺は、宇宙海賊ベレット・クレイだ! 金のためなら、死んでも戦い続ける……! それが、俺の生き様だ!」


俺は手動で火器装置を起動させ、頭上の潜望鏡型照準器を引き出した。


残されたのは、豆鉄砲のようなバルカン砲だけ。


それでも、撃つ。


撃たなきゃならねえ。


「やってみなきゃ、分からねえだろうがぁぁぁぁっ!!」


引き金を引く。 最後の命を燃やすように火を噴くバルカン砲。


弾丸がセンサーアイを一点集中で狙う。


カキンッ!


虚しい金属音。


特殊装甲に弾かれ、小さな火花が散っただけだった。


『無駄だ! 諦めろ! 死こそが貴様への救済だ!』


クラウスは憐れむように言うと、灼熱の刃をゆっくりと突き出した。


刃の切っ先が、コクピットを捉える。


「クソ……!」


俺が全てを諦めかけた、その瞬間。


視界の端に、予期せぬ複数の光点が飛び込んできた。


「……! なんだ!? あれは……??」


『マスター! コスモノイド解放戦線の艦隊です! 識別信号、多数!』


予想だにしない第三勢力。


勝利を確信していたクラウスの動きが止まる。


漆黒の斧が、俺の目前で静止した。


『フッ、フッ、フッ。ベレット。貴様は本当に呪われているらしいな。あるいは、悪運が強いと言うべきか』


クラウスは忌々しげに喉を鳴らした。


『非常に残念だ。コスモノイドどもとここで事を構えるのは、今の任務ではない。だが覚えておけ。次に会う時が、貴様の本当の最期だ。アルベルト王子殿下への(にえ)としてな』


クラウスはそう言い残すと、ブラックナイト・カスタムを音もなく反転させた。


驚異的な速力で闇に溶け込み、消え去っていく。


「クラウス! この野郎……!」


俺の叫びは、虚しく響き渡るだけだった。


追いかけようにも、スターゲイザーは動かぬ鉄屑と化している。


「クソがあああっ!」


宇宙空間に、一人ポツンと漂う。


全身から力が抜け落ちていく。


悔しさと死の淵から生還した安堵。


「助かった……のか……? 俺は……」


潜望鏡から入り込む星々の冷たい光が、俺の疲弊した魂を静かに照らし出していた。


それは何の慰めも与えない。


ただ、宇宙の広大さと、俺の無力さを際立たせるばかりだった。

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