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第81話 灼熱のダイブ、凍りつくような静寂。いざ王立研究所へ

―――潜入。


ワープアウトの強烈なGが抜け、目の前に広がったのは、コンドル星系の外縁部に位置する辺境の惑星だった。


大気は薄く、地表は赤茶けた乾いた岩と砂漠に覆われている。


生命の息吹など微塵も感じられない、荒涼とした死の星。


だが、その大地には、忘れ去られた神々の巨大な墓標のように、古代文明の遺跡群『星の遺産』の一部が、異様なオーラを放ちながら点在していた。


コンドル王立研究所は、その遺跡の一つである巨大なクレーターを利用し、地下深くに迷宮のような施設を築いている。


スターダスト・レクイエム号の格納庫。


再び、決意の時が来た。


静寂を切り裂く、鋼の緊張感。


戦闘服を纏い、スターゲイザーのコクピットに滑り込む。


機体の起動音が、低く、腹の底に響く獣の唸りとなって俺を包み込んだ。


……頼むぜ、相棒。


今回ばかりは、お前の底力が命綱だ。


「ミュー」


後部座席に座るミューに、声をかける。


「必ず、無事で帰る。みんなで、な」


「……うんっ!」


ミューは、強く頷いてくれた。


振り返らなくてもわかる。


そのラピスラズリの瞳には、不安の色はない。


ただ、真っ直ぐな無防備なほどの信頼の光だけが宿っている。


その信頼が、重い。


だが、その重さが今の俺をこの場所に立たせている。


隣のカタパルトでは、ローズマリーが『クリムゾン・ローゼス』を起動させていた。


『さあ、始めましょう。絶望の淵に咲く、希望の円舞曲(ワルツ)を』


通信機から、ローズマリーの挑発的で、どこか血に飢えたような妖艶な声が響く。


メインモニターの光が、仮面の下の獰猛な笑みを照らし出しているのが想像できた。


『全機、発艦シークエンス開始します』


ブリッジから、ナビィの冷静だが微かに緊張を孕んだ声が響く。


『最終確認。残弾、エネルギー残量、オールグリーン。……マスター、無事を祈ります』


「了解。ローズマリー、そっちはどうだ?」


『フフッ、完璧ですわ、ベレット様。クリムゾン・ローゼスは、いつでも獲物を喰い散らす準備ができております』


そこに、ユウキの張り詰めた声が割り込む。


『モルモット、ローズマリーさん! ふざけてる場合じゃないわ! 大気圏突入時の機体制御、少しでもミスれば即、消し炭よ! しかも今回は敵の迎撃システムをすり抜けるための超高速突入なんだから!』


『ご心配なく、ユウキさん。スピードは、わたくしのアイデンティティですのよ』


二人の応酬が、極限の緊張をかろうじて中和している。


……ったく、どいつもこいつも頼もしいぜ。


一人で全てを背負い込んでいた孤独な賞金稼ぎ時代には、こんな風に軽口を叩き合いながら死地に赴くなんて想像もできなかった。


『エアロック開放。カウントダウン、開始。……5……4……3……2……1……ゼロ! 発進!』


ナビィの号令と共に、重厚なハッチが野獣の咆哮のような唸りを上げて開く。


眼下に広がる、青と白のマーブル模様の冷たい惑星。


「行くぞ!」


白銀の流線形を纏った俺のスターゲイザーと、炎のような紅蓮の機体色を持つクリムゾン・ローゼス。


二つの対照的な機体が、星々の海へと一条の光となって射出された。


瞬く間に速度を上げ、研究所が眠る惑星の重力に囚われていく。


地表の防衛網を回避するための、極めて危険なスキップ再突入軌道。


二つの流星は、冷たい大気圏へと決死のダイブを開始した。


機体が大気の摩擦熱で灼け、瞬く間に赤いプラズマの鎧を纏う。


『機体温度、上昇! 限界域、突破します! シールド最大展開!』


ナビィの警告が電子音と共に叩きつけられる。


耐熱装甲がミシリと軋み、コクピット内に断続的な警報音が鳴り響く。


時速数万キロの突入。まるで巨人の腕に掴まれてシェイクされているかのような暴力的な揺れ。


俺は革手袋越しに操縦桿を強く握り締め、コンマ1秒単位で機体の姿勢を修正し続ける。


極度のGに視界が赤く染まりかけるが、俺の剃刀色の瞳は前方のデータスクリーンと、窓外に広がる灼熱の光景を極めて冷静に捉えていた。


だが。


突入の最中、俺の野生の勘が「決定的な異常」を告げた。


……おかしい。


この軌道、このタイミングなら、衛星軌道上の迎撃ミサイルが火を噴き、地表から膨大な数の対空砲火が上がっているはずだ。


それがコンドル王国の誇る鉄壁の防衛システムというものだ。


俺は過去に、身をもってその恐ろしさを味わっている。


だが、現実はその全てを裏切っていた。


「……静かすぎるぞ」


俺のセンサーも、目視も、敵意のある反応を一切捉えない。


俺たちをロックオンするレーダー波すら飛んでこない。


辺りは、不気味なほどに静まり返っていた。


敵が気づいていない、という楽観的な沈黙じゃない。


まるで「獲物が落ちてくるのを、口を開けて待っている」ような、底の見えない空虚な沈黙。


背筋を冷たい汗が伝う。


罠か?


それとも、俺たちの作戦は最初から筒抜けだったのか?


……カシムのおっさんたちの陽動が効いてるってレベルじゃねえ。


ヤツら、最初から俺たちを『ここ』に通すつもりだったんだ。


脳裏に最悪のシナリオが稲妻のように走る。


だが、今は機体の制御から手を離すことはできない。


俺は葛藤を奥歯で噛み殺し、目の前の操縦に全神経を集中させた。


やがて機体は灼熱の試練を潜り抜け、地表へと到達する。


プラズマの鎧が剥がれ落ち、冷たい大気を切り裂く。


眼下に広がる荒涼とした大地と、無数の巨大なクレーター。


その一部に、光学迷彩で巧妙に偽装された研究所への闇への入り口……巨大なハッチがポッカリと開いていた。


まるで、俺たちを歓迎するかのように。


「クソッ! どうなってやがる」


俺はコンソールを叩き、忌々しくつぶやいた。


「事前のシミュレーションじゃあ、警備部隊がうじゃうじゃいてもおかしくねえんだがな。……まさか、俺たちをこのまま地下深くに『ご招待』するつもりか?」


すべてのデータが「異常なし」を示していることが、最大の異常だった。


気味が悪りぃ。まるで幽霊屋敷にでも迷い込んだ気分だ。


「ミュー。敵の気配を感じるか?」


「……うんん」


後部座席で、ミューがフォワードを極限まで研ぎ澄ませる。


「全く感じない。……まるで、誰もいないみたい。でも、すごく、冷たくて嫌な感じがする」


『こちらのセンサーにも、敵影はありませんわ』


ローズマリーの声にも、強い警戒感が込められている。


『ベレット様。このまま作戦を続けますか?』


ここで引き返せば、罠にはまることはないかもしれない。


だが、その代償は? カシムのおっさんたちの命が犬死にになる。


そして、あの狂気の計画は完成しちまう。


……チッ。


どっちに転んでも地獄なら、前に進むしかねえだろ。


「……やるしかねえだろう。ここで引き返せば、全部パーだ」


俺は覚悟を決め、通信機に向かって叫んだ。


「ナビィ! ユウキ! いつでも撤退できるよう、上空で待機しろ! もし俺たちの通信が途絶えたら、即座に最大火力でバックアップに回れ!」


『了解しました、マスター! スターダスト・レクイエム号、武装システムオンライン。戦闘体制で待機します』


『モルモット! こっちも電子戦で全力でサポートするから! 死んだら許さないわよ!』


「ああ、頼んだぜ!」


俺は再度、操縦桿を握り直した。瞳の奥に、殺意の炎が宿る。


コンドルの誰の差し金かは知らねえが……陰湿な真似をしやがる。


だが、どんな罠が待ち受けてようが、力尽くでぶち壊してやる!


ローズマリーが事前にハッキングで突き止めていた、地下深くまで続く侵入ルート。


二つの機体はメインスラスターの炎を極限まで絞り、機体底部の小型バーニアのみで姿勢を制御する。


音もなく、その闇の入り口へと滑り込むように侵入を開始した。


白銀と紅蓮の光が、巨大なハッチの奥、底なしの暗闇へと吸い込まれ、一瞬にして視界から消える。


影の中の、血塗られた舞踏の始まりだった。

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