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第78話 アヴァロンの玉座、氷の微笑と仮面の探り合い

【視点:ルーナ・ルビントン】

銀河の経済と情報を支配する巨大な頭脳、惑星企業連合。


その深奥部に位置する秘密コスモコロニー「アヴァロン」。


わたしが今立っているこのCEOオフィスは、まさに権力の頂点を具現化したような場所だわ。


磨き上げられた黒曜石の巨大なデスクが、部屋の中央に鎮座している。


その向こうには、床から天井まで続くクリスタルガラスの窓が広がり、漆黒の宇宙と、わたしたちが支配すべき混沌の海を、まるで一枚の巨大な絵画のように映し出している。


微かに漂うのは、最新鋭の空気清浄システムが生み出す無機質なオゾンの匂いだけ。


生活感も、人間臭さも、一切排除された「完璧な空間」。


ここはまるで、巨大な墓標の中みたいだわ。


……相変わらず、趣味の悪い部屋ね。


心の中で悪態をつきながら、完璧な姿勢で佇んでいた。


まるで氷の玉座のようなデスクを挟み、わたしはこの銀河の帝王と対峙している。


レオンハルト。


この超国家的企業複合体の頂点に君臨する男。


白髪を神経質そうにオールバックになでつけ、その彫りの深い顔には、一切の感情が浮かんでいない。


能面。あるいは精巧なアンドロイド。


だが、その奥底に宿る、全てを見透かすような老獪で冷徹な剃刀色の瞳が、静かにわたしを見据えている。


あの目は、人を人として見ていない。


ただの「数字」か「駒」としてしか認識していない目だ。


コツ、コツ……。


彼が指先でデスクを叩く乾いた音だけが、張り詰めた静寂の中に時折響く。


まるで、わたしの心拍数を数えているみたいに。


あるいは、この銀河の寿命をカウントダウンしているのかしら。


「それで、ルーナ」


レオンハルトが、抑揚のない平坦な声で口火を切った。


「コンドル王国の、現在の状況は?」


「はい、CEO」


わたしは、氷のような微笑みを唇に貼り付けたまま、淀みなく報告を始めた。


この男の前では、一瞬の隙も見せてはいけない。


少しでも弱みを見せれば、骨の髄までしゃぶり尽くされて廃棄されるだけ。


「アルベルト王子は、先の『反体制派』による輸送艦隊襲撃事件を口実に、国内の粛清をさらに加速させております。同時に、コスモノイド解放戦線への軍事的圧力も日増しに強まっている模様。コンドル星系は今、不安定という名の熱病に浮かされていますわ」


あくまで事務的に。けれど、必要な情報は過不足なく。


……愚かね、アルベルト。


自分の首を絞めていることにも気づかずに。


「一方で、彼が進めている例の『星の遺産』を利用した計画は、最終段階へと着実に移行しております。我々からの惜しみない技術支援が、彼のその破滅的な野心を効果的に後押ししている形です」


わたしは淡々と語りながら、言葉の端々に反応を探るような鋭い棘を隠した。


コンドルへの技術供与。


表向きは経済関係の強化だが、この男がそれだけで動くはずがない。


この老獪な男の、真の目的は何なのか。


常にそれを探っていた。


レオンハルトは、報告を表情一つ変えずに聞いていた。


「結構。業務は概ね順調のようだな」


彼はしばらくの沈黙の後、静かに言った。


そして、まるで取るに足らない些細なことを思い出したかのように、ふと話題を変えた。


「して、あの『積み荷』……ミュー・アシュトン、星詠の巫女の娘。あれの現在の所在はどうなっている?」


来たわね。


内心で小さく舌なめずりをした。


彼が本当に気にしているのは、銀河のパワーバランスなどではない。


あの小娘だ。


銀河の(ことわり)すら書き換えるかもしれない、未知の鍵。


「問題ありませんわ、CEO」


わたしは、真意を摘み取ろうとする猫のような目つきで答えた。


「例の『積み荷』ミュー・アシュトンは、現在、あの宇宙海賊ベレット・クレイと行動を共にしております。監視は継続中。彼の存在は我々の計画にとって予測不能な不確定要素ではありますが……同時に、状況を動かすための有効な『触媒』ともなり得ますわ」


そう、ベレット・クレイ。


計算高いだけの男たちとは違う、泥臭くて、予測不能な男。


彼がどう動くかで、この盤面は変わる。


……レオンハルトは、これをどうとらえる?


「『星詠の巫女』の、その未知なる力。いずれ、我々の計画において重要な鍵となる時が来るでしょう」


わたしはあえて含みを持たせ、レオンハルトの瞳の奥の微かな揺らぎを探った。


焦り? 期待? それとも、もっと別の何か?


「そうか」


しかし、レオンハルトは短くそれだけを応じ、わたしの探るような視線からふいと目を逸らした。


チッ、相変わらずガードが堅い。


鉄仮面の下に何を隠しているのやら。


「引き続き状況を注視し、抜かりなく事を進めたまえ」


レオンハルトは立ち上がり、窓の外の星々へと視線を向けながら冷たく言った。


「全ては、この惑星企業連合の繁栄と、この銀河に生きる全人類の輝かしい未来のために」


出た。この男の常套句。


「全人類の未来」なんて大層な言葉の裏に、どれだけの犠牲を積み上げるつもりなのかしら。


反吐が出るほど美しい言葉ね。


中身が空っぽなところも含めて。


彼はわたしに退室を促すように背を向けた。


これ以上の詮索は無用、ということね。


「御意に、CEO」


わたしは優雅に、完璧なカーテシーで一礼した。


ドレスの裾を翻し、音もなく静かにオフィスを後にする。


背後の重厚な扉が閉まる瞬間、わたしの顔から「忠実な部下」の仮面が剥がれ落ちた。


代わりに浮かぶのは、獲物を狙う狩人の、妖艶で危険な笑み。


……せいぜい気取っていればいいわ、レオンハルト。


わたしは、あなたの操り人形じゃない。


いつか、その玉座から引きずり下ろしてあげる。


あるいは、この銀河ごとひっくり返してやるのも面白いかもしれない。


ハイヒールの音が、冷たい廊下にカツン、カツンと響く。


それは、わたしの野心の足音だった。

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