第77話 束の間の絆、出撃の宴に差す影。
【視点:ミュー・アシュトン】
コンドル王立研究所への潜入作戦。
その決行の時は、まるで死刑執行のカウントダウンみたいに、静かに、でも確実に迫っていた。
コスモノイド解放戦線の秘密基地ドック。
スターダスト・レクイエム号の格納庫は、出撃前の独特の熱気と金属とオイルの匂い、そして、胸がチクチクするような奇妙な緊張感でいっぱいだった。
ベレットは、ナビィと一緒に、愛機スターゲイザーの最終調整に没頭している。
先のウルフパックとの戦いのデータ。特に、私がフォワード共鳴を起こした時の、機体の限界を超えたエネルギーの奔流。
それを解析して、ナビィのすごい計算と、ベレットの野生の勘とも言えるメカニック技術で、ギリギリの調整をしているんだって。
白銀の装甲に触れるベレットの指先は、真っ黒な油で汚れているけど……まるで大切な恋人の肌を確かめるみたいに、繊細で、熱を帯びていた。
「……かっこいい」
私は、格納庫の物陰から、そんな彼をこっそり見つめていた。
真剣な眼差し。汗ばんだ額。
普段の、ちょっと意地悪な顔とは違う、これから死線を越える戦士の顔だ。
胸の奥がキュンとして、同時にギュッと締め付けられる。
ベレットは、すごいな。
戦いの前なのに、迷いがない。
私なんて、足が震えちゃいそうなのに。
でも、だからこそ私が頑張らなきゃ。
ベレットの背中を守れるくらい、強くなりたい。
「よし、こんなもんだろ」
額の汗を手の甲で拭って、ベレットが満足げに息をついた時だった。
格納庫の入り口に、白衣を羽織った小柄な影が現れた。
あれは確か、コスモノイド解放戦線の……・
そう、ユウキだ。
その手には、あの白い機械を強く握りしめている。
「ベレット・クレイ」
ユウキは、まだ少し硬い顔で、ベレットを真っ直ぐに見据えた。
その翠緑色の瞳。……なんか、熱い。
エンジニアとしての熱意だけじゃない、もっと個人的な、特別な熱を感じる。
「お願いがあるの。あたしとヴァルキリーを、あんたの船に乗せてほしい」
「はあ? お前、本気で言ってんのか?」
ベレットが目を丸くして、呆れたように聞き返す。
「本気よ! あんたの戦い方を、この目でもっと見たい。スペースロボットが、あんたの手で、どんな風に『歌う』のかを……」
ユウキの声には、迷いがなかった。
そして、彼女は少しだけ頬をポッと赤らめて、視線を泳がせた。
「技術者として、あんたたちを、内部からサポートできるかもしれないから!」
「へっ」
ベレットが、いつもの笑みを浮かべる。
あ、その顔。
ベレットが気に入った相手に見せる、優しい顔だ。
「相変わらず、素直じゃねえ頼み方だな。だが、まあ、いいぜ。お前のその腕は、確かみてえだしな。それに、お前のその『翼』、気に入ったしよ」
「……! あ、ありがとう!」
ユウキの顔がパッと輝く。
まるで、憧れのヒーローに認めてもらえた子供みたいに。
でも、その顔を見て、私の心の中で最大級の「警報」がジリジリと鳴り響いた。
……ちょっと待って。
今の、あの顔!
ただの技術的な興味?
ううん、違う!
絶対に違う!
あの瞳の輝きは、もっとこう……「恋する乙女」の成分が入ってる!
ベレットったら、また無自覚に女の子を誑かして!
「ちょっと、ベレット!!」
私は思わず飛び出して、ベレットに詰め寄った。
「なんで、あんな生意気な子まで船に乗せるのよ! エンジニアなら、ナビィだけで十分じゃない! それに、あの子、あなたのこと、変な目で見てたわよ!」
「おいおい、ミュー。ユウキの腕は本物だ。それに、今後の戦いに役に立つかもしれねえ」
ベレットが「やれやれ」って顔で、私の肩をポンポンする。
もう! 全然わかってない!
そういう鈍感なところが、ベレットの唯一にして最大の欠点なんだから!
「あらあら、また始まりましたの? 元気なことですわね」
背後から、楽しげな声が聞こえた。ローズマリーだ。
優雅な立ち振る舞いで、クスクスと笑っている。
「…! ローズマリーまで! 面白がってないで、なんとか言ってよ! ベレットったら、新しい女の子を拾ってきちゃったのよ!?」
「ふふふ。似た者同士、仲良くなさるのが一番ですわよ。ね?」
ローズマリーは余裕の笑みだ。
くやしい!
でも、そうやって一歩引いたところから見守ってくれてるんだよね。
だよね……?
◇
その夜。
出撃を数時間後に控え、私たちはラウンジに集まっていた。
テーブルにはローズマリーの手料理と、温かい飲み物。
この優しい香りが、私のドキドキを少しだけ落ち着かせてくれる。
「いいか、お前ら」
ベレットが真剣な顔で、私たちを見渡した。
その瞳は、剃刀みたいに鋭いけど、奥底には温かい光が宿っている。
「これから俺たちがやろうとしていることは、ただのデータ泥棒じゃねえ。下手をすりゃあ、銀河の歴史が変わる、とんでもねえヤマだ」
ラウンジの空気が、ピリッと張り詰める。
怖い。
正直、すごく怖い。
でも、ベレットが続けて言った。
「だがな、お前たちが、いる。俺たちなら、どんなクソったれな状況でも、仕事を成し遂げられる」
ベレットが拳をテーブルにドンッと置いた。
「そして、『星の遺産』データを手に入れ、ここに、必ず帰ってくる! いいな!」
その言葉に、胸が熱くなる。
ベレットは、私たちを信じてくれている。
足手まといじゃなく、仲間として。
「うんっ!」
私は、ベレットの目を見て、力強く頷いた。
「ベレット! 私、絶対に、あなたを、みんなを、守ってみせるわ! 私の、この力で!」
左手首のブレスレットをギュッと握りしめる。
ベレットとお揃いの、星屑の絆。
これがあれば、私はどんな時だって強くなれる。
「ええ、ベレット様。この身の全てを賭して」
「マスター。全力でサポートいたします」
「あ、あたしも! サポートするわ!」
みんなの心が、一つになる。
ラウンジの中は、温かくて、強い光で満たされているみたいだった。
でも。
その時、ふと。
私の心臓が、ドクン、と嫌な音を立てた。
……え?
視界が歪む。
ラウンジの温かい光景が一瞬で消え去り、代わりに冷たくて暗い闇が広がる。
フォワードの共鳴?
違う、これは……予知?
冷たい金属の通路。
激しい閃光。
そして……女の子の、悲痛な叫び声。
鼻をつく、鉄錆びた血の匂い。
……なに、これ。
誰?
ユウキ?
それとも……私?
嫌な映像が脳裏にフラッシュバックする。
冷たくて、怖くて、寒い。
何か……すごく、すごく悪いことが起きる予感がする。
「……ッ!」
私は震える手をテーブルの下でギュッと握りしめた。
胸元のペンダントが、氷のように冷たく感じる。
顔色が青くなってるのが自分でもわかる。
でも、今ここで私が怯えたら、みんなの士気が下がっちゃう。
「ねえ、ユウキさん?」
ふいに、ローズマリーの声がして、私はハッと我に返った。
彼女が悪戯っぽい笑顔で、ユウキの肩を叩いている。
その目は、私を一瞬だけ見て、優しく細められた。
「ベレット様って、ああ見えて結構素敵だと思わない? もう少し積極的にアピールしてみたら? あのキャプテンの心を射止めることができるかもしれませんわよ?」
「なっ!? な、何を突然言うのよローズマリーさん! あ、あたしは別に、おにぃ……モルモットのことなんて、ぜ、ぜんぜん!」
ユウキちゃんが真っ赤になって慌てふためいている。
ん?
今、「おにぃ」って言いかけた?
お兄ちゃん?
……まさか、ね。
ローズマリーが、仮面の下で優しく微笑んでいるのが見えた。
「怖いことなんて考えなくていいのよ」って言ってるみたいに。
その優しさに、強張っていた心がふっと解ける。
そうだよね。
クヨクヨしてても始まらない!
それに、ライバルに隙を見せるわけにはいかないんだから!
「ちょっと、ローズマリー!」
私は予感のことも忘れて、反射的に叫んでいた。
恐怖を吹き飛ばすように、精一杯の大声で!
「何をけしかけてるのよ! それに、ユウキだってベレットに変な色目使わないでよねっ! ベレットは、わ、私のだもん!」
私は頬を膨らませて、ユウキをビシッと指差した。
負けないんだから!
ベレットは、私が、絶対守るから!
たとえ、どんな未来が待っていても!




