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第76話 幻の翼「ストライカー・ゼロ」。白銀の軌跡が示す、父と少年の夢

【視点:ユウキ・ニシボリ】

コスモノイド解放戦線の秘密基地。


その無機質な鋼鉄の胎内に設けられたあたしの私室兼ラボは、今のあたしの頭の中をそのままひっくり返したみたいに、ぐちゃぐちゃだった。


床には読みかけの専門書やデータチップが散乱し、壁という壁は複雑な数式やヴァルキリーの設計図を書きなぐった半透明のボードで埋め尽くされている。


コンピューターの排熱が放つ微かな熱気と、電子機器特有のオゾンの匂い。そこに、あたしが淹れたレモネードの少しだけ甘酸っぱい香りが混じり合っている。


いつもなら、この雑然とした空間があたしにとって一番落ち着く場所のはずだった。


机の上には、ヴァルキリー・ストライカーの制御ユニットと、ベレットからのフィードバックを元に修正を書き込んだ生々しい設計資料が放り出されている。


コンドル王立研究所への潜入作戦に向けて、一分一秒を惜しんで最終調整に没頭しなきゃいけないのに。


「……はあ」


空中に浮かぶホログラムキーボードの上で、あたしの白い指は虚しく彷徨うばかりだった。


思考が、どうしても一つのところに引きずり込まれてしまう。


ベレット・クレイ。


元コンドル軍人。札付きの宇宙海賊。


あたしの大切な父さんを死に追いやったコンドル王国の、憎むべき元「犬」。


なのに。


……なんで、思い出しちゃうのよ。


あの瓦礫の雨の中で、あたしを庇った彼の姿。


鼻先をかすめた、あの広い背中の温もりと、汗と、鉄の匂い。


『身体が、勝手に動いただけだ』と笑った、あの不敵な顔。


その記憶が、まるで消えない烙印みたいに、あたしの肌に、心に、焼き付いて離れない。


デスクの傍らの大型ホログラムディスプレイには、先日の戦闘記録映像が音もなく繰り返し再生されていた。


ベレットが半ば強引に奪うように操縦した、あたしのヴァルキリー・ストライカー。


それがまるで、白銀の魂を宿した荒ぶる神のように宇宙(そら)を舞う姿。


「……信じられない」


何度見ても、息を呑んでしまう。


その操縦は常識外れの無茶苦茶で、あたしが構築した緻密な計算やセーフティを根底からひっくり返すような代物だった。


だが同時に、腹立たしいくらいに美しかった。


鋼鉄の翼が、まるで歌い、官能的にさえ見える死の舞踏(ダンス)を踊っている。


それは、あたしが技術者として、心の奥底でずっと追い求めていた理想の光景。


機体とパイロットの魂が完全に一つに溶け合う、究極の完成イメージ。


そしてそれは――まだあたしが幼かった頃、父さんが目を細めながら優しく見せてくれた、あの「スペースロボットの映像」と、痛いほどに重なっていた。


「父さん……」


あたしは衝動的に、父リック・ニシボリが遺した膨大な研究データの海へと、意識をダイブさせた。


父さんが遺してくれた、最後の温もり。色褪せることのない追憶の欠片。


今となっては、父さんとあたしを繋ぐ、唯一のか細い電子の糸。


どこかに、あるはず……!


父さんがあたしに見せてくれた、あの美しい翼の記録が……!


キーボードを叩く指が、軽やかに、そして熱を帯びてスピードを上げる。


複雑なディレクトリ構造を抜け、暗号化された階層を次々と潜っていく。


そして、ついにあたしは、一つの厳重に秘匿されたデータベースを見つけ出した。


「……! あった……! 『ストライカー・ゼロ』!」


父さんの革新的で、あまりにも時代を先取りしすぎた理論と思想。その全てが反映された幻の機体。


かつて、コンドル王国軍の一部で次期主力機として極秘裏に採用テストが行われていた、伝説の翼だ。


だが、あの忌まわしきリリーナ王女暗殺事件にその機体が使用されたという濡れ衣を着せられ、全てのデータは封印された。


歴史の闇の中へと姿を消した、悲劇の流星。


あたしは食い入るように、そこに残されていた『ストライカー・ゼロ』の数少ない戦闘記録や、飛行テストの映像を見つめた。


「やっぱり、すごいよ……父さん。父さんの理論は、間違ってなんかいなかった!」


さらにあたしは、その関連データベースのさらに奥深くへと指先を進めていく。


まるで、誰も触れることを許さないかのような、魂の深層部分へ。


「あれ? このファイル……なんで、こんなに強固な検閲プロテクトがかかってるの?」


軍の標準規格じゃない。


もっと個人的で、執念すら感じる複雑なロック。


でも、あたしを誰だと思ってるの。


天才ハッカー、ユウキ・ニシボリよ。


父さんから受け継いだ天賦の才を駆使し、幾重にも張り巡らされた電子の壁を、複雑な知恵の輪を解き明かすように一つ、また一つと突破していく。


パキンッ、と。


最後のアイスウォールが砕け散り、ついにデータファイルが音もなく解凍された。


そこに現れたのは、今まであたしが決して見ることのなかった、父さんの研究室のプライベートな開発記録映像だった。


『よぉし、今日のテストはここまでだ! お疲れさん!』


画面がノイズと共に切り替わる。


ノイズ混じりの音声と一緒に映し出されたのは、まだ若く、情熱に満ちた父さん――リック・ニシボリ博士の姿だった。


「父さん……」


思わず画面に手を伸ばす。


映像の中の父さんは、一人の若いテストパイロットと親しげに肩を組んで、大声で笑い合っていた。


そして、そのパイロットの顔を認めた瞬間。


あたしの心臓が、ドクンッ! と、痛いほど大きく跳ねた。


燃えるような、赤い髪。


まだあどけなさは残るものの、その瞳にはどこかチンピラのような、野性的で生意気な光を宿した少年。


首にはゴーグルをぶら下げ、汚れたツナギを着崩している。


そんな、いかにも不良といった風情の少年と、いつもは真面目で厳格で、家では笑顔さえ滅多に見せなかった父さんが……まるで本当の親子みたいに、心の底から楽しそうに笑い合っている。


『おっさん、あの旋回時のレスポンス、もう少しピーキーにできねえか? 今のままだと欠伸が出るぜ』


『馬鹿野郎! あれ以上弄ったら機体が空中分解するわ! お前の操縦が荒すぎるんだよ!』


『へっ、腕のねえ技術者の言い訳だな』


『なんだとこのクソガキ!』


いがみ合っているようでいて、互いへの絶対的な信頼が滲み出ている会話。


あたしは、画面の中の赤髪の少年の不敵な笑顔から、目が離せなくなっていた。


その後も映像は続く。


少年が『ストライカー・ゼロ』のコクピットに乗り込み、試験飛行を行うシーン。


まるで彼自身が翼を手に入れ、自分の手足のように滑らかに、そして心底楽しげに機体を動かしていく。


自由を手に入れた白銀の翼が、宇宙を縦横無尽に切り裂いていく。それは間違いなく、さっき見たヴァルキリーの舞踏と同じものだった。


また次のカットでは、少年が父さんと額を突き合わせるようにして、徹夜で機体の調整を行っているシーンが映る。


普段の生意気な態度は消え失せ、オイルまみれになって画面を睨みつける、その真剣な横顔。


あたしは、その光景に胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


そして、その温かい光景が、あたしの心の奥底に硬く閉ざされていた、幼い頃のある記憶の扉をゆっくりとこじ開けた。


――幼き日。


母さんを不慮の事故で亡くし、父さんもまた研究に没頭するあまり、家に一人でいることが多かった。


広すぎる、静かで冷たい家。


ただ、一人。孤独だった毎日。


そんな、ある日。


父さんが家に、一人の赤髪の少年を連れてきたのだ。


『ほら、ユウキ。今日からたまに遊びに来るから、仲良くしてやってくれ』


『……ちわーっす』


不機嫌そうにポケットに手を突っ込んだ少年。


お兄ちゃんは、目つきがすごく悪くて、口も悪くて……最初は、すごく怖かったけど。


記憶が、鮮烈な色彩を伴って蘇ってくる。


ある日、雷が怖くて部屋の隅で独りぼっちで泣いていたあたしの前に、彼が現れた。


『……おい、いつまでピーピー泣いてんだよ。うるさくて整備の資料が読めねえだろ』


悪態をつきながらも、彼は黙ってあたしの隣にドカッと座り込んだ。


そして、オイルの匂いがする大きな手で、不器用に、でもすごく優しく、あたしの頭を撫でてくれたのだ。


『ほら、これでも食って機嫌直せ』


そう言って差し出された、少しひしゃげた甘いキャンディー。


その後も、たびたび父さんに連れられて家によく遊びに来るようになり、忙しい父さんの代わりに、あたしと一緒に遊んでくれた。


あたしにとっての、大切で、大切で、宝物のような思い出。


ずっと心の奥にしまっていた、温かい「お兄ちゃん」の記憶。


「……あ」


あたしの翠緑色の瞳から、熱い、熱い涙が止めどなく溢れ出し、頬を伝い落ちた。


「もしかして……ううん、間違いない。あの時の……あの時のお兄ちゃんは……!」


チンピラみたいで、乱暴で、でも誰よりも優しくて、父さんの最高の相棒だった少年。


そして今、あたしを瓦礫から庇い、あたしのヴァルキリーに真の命を吹き込んでくれた男。


「ベレット……クレイ……」


その名前を口にした瞬間、せき止めていた感情がダムのように決壊した。


「バカ……ッ。なんで、もっと早く言ってくれないのよ……っ」


あたしは両手で顔を覆い、しゃくり上げながら泣いた。


憎しみなんて、とっくにどこかへ消え去っていた。


ただ、会いたかった。ずっと、会いたかった人に、ようやく会えたのだ。


あたしはその後も、涙で滲む視界のまま、古びた映像を何度も、何度も繰り返し眺めた。


まるで、失われた愛しい時間を、そして奇跡のような再会を、心に深く刻み込むかのように。

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