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第75話 通路の約束、ブリッジの密約。早まったコンドル潜入作戦

コンドル軍による、予期せぬタイミングでの威力偵察。


それは、泥臭い希望にしがみつくコスモノイド解放戦線の秘密基地に、冷や水を浴びせるような重い衝撃だった。


同時に、「作戦決行の前倒し」という苦渋の決断を俺たちに突きつけてきた。


運命の時計の針が、カチリ、と音を立てて一気に進む。


死神が足音を立てて近づいてくる、あの嫌な感覚だ。


基地の中枢、指令室。


そこには決戦前の儀式のような、胃がキリキリと痛む張り詰めた空気が満ちていた。


カシム司令、俺、そして作戦を担う参謀や部隊長たちが、巨大なホログラムディスプレイを取り囲んでいる。


モニターの冷たい青白い光が、連中の土気色の顔を照らし出していた。


安物のコーヒーの焦げたような苦い香りが、緊張感をさらに濃くしている。


「諸君、状況は一刻を争う!」


カシム司令の、低く、しかし揺るぎない声が静寂を破った。


「コンドル軍に、この基地の正確な位置を特定された可能性は極めて高い。もはや一刻の猶予もない。


これより、コンドル王立研究所への潜入作戦を予定より大幅に前倒し、直ちに決行する!」


その言葉は死刑宣告のようでもあり、反撃の狼煙のようでもあった。


ディスプレイには、迷宮のように複雑な研究所の三次元立体図面。


幾重にも張り巡らされたセキュリティシステム。予想される敵のスペースロボットや警備部隊のデータ。


参謀が早口で、陽動部隊による撹乱、俺たち潜入チームの突入経路、脱出計画を説明していく。


俺は黙って腕を組み、剃刀色の瞳で表示される情報を睨みつけていた。


数多の修羅場を潜り抜けてきた、賞金稼ぎとしての野生の勘。


そいつが、チリチリと俺の脳髄に警鐘を鳴らしている。


……おかしい。


いくらなんでも、甘すぎる。


提示されている警備体制。侵入ルートのセキュリティホール。


コンドル王国の最高機密を隠した鉄壁の要塞にしては、あまりにも「手薄」に見積もられている。


単なる希望的観測か……?


それとも、俺たちを誘い込むための罠か……?


胸の内で鳴り響くアラート。


だが、もう賽は投げられた。


ミューも、ローズマリーも、ナビィも、俺と共にこの地獄へ足を踏み入れる覚悟を決めている。


ならば俺の役目は、どんな罠が張られていようと、力尽くでアイツらを連れて帰ることだけだ。


作戦会議が終わり、重い空気の中、俺は出撃準備のため愛船へと続く薄暗い金属質の廊下を歩いていた。


「あ、あの……!」


背後から、少しためらいがちな声がかかった。


振り返ると、そこには白衣の裾を小さな手でギュッと握りしめた、ユウキが立っていた。


廊下の薄暗い照明の下でも、その顔がこわばっているのがわかる。


「ん? なんだよ。まだ俺に何か文句でもあんのか?」


俺はわざと、ぶっきらぼうに問いかけた。


「ち、違うわよ!」


ユウキは顔をサッと赤らめ、俯きながら早口で言った。


「さ、さっきは、その……た、助けてくれて、あ、ありがとう……」


消え入りそうな声。


俺は思わず目を丸くし、それから少しだけくすぐったいような気分になって、頭をガシガシと掻いた。


「気にすんなって。あんな状況じゃ誰だってそうするだろ。男として、当然のことをしたまでだ」


「そ、それと……!」


彼女の声が微かに震える。


「ご、ごめんなさい! あんたに、ひどいことばっかり言って! 父さんのことで、頭に血が上ってて……!」


深々と頭を下げるユウキ。


黒髪がさらりと彼女の白い額にかかった。


親父を殺された復讐心。


その重さは、俺にも痛いほどわかる。


「まあ、お互い様だろ。俺も大人げなく言い過ぎた。悪かったな」


俺の言葉に、ユウキが恐る恐る顔を上げる。


少しの沈黙。気まずい空気が流れる。


俺はこういう湿っぽい空気が苦手だ。


唐突に話題を変えることにした。


「それより」


「え?」


「あの『ヴァルキリー』って機体。ありゃあ、なかなかのモンじゃねえか。少し乗っただけだが、とんでもねえ可能性を秘めてるぜ」


「……! ほ、本当!?」


翠緑色の瞳が、夜空に煌めく彗星のようにキラキラと輝きを放つ。


さっきまでの暗い影はどこへやら、彼女がこの機体に注ぎ込んだ情熱の深さが一目でわかる表情だ。


「……! あ、当たり前よ! あたしが心血を注いで設計したんだから! あの程度の敵、ヴァルキリーにとってはただの慣らし運転よ!」


誇らしげに胸を張る姿は、年相応のガキそのものだった。


「そうみてえだな。だが、機体のポテンシャルで言えば、もっと機動性を高められるはずだ」


「具体的には?」


ユウキの目が、真剣な研究者のそれに変わる。


「機体のパワーは文句なしだ。メインブースターの出力は凄まじいの一言に尽きる。だが、サイドスラスター展開時の旋回性能が今一つだ。特に細かい機動で敵を翻弄しようとすると、操縦にわずかなラグがある。今回みてえな小型で機敏な戦闘機が相手だと、その一瞬の遅れが命取りになる」


俺は指先で顎をなぞりながら、先ほどの戦闘の感触を鮮明に思い出していた。


「メインのロケットブースターと、サイドスラスターの推進力のバランスが悪い?」


ユウキは瞬時に推測し、白衣のポケットから年季の入ったメモ帳を取り出した。


「それもある。バランスの問題に加えて、無駄にシステムが介入しやがる」


「なるほど。システム……姿勢制御のセーフティのせいかも」


ユウキは俺の言葉を猛烈な勢いで速記していく。


「火器管制システムはどうだった?」


「ロックオンの制御がまだまだ調整の余地があるな。特に高速機動中の目標捕捉と追尾が不安定だ。レーザーライフルもエネルギーの無駄がある。発射タイミングと出力の最適化が必要だ。もう少し絞り込めるはずだ」


「他には?」


その後も、俺たちはまるで長年組んできた相棒のように、ヴァルキリーについてのフィードバックを語り合った。


技術者としてのユウキの熱意と、俺のパイロットとしての勘。


それがパズルのピースのように噛み合い、未完成だった機体が頭の中で一歩ずつ理想の完成形へと近づいていく。


フィードバックのすべてをメモに書き終えたユウキは、ふと顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめた。


「気をつけて、よね」


その声は、絞り出すような、切実な響きを持っていた。


「絶対、絶対に死なないでよ! 約束だから!」


俺の返事も待たず、ユウキは白衣を翻し、顔を真っ赤にして足早に廊下の向こうへと走り去っていった。


俺はその後ろ姿が完全に視界から消えるまで、呆然と見送っていた。


「……やれやれ。相変わらず素直じゃねえガキだぜ」


俺は小さく笑い、愛する家族たちが待つ船へと足を踏み出した。


                   ◇


【視点:ローズマリー】


ベレット様が作戦会議に出られている間、わたくしはブリッジの片隅で、ナビィさんと密かに会話をしていた。


周囲に他の気配がないことを、わたくしの鋭敏な感覚で入念に確認しながら。


「ナビィさん、これを」


わたくしは、高度な暗号化が施された小さなデータチップを、ナビィさんの冷たい手にそっと握らせる。


「先ほどの作戦会議で提示された、コスモノイド解放戦線が持つ情報……。あれにはいくつか、重大な食い違いがあるはずですわ。特に、研究所内部の警備体制の詳細と、施設の構造データについて」


裏社会のネットワークを駆使して手に入れた「真実」のデータ。


「あなたの卓越した解析能力で、このチップの情報を、我々の作戦データに『オーバーライト』しておいていただけますか?」


「承知いたしました、ローズマリーさん」


ナビィさんは一瞬、驚きに琥珀色の瞳を見開いたが、すぐにいつもの冷静さで静かに頷いた。


「データの照合、及び、作戦情報データベースのアップデートを実行します。しかし……この機密性の高い情報は、一体どこから?」


「ふふ、それは淑女の秘密ですわ」


わたくしは仮面の下で嫣然と微笑んでみせた。


「ナビィさん。このことは、まだベレット様には内密にお願いいたしますわね。あの方は真っ直ぐすぎるがゆえに、余計な心配や疑念を抱かせたくありませんの。ただでさえ、あの方は多くのものを背負いすぎていらっしゃるのですから」


「理解いたしました。秘密は厳守いたします」


ナビィさんは静かに、力強く頷いてくれた。


彼女もまた、AIでありながら、ベレット様を心から案じる大切な「クルー」の一員。


「ええ。ベレット様のためにも、最善を尽くしましょう」


わたくしはブリッジの窓の外に広がる、不気味なほど静かで冷たい星々の海を見つめました。


                    ◇


【視点:ユウキ・ニシボリ】


「絶対、絶対に死なないでよ! 約束だから!」


気がつけば、あたしはそんな恥ずかしい言葉を叫んで、ベレットに背を向けて全力で走っていた。


廊下の角を曲がり、彼から見えなくなったところで、たまらず壁に背中を預けてへたり込む。


「……っ、あたしのバカバカバカ!」


胸が信じられないくらい、ドクドクと音を立てている。


顔が熱い。


絶対に真っ赤になっているはずだ。


手の中にある、年季の入ったメモ帳を強く握りしめる。


そこには、彼が教えてくれたヴァルキリーの改善点が、あたしの乱れた文字でびっしりと書き込まれていた。


父さんが遺し、あたしが完成させようと足掻いていた夢。


その足りなかった「最後のピース」を、他でもない彼が、あんなにも的確に、真剣に埋めてくれたのだ。


『とんでもねえ可能性を秘めてるぜ』


彼の低くて少し荒っぽい声が、耳の奥で何度もリフレインする。


自分の全てを肯定されたような、不思議な安心感が胸を満たした。


「……はやく、ヴァルキリーへフィードバックしなくちゃ」


あたしはメモ帳を抱きしめ、軽やかな足取りで自室へと向かう。


「これなら、あの美しい翼に、もっと近づけるかもしれない!」


基地に危機が迫っているというのに、あたしの顔は不謹慎にも緩んでいた。

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