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第74話 紅蓮の覚悟、血と炎のドレス。

【視点:ローズマリー】

スターダスト・レクイエム号の喧騒から完全に隔絶された、わたくしの私室。


柔らかな間接照明の下で、わたくしはまるで獲物を待つ蜘蛛が巣を張るかのように、黙々と、見えざる情報を手繰り寄せていた。


部屋には、わたくしが好む濃厚で甘美な薔薇の香りと、高性能な情報端末が発する微かなオゾンの匂いが混じり合い、独特の空気を醸し出している。


眼前に浮遊する複数の半透明なホログラムディスプレイ。


青白い光を放つそこに映し出されているのは、コンドル王立研究所の極めて詳細な三次元構造データ。


幾重にも張り巡らされたセキュリティシステムの回路図。


予想される警備兵力と、その巡回パターン。


そして、ハッキング技術と、裏社会に張り巡らせた独自のネットワークを駆使し、深い深い闇の底から掬い上げた、過去の研究データや職員の個人情報。


あらゆる情報を精査し、侵入経路、脱出ルート、敵の迎撃パターンを構築する。


起こりうる全ての不測の事態を想定し、その裏の裏までを読む。


それらを、感情を一切交えずに冷徹なまでに正確にシミュレートしていく。


それは、未来という名の複雑怪奇なパズルを一つ一つ丹念に組み立てていくような、孤独で、骨の折れる作業。


ハッキングによって辛うじて復元したデータの断片から、わたくしは既に『星の遺産』の研究データの保管場所についても、確度の高い目星をつけていた。


……やはり、腑に落ちませんわね。


仮面の下で、細く息を吐いた。


あのシスター・ミンクスが提示した作戦計画。


そして、このコスモノイド解放戦線という組織が提供してきたデータ……。


あまりにも、わたくしたちにとって『都合が良すぎる』箇所がいくつもありますわ。


いくら完璧なシミュレーションを重ねても、胸の奥でチリチリと鳴り続ける警鐘のような胸騒ぎは、決して消えることはない。


解放戦線が掴んでいるとされる情報は、明らかに古い。


あるいは、誰かによって意図的に歪められている可能性が高いですわ。


あのシスターの背後にいる正教会も、決してフォワードへの祈りだけで動くような、清廉潔白な組織ではないはず……。


この作戦には、巧妙に仕掛けられた巨大な罠が潜んでいる。


甘い蜜の香りに誘われて破滅へと向かうような、名状しがたい嫌な予感が、わたくしの肌を粟立たせる。


ベレット様は、お優しい。


だからこそ、騙されやすい。


わたくしはディスプレイから視線を外し、傍らに置かれた愛用の武器へと手を伸ばした。


流線型で、女性の手にも馴染むようにデザインされた、カスタムメイドの大口径ピストル。


鞘の中で鈍く鋭利な光を放つ、特殊合金製のコンバットナイフ。


わたくしはそれらを、まるで愛しい恋人の肌を確かめるかのように、滑らかな布で丁寧に入念に磨き上げていく。


冷たく硬質な金属の感触。微かに漂うガンオイルの匂い。


「ブラッディ・ローズ」として、わたくしの命を繋いできた冷徹な相棒たち。


それが、わたくしの昂ぶりかけた神経を静かに鎮めてくれる。


これは、来るべき死線への覚悟を固めるための、わたくしだけの静謐な儀式。


そして、わたくしはクローゼットの奥から、この任務のために特注で用意していた一着の戦闘服を取り出した。


それは、凝固した血のように深い、艶やかな深紅。


身体のラインを第二の皮膚のように強調する、特殊繊維製のタイトスーツ。


もはや、単なる衣服ではない。


わたくしの未来への覚悟を象徴する、血と炎のドレス。


その滑らかな生地の感触が、指先から全身へと、決意の熱を伝えていく。


胸の奥底で、トクン、と熱いものが跳ねます。


それは、誰にも言えない甘く切ない乙女の感情。


ベレット様への、狂おしいほどの思慕。


わたくしは、彼のためならば、何度でもこの手を血に染めることができる。


その燃え上がるような想いを冷たい仮面と装甲の下に押し隠し、わたくしは再び格納庫へと向かった。


愛機『クリムゾン・ローゼス』の最終調整。


その真紅の機体はわたくし自身の分身であり、戦場を舞うための美しくも凶悪な翼。


そして、死地を駆け抜けるための、神速の脚。


機体の背部には、小型の救助用カプセルが新たに搭載していた。


仲間の誰かが危機という名の深淵に堕ちた時、必ずその手を掴み、引き上げるための、わたくしなりの「保険」。


ふと、格納庫の隅で小さな影が動くのが視界に入った。


「もうっ、ナビィ! このボルト、固くて回らないわよ!」


「ミューさん、力任せではネジ穴が潰れます。適正なトルクを維持してください」


ミューが、ナビィにあれこれと指示されながら、不器用な手つきで一生懸命にスターゲイザーの調整作業を手伝っている。


純白の頬に黒いオイルをくっつけて、プンプン怒りながらも、そのラピスラズリの瞳は真剣そのもの。


そのどこか健気で、危うげで、ひたむきな光景に、わたくしの仮面の下の唇に、ほんの一瞬だけ、慈しむような微笑みが浮かんだ。


……守らなければ。


わたくしは心の中で、静かに、しかし鋼の意志で誓いました。


あの子の眩しい笑顔も。


そして、わたくしの愛しい、愛しいベレット様の未来も。


ですが、その温かい微笑みはすぐに消え去り、氷のような冷徹な覚悟の色へと変わる。


仮面の下で燃えるその決意の炎は、誰にも見せることのない、わたくしだけの孤独な輝き。


わたくしは血塗られた薔薇。


主君の道を阻むあらゆる悪意と棘を、この手で、根こそぎ刈り取る者。


作戦決行の時は、すぐそこまで迫っていた。

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