第73.5話 憎むべき敵の背中。アタシが夢見た戦乙女
【視点:ユウキ・ニシボリ】
格納庫の片隅で、モニターに映し出される光景を前に、あたしはただ言葉を失い、立ち尽くしていた。
「すごい……!」
震える声が口からこぼれ落ちる。
信じられない。
あの『ヴァルキリー・ストライカー』は、まだOSの最終チューニングすら終わっていない、未完成の機体なのだ。
並のパイロットなら、まともに歩かせることすら難しいはずなのに。
それなのに、機体はまるでパイロットの魂と完全に同調しているかのように、想像を遥かに超えた限界駆動で空を舞い、敵を次々と屠っていく。
流麗な機動。
一切の無駄を削ぎ落とした、正確無比な射撃。
父の遺志を継ぎ、あたしが血を吐くような思いで組み上げた計算式が、今、三次元の宇宙空間で完璧な「暴力の美学」として体現されている。
それは、あたしが夢見ていた……いや、あたしの想像すらも凌駕した『ヴァルキリー・ストライカー』の、真の完成された姿だった。
「ヴァルキリーが……あんな風に、歌って踊るように戦っている……!」
操縦桿を握っているのは、ベレット・クレイ。
父を殺した憎きコンドル王国の元軍人。金のためなら何でもする、血も涙もない宇宙海賊。
最低のクズ。
そう思っていた。
さっきまで、本気で軽蔑しきっていたのに。
……なんでよ。
モニター越しに暴れ回る白銀の機体を見つめながら、まだあの時の感触が熱く残っていた。
瓦礫が崩れ落ちてきた瞬間、躊躇うことなくあたしを庇い、押し倒したあの重み。
土煙とオイルの匂いがする、大きくて、分厚い背中の温かさ。
激痛に顔を歪めながらも、「身体が勝手に動いた」と、不敵に笑ってみせたあの顔。
彼が放つ、荒々しく野性的で、しかし抗いがたいほどに惹きつけられる強いオーラ。
憎むべき敵のはずなのに、神業的なまでの操縦技術で空を駆ける彼の姿から、どうしても目が離せない。
胸の奥で、設計者としての無上の誇りと、一人の人間としてのどうしようもない憧憬が、熱くドロドロに入り混じって溶けていくのを感じていた。
……悔しいけど。
この機体を、ここまで完璧に乗りこなせるパイロットなんて……他にいない。
コンドル王国軍の威力偵察部隊は、彼の駆るヴァルキリーの前では単なる的でしかなかった。
精鋭であったはずの編隊は為す術もなく次々と撃墜され、その残骸は宇宙の漆黒の塵となって消滅していった。
ものの数分。
あまりにも一方的で、圧倒的な蹂躙劇。
戦いの後。
ベレットはヴァルキリーを、まるで長年連れ添った自分の愛機のように悠々と、そして優雅に格納庫へと帰還させた。
信じられないことに、機体にはかすり傷一つついていない。
オーバーヒートの兆候すらない。
基地の隊員たちは、その悪魔的で完璧な操縦技術に、ただ呆然と感嘆の声を上げるしかなかった。
プシュウウッ、と排気音を立ててコックピットハッチが開く。
彼がステップを降り立つ。
その表情には一切の疲労の色も、気負いもなかった。
ただ静かに、自分の仕事を終えた職人のような、自信に満ちた眼差しで周囲を見渡した。
背後には、彼が成し遂げた戦果の証として、未だ燻る敵機の残骸が遠くの空に小さく見えていた。
乱れた赤毛。
鋭い剃刀のような瞳。
あたしは、無意識のうちに自分の白衣の胸元をきゅっと握りしめていた。
うるさいくらいに、心臓が跳ねている。
その横顔は……悔しいくらい、信じられないくらい、綺麗だった。




