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第72話 白銀の使者、抵抗の砦への招待

アンドロメダ正教会の胡散臭い「祝福」とやらをたっぷりと積み込み、俺のスターダスト・レクイエム号はポート・リバティの喧騒を後にした。


オーバーホールされた古びた翼は、気味が悪いほど滑らかに駆動している。


目指すは、星屑の海に隠されたコスモノイド解放戦線の秘密基地。


艦内には、決意と不安、そして未知の勢力への警戒が入り混じった、ひりつくような熱気が漂っていた。


「……ワープアウトするぞ。舌を噛むなよ」


亜空間(ワープスペース)の歪んだ光の回廊を抜け、船は通常空間へとその姿を現した。


指定された座標、スペクトラム宙域。


そこは「星々の墓場」と呼ばれる場所だ。


大小無数の岩塊と、過去の戦争が残した宇宙の(デブリ)が永遠に漂い続ける、完全な静寂と虚無が支配する死の宙域。


その重苦しい静寂を破ったのは、ナビィのけたたましい警告音だった。


『……! マスター! 前方宙域より、識別不明の熱源体が急速接近中! これは……速すぎます!』


ナビィの声に、AIらしからぬ明確な動揺が混じっていた。


ブリッジのメインモニターに、一点の白い光点が映し出される。


彗星のような速度で、一直線にこちらへ向かってくる。


デブリの海を、まるで障害物など存在しないかのようにドリフト気味にすり抜けるその機動。


「なんだと……!? デブリ帯でこのスピードだと!?」


俺は反射的に操縦桿を握りしめ、スターゲイザーの射出スタンバイに手を入れた。


スターゲイザーのフルスロットルにも匹敵する、常軌を逸した神速。


ミューとローズマリーもそれぞれのコンソールに付き、艦内に戦闘前の極限の緊張が走る。


だが、その白い機影――流線型の装甲を持つ高機動スペースロボットは、俺たちの船の鼻先、指呼の間で、物理法則を無視したかのようにピタリと静止した。


スラスターの逆噴射すら見せない、完璧な姿勢制御。


……とんでもねえ機体だ。


謎めいた白い翼から、通信回線が開かれた。


『こちら、コスモノイド解放戦線、第7独立機動部隊所属、ユウキ・ニシボリ。貴艦が宇宙海賊ベレット・クレイの船、「スターダスト・レクイエム号」で間違いない?』


スピーカーから聞こえてきたのは、拍子抜けするほど感情の起伏がない、少女の平坦な声だった。


「ああ、俺がベレットだが」


俺は操縦桿から手を離さず、警戒を解かずに応じた。


「お前がコスモノイドの迎えか?」


『そうよ。シスター・ミンクスから、あんたたちのことは聞いている』


ユウキの声は、ひたすらに冷ややかだった。


『あと、カシム司令が直接会って話がしたいと仰せよ』


「カシム司令……? 解放戦線のトップがか?」


『詳しくは会ってから話すわ。あたしについてきなさい。基地へ案内する』


一方的にそれだけを言い放つと、通信はぷつりと切断された。


「おい! ちょっと待て! 勝手に切りやがって……!」


モニターに向かって悪態をつくが、応答はない。


白いスペースロボットは、一切の無駄のない動きでクルリと背を向け、複雑に入り組んだ小惑星帯の闇の奥深くへと先行していく。


『マスター。どうなさいますか? あの機体を追跡しますか?』


ナビィが冷静さを取り戻し、判断を仰いできた。


「……仕方ねえな」


俺はため息をつき、操縦桿を押し込んだ。


「罠の匂いもプンプンするが、乗りかかった船だ。ここは素直にあのガキの後ろを走るしかねえだろ。ナビィ、あの白い機体をロストするな。ただし警戒レベルは最大だ。いざって時は、全速力で尻尾を巻いて逃げるぞ」


スターダスト・レクイエム号は、蜘蛛の巣のように入り組んだ小惑星帯の中を進む。


センサーの目を欺く、絶妙なデブリの影を利用した航路。


長年、巨大な連合政府に抗い続けてきた抵抗組織の、泥臭い生存の知恵がそこにあった。


やがて一行は、巨大な小惑星の内部をくり抜いて作られた秘密基地へと到着した。


偽装された岩肌のハッチが開き、広大なドッキングベイへと導かれる。


そこには、形状も規格もバラバラな宇宙船や、整備中のスペースロボットが所狭しと並んでいた。


壁には自由を渇望するシンボルマークが描かれているが、漂う空気は鉄錆と、オイルと、そして焦燥感の混じった汗の匂いだ。


「ここが、コスモノイドの抵抗の砦……」


ミューが、初めて目にする本物の軍事拠点に息を呑んだ。


温室育ちのお姫様には、このむさ苦しい空気は毒が強すぎる。


「あらあら。装備の大半は惑星企業連合製の旧式、もしくは意図的にスペックを落とされたダウングレード版ですわね」


ローズマリーは冷静に、鋭い観察眼で機体の山を分析していた。


「武装も最低限の継ぎ接ぎだらけ。彼らもずいぶんと苦しい戦いを強いられているようですわ」


冷徹な分析の裏に、同情のような響きが混じる。


……ったく。


世間知らずの元令嬢に、裏社会の匂いが染み付いた訳ありのメイド、か。


俺は内心で頭を掻いた。


こんな物騒な場所に、コイツらを連れ込んじまった。


その事実が、俺の胃の腑を重くする。


何があっても、俺がコイツらを守らなきゃならねえ。


そのプレッシャーが、かつての孤独な賞金稼ぎにはない、厄介で愛おしい鎖になっていた。


タラップを降りると、そこには先ほどの白い機体から降りてきた少女が腕を組んで待っていた。


サイズの合っていない白衣。知的なフレームの眼鏡。黒髪のショートカット。


ユウキ・ニシボリ。


その翠緑色の瞳は、値踏みするように俺たちを冷ややかに見つめている。


「あたしがユウキ・ニシボリ。解放戦線、技術開発部主任」


名乗りながらも、その表情は能面のようだった。


「あんたがベレット・クレイね。……噂に聞いていた通りの、胡散臭くて、金に汚そうな顔をしているわ」


「んだとコラ」


「まあいいわ」


ユウキは俺を無視し、冷たく言い放った。


「カシム司令がお待ちかねよ。ついてきなさい」


案内されるまま、物資不足の影が色濃く漂う基地内部を進む。


格納庫の奥を通り抜けた時、俺の足がピタリと止まった。


薄暗い一角に静かに鎮座する、一体の白銀のスペースロボット。


それは、先ほどのユウキの白い機体とは次元が違った。


無骨な兵器の群れの中で、それだけが異質な「芸術品」のような神々しさを放っている。


流麗な空気力学を極限まで追求したであろう装甲のフォルム。


プラチナの輝きを放つボディには、電子の脈動を示すシャープな青いラインが走り、背部には、空間そのものを切り裂くような可変式の大型スラスターユニットがマウントされていた。


……すげえ。


あれなら、重力圏だろうが宇宙(そら)だろうが、最高のスピードで駆け抜けられる。


どんなバケモノエンジン積んでやがるんだ……?


パイロットとしての血が騒ぐ。


「おい、あれは……?」


「開発中の新型機よ」


俺の視線に気づき、ユウキが冷たく間に割って入った。


「あんたには関係ない。……見るな」


その声には、機体への異常なほどの執着と、強烈な拒絶が滲んでいた。


しばらく歩き、一行は基地の中枢である司令室へと通された。


壁一面の大型モニターには、リアルタイムの星図と戦況データが流れている。


中央の司令席から、一人の壮年の男が立ち上がった。


歴戦の勇士が持つ深い知性と、人を惹きつけるカリスマ性を湛えた男。


コスモノイド解放戦線の指導者、カシム司令だった。


「よくぞ来てくれた、ベレット・クレイ君」


カシム司令は温和な笑顔を向け、両手を広げた。


「私がカシムだ。君の武勇伝はこの辺境の宙域にまで轟いているよ、『白銀の流星』。まさか君のような伝説の男と、こうして共に戦える日が来るとはな。心から歓迎しよう」


「伝説、ねえ。買い被りすぎだぜ、司令官」


俺はカシムの食えない笑顔に警戒心を解かず、突き放すように言った。


こういう、大義名分を背負った「いい顔」をする大人が一番厄介なんだ。


「俺はただの、金で動くしがない賞金稼ぎだ。あんたらの高尚な『自由』だの『解放』だのって御題目に、命を賭けて付き合うつもりは毛頭ねえ。今回の協力は、あくまでアンドロメダ正教会との契約……ビジネスだ。それ以上でも、それ以下でもねえよ」


「ふっ……それで結構」


カシム司令は、俺の不遜な態度をむしろ好ましく思ったかのように、鷹揚に頷いた。


「我々も君のその確かな『腕』を借りたいだけだ。目的は違えど、コンドル王国の暴走を止めるという一点において、利害は一致している。それで十分だろう」


彼は席に戻り、真剣な眼差しに切り替わった。


「作戦決行は、6日後を予定している。それまで、我々の貧しい基地ではあるが、ゆっくりと羽を休めてくれたまえ。君たちの大切な船とクルーにも、可能な限りの便宜を図ろう」


6日後。


銀河の命運を懸けた、狂気の研究所への潜入作戦。


俺は小さく息を吐き、傍らに立つミューとローズマリーをチラリと見た。


……やるしかねえな。


俺は司令の申し出を薄く笑って受け入れ、ひとまずこの泥臭い抵抗の砦で、嵐の前の休息を取ることにした。

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