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第71話 暁の決断と不穏なる祝福

ポート・リバティに、人工灯の柔らかな朝の光が降り注ぐ。


夜明け前の青みがかった薄闇の中、宇宙港の巨大なドックは、金属とオイルの匂いを漂わせながら、静かに息づいていた。


俺の肺を満たす、鉄錆と硝煙の入り混じったこの匂い。


底辺を這いずる賞金稼ぎには、神の教会の香よりもしっくりくる。


昨夜、甲板の上で交わした、星屑の下での静かな対話。


俺の腕の中に残るミューの温もりと、彼女が語った過去の記憶。


そして、己の心の奥底に重く横たわる、アルベルト、リリーナ、そして自分自身への複雑な感情。


俺は短い眠りの中でそれらの断片と向き合い、そして、一つの重い覚悟を決めていた。


ブリッジのキャプテンシートに深く腰を沈め、メインモニターを見つめる。


ミンクスから渡された小型通信機。


掌にあるその冷たく硬質な感触は、これから俺が足を踏み入れる「地獄」の冷たさそのものだった。


俺は回線を開いた。


「……ミンクスか? 俺だ。昨日の依頼の件だが」


一瞬言葉を切り、深く息を吸い込む。


迷いはねえ。


「引き受ける。そのふざけた依頼、このベレット・クレイがきっちり片付けてやる」


いつもの軽薄な賞金稼ぎを装ったが、声には自分でも驚くほど、鋼のような響きが込められていた。


通信機の向こうで、ミンクスが安堵の息を漏らすのが微かに聞こえた。


『ありがとう、ベレット!』


彼女の声は弾んでいた。


待ち望んでいた答えを得た少女のように、純粋な喜びが溢れている。


『あなたなら必ずそう言ってくれると信じていたわ! アンドロメダ正教会を代表して……いえ、このミンクス個人として、心から感謝するわ!』


「礼なんざいらねえよ」


俺は照れ隠しのように、ぶっきらぼうに吐き捨てた。


正義感で動いてるわけじゃねえ。


俺はただ、俺の船に乗せた「仲間」を守りたいだけだ。


「だがな、今は万全の準備ってもんが必要だ。俺の船も、スターゲイザーも、前の戦闘でスクラップ寸前のボロボロでな。このままじゃ研究所に辿り着く前に、コンドルの犬どもに星屑にされちまうぜ」


『心配いらないわ、ベレット』


ミンクスの声は、すぐにいつもの悪戯っぽい響きを取り戻した。


『そのための準備は、こちらで抜かりなく進めているわ。今すぐ、補給物資と修復のための特殊合金パーツ。そしてあなたのためのちょっとした『プレゼント』もお届けする予定よ。もちろん費用は全て、我らがアンドロメダ正教会持ち。聖女ナナリー様からの、ささやかな『祝福』よ』


手厚すぎる申し出だ。


この銀河の鉄則。タダより高いものはない。


餌がデカければデカいほど、釣り針は太く、深く喉元に突き刺さる。


だが、今の俺たちに選択肢はない。


「……話が早くて助かるぜ」


通信を切ると、俺はナビィを呼んだ。


「ナビィ、聞いた通りだ。必要な物資リストの作成と、ドッキングベイでの受け入れ準備を頼む」


『了解いたしました、マスター。直ちに手配を開始します』


ナビィの淀みない返事。


いつだって俺の要求に完璧に応えてくれる、最高の相棒だ。


コイツの論理的な思考回路だけが、今の俺の熱くなりすぎた頭を冷やしてくれる。


俺はキャプテンシートから立ち上がり、重い足取りで仲間たちが待つラウンジへ向かった。


                 ◇


ラウンジにて、俺は依頼受諾の決断と、アンドロメダ正教会からの全面的なバックアップについて簡潔に説明した。


「というわけで、これから正教会からのバックアップを受ける。資金と物資の心配はなくなった。状況は、少しだけマシになるかもしれねえな」


「わかったわ」


ミューは一瞬安堵の息を漏らし、俺の横顔を見つめていた。


そのラピスラズリの瞳には、一切の疑いもない、無防備なほどの信頼が映し出されている。


……そんな真っ直ぐな目で見るな。


「アンドロメダ正教会の支援……どこまで介入してくるか、見物ですわね」


ローズマリーは仮面の下で静かに状況を分析しているようだった。


コイツのこういう冷めた視点は、嫌いじゃない。


『マスター。依頼受託確認。現在、ドッキングベイにアンドロメダ正教会の輸送船が接近中です。どうやら彼らの『祝福』は、本物のようです』


「そうか。ミンクスの冗談では無かったみてえだな」


                 ◇


しばらくして、スターダスト・レクイエム号のドッキングベイに、漆黒のスポーツビークルが、滑るように到着した。


ドアが開き、現れたのは、清廉潔白さを象徴するアンドロメダ正教会のシスター服に身を包んだ、ミンクスだった。


自ら補給作業の指揮を執るためにやってきたらしい。


その手にはデータパッドと、厳重なセキュリティで保護された高価なトランクが握られている。


彼女の放つオーラは、清廉であると同時に、見る者に底知れぬ深みと計算された優雅さを感じさせた。


「……! あ、あの時の! エリュシオン・タワーで私たちを助けてくれた、親切なシスター!?」


ミューが驚きの声を上げる。


ラウンジに招かれたミンクスは、完璧なまでに丁寧な言葉遣いと、慈愛に満ちた笑顔で深々と頭を下げた。


「皆さん、この度は我らが聖女ナナリー様の崇高なる依頼を受けてくださり、心より感謝申し上げます」


その仕草はどこまでも優雅で、非の打ち所がない。


だが、俺の前まで来ると、彼女はふっとその完璧な仮面を外し、昔馴染みの少し砕けた、親密な口調に戻った。


「それにしてもベレット。本当によく引き受けてくれたわね。正直、断られるかと思っていたわ。あなたがいてくれれば百人力。ううん、千人力よ!」


ミンクスはそう言うと、親しげに俺の腕に、自身の柔らかな手をそっと絡ませてきた。


胸の膨らみが腕に当たる。


……おいおい、わざとやってねえか、コレ!?


「……! な、なによあのシスター! 馴れ馴れしい! ベレットに気安く触らないでよ!」


背後から、凄まじい殺気が放たれた。


振り返らなくてもわかる。


ミューのラピスラズリの瞳が、嫉妬の青い炎をごうごうと燃え上がらせている。


女同士のバチバチとした空気が、狭いラウンジの酸素を薄くしていくようだ。


ミンクスはミューの殺意に気づきながらも、意に介さない様子で嫣然と微笑み返した。


女ってのは、本当に恐ろしい生き物だ。


その後、支援作業はテキパキと、信じられない速度で進行していった。


ミンクスはデータパッドを操作し、次々と運び込まれる膨大な補給物資の精密なチェックを行う。


そしてナビィとシームレスに連携を取り、俺の愛機「スターゲイザー」への特殊パーツの組み込みと機体調整の指揮を執った。


正教会の支援はまさに破格だった。


船の傷は最新鋭技術で完全に修復され、スターゲイザーには以前とは比較にならないほどの最新鋭の装備が施されていく。


軍の特務部隊が使うような代物が、ポンポンと運び込まれてくる。


……これだけの金と物資を動かせる権力。


正教会ってのは、想像以上にキナ臭い組織のようだな。


全ての準備が驚くべき速度で一段落したところで、ミンクスは改めてブリッジに集まった俺たちに、次の段階について説明を始めた。


「さて、準備は整ったようですね。では次のステップに移ります。まずは、この作戦の協力者である『コスモノイド解放戦線』と合流していただきます」


彼女はメインディスプレイに、小惑星帯の座標と秘密基地のデータを表示させた。


「彼らの協力を得て、コンドル王立研究所への最も安全かつ確実な潜入ルートを確保する手筈となっています。ナビィさん、航路データおよび彼らとの合流プロトコルは先ほど転送しておきました」


『はい、受信確認済みです。目的ポイント【スペクトラム】へ航路設定、完了いたしました』


ナビィの冷静沈着な声がブリッジに響き渡る。


いよいよだ。後戻りはできねえ。


俺はキャプテンシートに座り直し、スロットルに手をかけた。

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