表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/96

第69話 星屑のブレスレット、魂の共鳴と決意の炎

アンドロメダ正教会の地下基地を後にした俺の足取りは、鉛のように重かった。


ポート・リバティの喧騒が遠く感じる。


ミンクスから託された依頼。


銀河の運命を左右するという、あまりにも重すぎる現実。


6億クレジットの依頼。


そんな大層なモンより、俺の魂を蝕むのは――過去の亡霊だ。


……リリーナ。


脳裏に蘇る、陽光のような眩しい笑顔。


そして、それを無慈悲に塗りつぶす冷たい雨と、鉄錆の臭い。


あの柔らかな感触、甘い香り、囁き。


あの日、守ると誓ったはずの存在を、守れなかった無力感。


仲間だと信じていた者たちからの、裏切りという名の冷たい刃。


そして、何もできずに、ただ絶望の淵に立ち尽くすしかなかった、自分自身への消えることのない怒り。


それらが、消えない烙印となって、心の奥底に深く刻み込まれている。


だからこそ、金に執着した。


金という、冷たく裏切らない、絶対的な力に。


金さえあれば、何も失わずに済む。


金だけが、孤独を埋め、痛みを麻痺させる、唯一の麻薬だった。


そう(うそぶ)いて、孤独という鎧で身を固めて生きてきたはずだった。


だが今は……違う。


ミュー。ローズマリー。ナビィ。


いつの間にか、金じゃ買えない「仲間」が増えちまった。


彼女たちの屈託のない笑顔。


他愛ない会話。


そこに流れる、不器用だが、確かに存在する温かい空気。


この依頼を受ければ、俺はあいつらを地獄の最前線へ連れて行くことになる。


この温もりは、いつかまた、俺の手からこぼれ落ちる砂なんじゃないか?


俺は……また、繰り返すのか?


          ◇


スターダスト・レクイエム号に戻った頃には、空は茜色に染まっていた。


ハッチをくぐると、ラウンジから銀鈴のような笑い声が聞こえてくる。


その明るさが、今は眩しすぎて、直視できない。


「おかえりなさい、ベレット! もう、遅かったじゃない! どこほっつき歩いてたのよ!」


ラウンジに入ると、新しい淡いブルーのワンピースに身を包んだミューが駆け寄ってきた。


真珠色の髪が揺れ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


その瞳は一点の曇りもなく、俺を映していた。


……クソッ。そんな目で見んなよ。


「ああ、わりぃ。ちょっと野暮用でな」


「ふーん? まあいいわ。それよりね、ベレット。これ見て! あなたにプレゼント!」


ミューは背中から小さな箱を取り出し、少し照れくさそうに差し出した。


中には、星屑の細工が施されたシルバーのブレスレット。


「見て! これ!」


彼女は自分の左手首を掲げて見せた。


そこには、同じブレスレットが輝いている。


「ね? お揃いなの! ポート・リバティの素敵なお店でで見つけたのよ。お互いにこれをつけていれば、たとえ遠く離れていても、私たちの心はいつでも繋がっていられる気がして……」


頬を赤らめ、上目遣いで俺を見る。


その純粋な想いが、俺の胸を熱くし――同時に、残酷な現実を突きつける。


この「絆」こそが、俺を縛り、俺を弱くする最大の鎖だ。


だが、その鎖はあまりにも心地よくて、振りほどくことができない。


「……ああ。まあ、悪くねえんじゃねえか…?」


「えーーーーっ!?なに、その心のこもってない反応は!?」


ミューが不満そうに唇を尖らせる。


「私が、ベレットのこと考えて、一生懸命、選んできたのに!もっと、こう、他に言うことないの!?」


だが次の瞬間、彼女の表情が凍りついた。


ラピスラズリの瞳が、翳りを帯びた。


フォワードの感応力か。


隠し事はできねえな。


「ベレット……? どうしたの? 何かあったのね?」


「……」


ローズマリーとナビィも、会話を止めて俺を見つめている。


俺は観念して、深く息を吐いた。


ミンクスから受けた依頼を、一言一言、噛み締めるように、打ち明けた。


コンドル王立研究所への自殺行為にも等しい潜入。


銀河の禁忌、『星の遺産』に関するデータの奪取。


アルベルトの狂気に満ちた野望。


そして、それが、この銀河全体を、取り返しのつかない破滅へと導くかもしれないという、絶望的な危機。


「…というわけだ」


すべてを話した上で、俺は告げた。


これが、俺ができる精一杯の「守り方」だと信じて。


「この仕事はあまりにも危険すぎる。成功率はゼロに近い」


俺はあえて冷たく突き放した。


「だから――これは俺一人で片をつける。お前らはここで待ってろ。足手まといだ」


その瞬間。


「ふざけないでっ!!ベレット!!」


ミューの叫びがラウンジを切り裂いた。


その瞳に涙を溜めながら、彼女は俺を睨みつけた。


恐怖を怒りでねじ伏せた、戦士の目だ。


守られるだけのか弱い少女は、もうそこにはいなかった。


「一人で行くなんて、そんなこと、絶対に、絶対に許さないわ!アルベルトは、私から、大切な指輪を奪った、許せない相手よ!コンドルの連中に、このまま好き勝手させるわけにはいかない!私も、戦う!あなたを、絶対に、一人になんてさせないんだから!」


「ミューの言う通りですわ、ベレット様」



ローズマリーも一歩前に出る。


「わたくしも、あなた様だけを死地に送り出すことなどできません。たとえ地獄であろうと、どこまでもお供いたしますわ」


「マスター。私も、この船のナビゲーターとして全力でサポートいたします」


三人とも、引く気配は微塵もなかった。


俺の「命令」なんて、コイツらには端から通用しねえってことか。


「……お前ら、本気で言ってんのか? どんな仕事よりも、桁違いに危険なんだ!死ぬかもしれねえんだぞ!?」


「覚悟の上よ! 私たちはもう、ただ守られているだけの存在じゃない! 今度は私たちがベレットを守る番なの!絶対に、守ってみせるんだから!」


ミューの言葉が、俺の胸に突き刺さる。


……参ったな。


いつの間にか、こんなにも強くなりやがって……。


「ええ、ベレット様」


ローズマリーは、静かに俺の手を取った。


「わたくしたちを、信じてくださいまし。我々は、あなた様の、クルーなのですから」


俺は、本当に、コイツらの想いを、受け取る資格はあるのか?


ゆっくりと目を閉じた。


自問自答の重みが、全身を覆い尽くす。


リリーナの死。


その全てが生々しい赤い血の色と、全てを洗い流すかのような冷たい雨の音に塗り替えられた、あの絶望の日。


トラウマが消えたわけじゃない。


だが、この温かい場所を、俺自身の手で遠ざけることこそが、一番の間違いなのかもしれない。


「………しょうがねぇな」


俺は頭をガシガシと掻き、息を吐いた。


腹を括るしかねえ。


「だが、約束しろ。絶対に、無茶はするな。そして、俺の指示には、必ず従え。それが、この依頼を受ける条件だ」


「……! うんっ! 約束する!絶対に、あなたを守ってみせるわ!」


ミューが満面の笑みで頷く。


「御意に。このローズマリー、必ずや、ご期待に応えてみせますわ」


「マスター。私も、このスターダスト・レクイエム号の、そして、皆さんのナビゲーターとして、この身の持つ全ての機能を行使し、全力で、サポートいたします」


ローズマリーも、ナビィも頷いた。


その笑顔を守るためなら、俺は何度だって修羅になれる。


俺は左手首のブレスレットを握りしめた。


冷たい金属の感触。


だが、そこには確かな熱がある。


もう、逃げねえ。


今度こそ……。


俺は心の中で誓った。


亡きリリーナと、目の前の仲間たちに。


この手にある「星屑」たちは、何があっても守り抜く。


たとえ、この銀河のすべてを敵に回したとしてもだ。


俺は、「白銀の流星」ベレット・クレイ。


その名に懸けて、必ず生きて帰ってやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ