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第68話 聖女の依頼報酬は6億クレジット。コンドル王立研究所へ潜入せよ

コスモコロニーの人工灯が、夜の闇から朝の柔らかな光へと切り替わる頃。


俺たちを乗せたビークルは、文化地区にあるアンドロメダ正教会に滑り込んだ。


白亜の尖塔が、フォワードへの祈りのように宇宙(そら)を指している。


早朝の冷気には、浄化されたような聖なる香の匂いが混じっていた。


……ケッ。


俺のような薄汚れた賞金稼ぎには、眩しすぎる場所だぜ。


「こっちよ」


ミンクスは正面の拝廊ではなく、苔むした裏口へと俺を導く。


人気のない礼拝堂を抜け、巨大なパイプオルガンの裏へ。


彼女が壁の装飾に触れると、ゴゴゴ……という重低音と共に隠し通路が口を開けた。


「おいおい、教会に隠し通路かよ。ますます胡散臭くなってきたぜ」


「アンドロメダ正教会は、あなたが思うよりもずっと奥が深いのよ」


ミンクスから茶目っ気が消える。


「さあ、こっちよ」


ひんやりとした石の階段を、一歩、また一歩と下りていく。


湿った空気と、カビの匂い。


そして、どこか鉄錆のような匂いが混じり合い、鼻腔をくすぐる。


その先に広がっていた光景に、俺は言葉を失った。


そこは、軍事要塞の司令部そのものだった。


壁一面を埋め尽くすホログラムディスプレイ。


飛び交う電子音。


無機質なオペレーターたちの声。


空気は、電子機器の発する熱と人間の緊張感で、重く淀んでいる。


神の教えとは程遠い、冷徹な情報の奔流。


「な、なんだここは? 教会の地下なのかよ?」


「ここは聖女ナナリー様直属の情報戦略センター。特殊任務部隊『ヘルメス』の拠点の一つよ」


ミンクスが振り返る。


その顔はもう、悪友のものではない。


一人の聖騎士の顔だ。


晴天の空色の髪が、基地の冷たい照明を受けて、硬質な輝きを放っている。


彼女は、背筋を伸ばし、冷静に説明した。


「表向きの、平和と慈愛を説く教会の顔とは違う、もう一つの顔。銀河の影と対峙するための『聖なる剣』」


コイツもまた、修羅の道を歩んでるってことか。


ミンクスがコンソールを操作すると、メインスクリーンに禍々しい紋章が浮かび上がった。


『星の遺産』。


そして、その在処を示す座標――コンドル星系。


よりによって、一番関わりたくねえ場所だ。


「ベレット。単刀直入に言うわ」


ミンクスの水色の瞳が、俺を射抜く。


「これは聖女ナナリー様から、銀河の未来を賭けた依頼よ」


背筋に冷たいものが走る。


「依頼内容は、コンドル王国の頭脳、コンドル王立研究所へ潜入し、そこに秘匿されている、『星の遺産』に関するデータを、奪取すること」


「……はあ!?」


俺は思わず声を荒らげた。


「コンドル王立研究所に潜入しろだと!? しかも『星の遺産』のデータを奪取!? ふざけるのも大概にしろ!あそこがどんな場所か、お前だって、元コンドルの人間なら、嫌というほど知ってんだろうが!」


鉄壁の要塞。


銀河最高峰のセキュリティ。


そして『星の遺産』――触れただけで魂ごと焼き尽くされかねねえ、超古代の禁断技術(オーバーテクノロジー)


そんなモンに手を出せば、窃盗罪どころじゃ済まねえ。


存在ごと抹消される。


「自殺志願者をお望みなら、他を当たってくれ!」


「ええ、分かっているわ。その危険性を誰よりも理解しているあなただからこそ、託したいのよ」


「買いかぶりすぎだ!」


「それほどまでに状況は切迫しているの」


ミンクスの声が悲痛な響きを帯びる。


「狂気の王子、アルベルト・フォン・コンドルが『星の遺産』を起動させようとしている。もしあの力が解き放たれれば、この銀河は永遠の闇に飲まれることになるわ」


「アルベルトが、星の遺産を、起動だと……?」


ディスプレイには、『星の遺産』とされる、美しくも、おぞましい脈打つようなフォワードエネルギー体の禍々しいシミュレーション映像が表示される。


それは、見る者の精神を蝕むかのような、冒涜的なまでの力の奔流だった。


「今の荒れているコンドル情勢を見りゃ、ヤツらが何かを企んでるのは、薄々感づいちゃいた。だが、そんな、銀河全体を巻き込むような話だったとは」


荒唐無稽な話だ。


だが、この設備の規模とミンクスの表情が、それが現実だと告げている。


「アルベルト王子の、その狂気の計画を阻止するためには、どうしても、『星の遺産』に関するデータが必要なの。それを解析し、対抗策を練り、そして来るべき決戦に備えなければならない!」


「だが、一人じゃ、どうにもならねえだろ!」


「ええ、分かっているわ。だからこそ、今、聖女ナナリー様は、水面下で志を同じくする協力者を、必死に集めていらっしゃるの。コンドル王国からの独立を望むコスモノイド解放戦線も、この件に関しては利害が一致し、我々と協力してくれる手筈になっているわ」


「コスモノイドまで、だと!?」


ますます話のスケールが、現実離れしていく。


俺の頭痛は増すばかりだ。


……勘弁してくれ。


俺は金のためなら、どんな危険な依頼も引き受けてきた。


それが、俺の矜持であり、生きる術だった。


だが、今回の依頼は、あまりにも、次元が違いすぎる。


「悪いが断る」


どこか力の抜けた声で言った。


「俺はそういう大層なことには、関わりたくねえんだ。銀河の平和だの、人類の未来だの。そんなもんは、知ったこっちゃねえ。俺は、ただの、しがない宇宙海賊だ。自分のケツは、自分で拭く。それだけだ」


俺は背を向けた。


これ以上関われば、戻れなくなる。


だが、足は、まるで鉛のように重く、動かなかった。


「報酬として」


ミンクスが、俺の背中に悪魔の囁きを投げかけた。


「6億クレジットを支払うわ。前金で1億。成功報酬で5億。……これでどうかしら?ベレット・クレイ?」


「ろ、6億……!?」


俺は反射的に振り返ってしまった。


その金額は、俺の金に汚れた魂を、鷲掴みにするのに、十分すぎるほどの魔力を持っていた。


6億。


今の俺の借金、5億クレジットを完済してもお釣りがくる。


自由。


新しい船。


ナビィへのプレゼント。


ミューに美味いものを食わせてやれる。


ローズマリーにまともな物資を用意してやれる。


今まで喉から手が出るほど欲しかった「自由」が、目の前にぶら下がっている。


いつもなら、尻尾を振って飛びついていただろう。


だが。


今の俺の脳裏に浮かんだのは、金の山ではなく――アイツらの顔だった。


ミューの屈託のない笑顔。


ローズマリーの優雅な澄ました顔。


ナビィの無機質な瞳。


アイツらとの、騒がしくて温かいつかの間の日常。


この依頼を受ければ、確実に死線を超えることになる。


生きて帰れる保証はない。


失敗すれば、俺だけでなく、アイツらまで巻き込むことになる。


俺が死んだら、アイツらはどうなる?


路頭に迷うか、あるいは……。


……クソッ。


どうしちまったんだ、俺は?


金のために命を張るのが俺の流儀だったはずだ。


いつからこんな甘っちょろい人間に成り下がっちまった?


守るべきものができるというのは、こういうことか。


臆病になる。


判断が鈍る。


だが同時に……アイツらの未来を守るためには、この金が必要だという事実も、重くのしかかる。


俺は唇を噛み締め、複雑な思いを飲み込んだ。


「……少し、考えさせてくれ」


「ええ、分かっているわ」


ミンクスの瞳には、同情の色が浮かんでいた。


「これは、命を賭けるに値する、あまりにも重い決断。すぐに答えを出せるはずもないでしょう。でも、残された時間は、少ない。どうか、よく考えて。そして、あなたのフォワードが導き出す、答えを聞かせてほしいの」


ミンクスは静かに頷き、小型の通信機を差し出した。


「これで、いつでも連絡が取れるわ。良い返事を、待っているわね、ベレット」


その声は、穏やかだったが、重い響きを持っていた。


俺は無言で通信機を受け取った。


ひんやりとした金属の冷たさが、掌に食い込む。


それはまるで、逃れられない運命の重さのようだった。


俺は深海に沈むような足取りで、光と影が交錯する地下基地を後にした。


かつてないほど重い「選択」を、その背中に背負わされたかのように。


……参ったな。


どっちに転んでも地獄だぜ。

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