第66話 聖なる重機関砲と戦友との再会
「ほほう? アンドロメダ正教会のシスターだと?」
ビギンは面白そうに、そして残虐に唇を歪めた。
その瞳には、弱者をいたぶる嗜虐的な光が宿っている。
「面白い! 実に面白いぞ! シスター風情がこの疾風のビギンに何ができようか! 風よ、切り裂け! 邪魔者は排除せよ!」
ビギンの両手から翠緑の閃光が迸る。
唸りを上げる真空の刃が、無防備なシスターへと襲いかかった。
……おい、待て!
あの距離じゃ避けられねえ!
だが、その必要はなかった。
「……!」
シスターは咄嗟に身を沈め、まるで舞踏のようなステップでそれを回避した。
風刃が背後の金属壁を深く抉り、火花を散らす。
その衝撃で、深く被っていたウィンプルがふわりと宙に舞った。
現れたのは、晴天の空を思わせる鮮やかな水色の髪。
そして、凛とした意志の強さと、深い憂いを帯びた水色の瞳。
俺は息を呑んだ。
時が止まった気がした。
その顔を、俺は知っている。
いや、忘れられるわけがねえ。
「……! お、お前、ミンクスか!?」
ビックサム学園時代。
血反吐を吐くような地獄の訓練を共にした、腐れ縁の同級生。
射撃の鬼才にして、学園時代のライバル。
まさかこんな星域を超えた場所で、しかもシスターの格好で再会するとは!
「シスターのくせに、なかなかやるではないか……!」
ビギンが苛立ち紛れに舌打ちした。
「だが、これで終わりじゃ! ヴァンAI全機、かかれ! あの生意気なシスターを八つ裂きにしてしまえ!」
ビギンのヒステリックな号令一下、待機していたロボットたちが一斉にミンクスへ襲いかかる。
プラズマブレードが唸りを上げ、死の包囲網が縮まる。
多勢に無勢。
マズい……!
いくらアイツが優秀でも、丸腰じゃあ……!
「させません!」
ミンクスは透き通った声で叫んだ。
その瞬間。
彼女の清楚な純白のスカートが翻り、ありえない質量の「鉄塊」が出現した。
ガチャン!
重厚な金属音。
それは、純白に塗装された、特大の実弾式大型重機関砲だった。
……はあ!? おいおい、嘘だろ!?
聖と俗、静と動。
あまりにもアンバランスで、神々しいまでに勇ましい立ち姿。
「……フォワードの御力よ、迷える子羊に鉄槌を」
祈りの言葉と共に、重機関砲が火を噴いた。
ドドドドドドドドン!!!
耳をつんざく轟音。
マズルフラッシュが廃墟を昼のように照らす。
放たれた大口径の炸裂弾が、エルフの流麗なロボットたちを次々とミンチに変えていく。
美しい装甲が紙屑のように舞い、オイルと火薬の匂いが充満する。
これが「聖なる力」だってんなら、地獄の業火の方がまだ可愛げがあるぜ。
「やるじゃねえか、ミンクス」
俺は呆気にとられながらも、口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「お前、シスターのくせに随分と手慣れてやがるな。どこでそんなモンぶっ放す練習してきたんだ?」
「これでも昔は、あなたと一緒に泥水を啜った仲よ。忘れた?」
ミンクスは激しい反動をものともせず、少し照れたようにはにかんだ。
その表情は、一瞬でシスターから「戦友」へと戻る。
「ああ、そういやそうだったな!」
俺もまた、リボルバーを構え直した。
懐かしい感覚が蘇る。
背中を預けられる安心感。
言葉はいらない。
あいつが右を撃てば、俺は左を撃つ。
「お前、昔から射撃の腕だけは教官も舌を巻くほどピカイチだったもんな!」
ミンクスの圧倒的な火力と、俺の正確無比な援護射撃。
二人の十字砲火の前に、ビギンの自慢の玩具たちは為す術もなく鉄屑へと変わっていった。
「くっ! おのれぇ! 覚えていろ、ベレット・クレイ! そして邪魔者のシスターよ!」
全滅した配下を見て、ビギンが地団駄を踏んだ。
プライドの高いエルフのお姫様には、我慢ならない屈辱だろうよ。
「次は必ずお主を妾の『所有物』にしてくれるわ! 妾の『夫』として、エルフの森に必ずや連れ帰ってくれようぞ! 覚悟しておれ!」
彼女は未練がましい捨て台詞を残すと、小型高速艇を呼び寄せ、疾風のように戦場から離脱していった。
「ハァ……ハァ……」
静寂が戻った廃墟で、俺はその場にへたり込んだ。
全身の筋肉が悲鳴を上げている。
やれやれ、嵐のような女だったな。
「なんとかなったみてえだな。それにしても『夫』って……アイツ、まだ本気で言ってやがるのか? 勘弁してくれよ」
エルフの森で軟禁生活?
冗談じゃねえ。
「相変わらずモテモテね、ベレット」
ミンクスは重機関砲を再びスカートの下へと収納しながら、俺に近づいてきた。
あの巨大な鉄塊が、まるで手品のように消える。
「助太刀に入ったのに、私がやられるところだったわ。ありがとう」
「そうか? 俺にはミンクス一人で十分だったように見えたがな」
俺は立ち上がりながら軽口を叩いた。
「それにしても、あのふざけたデカさの重機関砲、どうやってそのスカートの下に隠してんだ? 四次元ポケットでもついてんのか?」
物理的にありえねえだろ。
その細い腰のどこにそんなスペースがあるんだ?
「ふふっ」
ミンクスは悪戯っぽく、人差し指を艶やかな唇に当てた。
「それは秘密よ。アンドロメダ正教会の、ね」
その艶っぽい笑顔に、俺の心臓が不覚にもドキリと跳ねた。
昔よりいい女になりやがって。
シスター服なんて着込んでるが、中身は昔のままのじゃじゃ馬だ。
「さあ、行きましょう、ベレット」
ミンクスはすぐに聖職者の顔に戻り、俺を促した。
「こんな血生臭い場所に長居は無用よ。あなたに頼みたいことがあるの」
彼女の水色の瞳に、真剣な光が宿る。
嫌な予感がする。
「聖女ナナリー様からの、重要な依頼が」
「……聖女様からの依頼だと?」
俺は眉をひそめた。
海賊との決闘の次は、聖女様かよ。
ロデオ、ビギン、そして聖女。
泥沼から抜け出すどころか、深い聖なる迷宮へと迷い込んだらしい。
……ったく。
俺の前世は、どんな大罪を犯したってんだ?
俺は深いため息をつきながら、聖なる破壊者の後に続いた。




