表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/93

第65話 暴風の檻と白き聖女

「チッ、クソッたれが!」


俺は廃墟のビル内を獣のように駆けた。 背後で、コンクリートの柱が豆腐のように切り裂かれる音がする。


スペースロボットの高周波振動ブレードだ。


掠っただけでミンチにされる。


……ったく。


金持ちの海賊はこれだから嫌なんだよ。


高いオモチャを惜しげもなく使いやがって!


「冗談じゃねえぞ! あのクソアマ!」


俺は荒い息をつきながら、遮蔽物から遮蔽物へと飛び移る。


一瞬の隙を見て、ビギンに向けてリボルバーを連射した。


だが、弾丸は不可視の壁に阻まれ、虚しく弾け飛ぶだけだ。


……魔法使い気取りかよ。


鉛の弾が通じねえ相手ほどムカつくもんはねえ。


「クソッ……もったいねえが、これを使うか……」


俺は懐から、厳重に包まれた特殊マグナム弾を取り出した。


裏ルートで高値で仕入れた、対装甲用の虎の子だ。


これ一発で、俺の食費一週間分だぞ……。


外したら泣くぜ。


シリンダーに装填し、迫りくるロボットに狙いを定める。


バキン!


轟音と共に放たれた弾丸が、ロボットの胸部に直撃する。


だが――。


「チッ、かてえな!」


甲高い金属音と共に、弾丸は無惨にも弾き返された。


高分子セラミック装甲かよ。


戦艦並みじゃねえか!


俺は悪態をつきながら、即座に銃身を跳ね上げ、崩れた柱を蹴って宙を舞った。


その動きを読んでいたかのように、三機のロボットが一斉にプラズマライフルを斉射してきた。


ズバババッ!


青白い奔流が空間を焼き尽くす。


熱波が肌を焼くが、俺はその隙間を縫うように落下した。


正面からやり合っても勝ち目はねえ。


力押しで勝てないなら、頭を使うまでだ!


「おっと、そいつはおあずけだ!」


俺は落下しながら、別の特殊弾――高熱焼夷弾を装填する。


狙うは装甲の薄い関節部、膝裏の冷却フィンだ!


どんなに硬い鎧を着てても、継ぎ目はあるもんだ!


ズドン! ズドン! ズドン!


三連射。


吸い込まれるように命中した弾丸が、内部で化学反応を起こす。


シュウウウウウウ……ガアアアアアン!!


「よし! 一機、足止め!」


冷却パイプが誘爆し、ロボットが黒煙を上げて膝をつく。


俺は着地と同時に換気ダクトの陰に滑り込み、弾倉を交換した。 心臓が早鐘を打っている。


アドレナリンが脳を焼く感覚。


……へっ。ざまあみやがれ。


旧式のリボルバーでも、やりようはあるんだよ!


だが、そんな俺の抵抗を嘲笑うように、瓦礫の山から冷たい声が響いた。


「つまらぬ。いつまでそんな子供騙しの小細工を続けるつもりじゃ!」


ビギンだ。


彼女は苛立ちと優越感が入り混じった表情で、両手を広げていた。


その掌から、禍々しい翠緑の光が溢れ出す。


……遊びは終わりってか。


付き合いきれねえ。


「さっさと観念して降参せえ! ベレット! そうすれば、妾の『所有物』として、閨事(ねやごと)でも何でも、しっぽりと可愛がってやるゆえ」


「……お断りだ! 誰がテメェのペットになんかなるかよ!」


俺は唾を吐き捨てた。


誰かの所有物になるくらいなら、死ぬ方がマシだ。


「強情な男じゃのう。……ならば、少しばかり『しつけ』が必要じゃな」


刹那。


ビギンを中心に、大気が狂ったように渦を巻き始めた。


微細な光の粒子を含んだ風が、物理的な質量を持って俺を包囲する。


ゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!


「……! 来るか!」


俺の野生の勘が、最大級の警鐘を鳴らす。


逃げ場はない。


空気そのものが牙を剥いてやがる。


「さあ、妾とともに参ろうぞ」


ビギンのフォワード『風使い』の真骨頂。


竜巻のような風の檻が完成し、俺をその中心へと閉じ込めた。


凄まじい風圧。


深海の水圧に全身を押し潰されるような感覚。


巻き上げられた瓦礫が、研ぎ澄まされた刃物となって俺の身体を切り刻む。


「ぐっ……!」


呼吸ができない。


肺の中の空気まで吸い出されそうだ。


俺はその場で胎児のように身体を丸め、耐えるしかなかった。


……クソッ!!


ナビィの言う通りだったな。


罠だと分かってて飛び込んで、野垂れ死にか?


笑えねえ冗談だ。


リボルバーの銃身は熱を持ち、俺の手のひらを焼いている。


残弾も少ない。


身体も限界だ。


薄れゆく意識の中で、船に残してきたあいつらの顔が浮かんだ。


ミューの泣き顔。


ローズマリーの澄ました顔。


ナビィの無機質な心配顔。


俺は……ここで終わるのか? あいつらを残して……?


「……ざけんな……!」


俺は奥歯が砕けるほど噛み締め、最後の力を振り絞ろうとした。


死んでたまるか。


俺には、帰らなきゃならねえ場所があるんだよ!


その時だ。


「―――そこまでです!」


凛とした、しかしどこか温かい、聖なる鈴のような声が戦場に響き渡った。


刹那。


俺を締め上げていた暴風が、一瞬にして霧散した。


白い影が、天界から舞い降りるように俺の目の前に着地する。


「……!? 何奴じゃ!?」


ビギンの驚愕の声。


俺は霞む視界で、その背中を見上げた。


顔の半分を覆う深いウィンプル。


泥と硝煙にまみれたこの廃墟にはあまりにも不釣り合いな、清廉な純白のシスター服。


……天使か?


いや、俺みてえな悪党に迎えが来るわけがねえ。


その背中からは、何者にも屈しない、底知れない威厳が漂っていた。


「これ以上の無益な殺生は、フォワードの御力において、許しません!」


その女性は静かに告げた。


まるで、神の代弁者のように。


その声は、絶望的な戦場に差し込んだ、あまりにも鮮烈な一条の光だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ