第64話 海賊の決闘、廃墟に吹く疾風
ポート・リバティ旧市街地。
かつての繁栄が巨大な墓石群と化した、忘れられた時間の迷宮だ。
崩れたネオンサインが死人の瞬きのように明滅し、風が鉄錆と未来を失った者たちの絶望の臭いを運んでくる。
……ケッ。
シケた場所だ。
俺みたいな薄汚れた賞金稼ぎがお似合いのステージってか。
俺は指定された廃墟ビルの心臓部へ、一人足を踏み入れた。
足元で砕ける強化ガラスの音が、静寂を不気味に切り裂く。 まるで巨大な獣の白骨死体のようなビル。
吹き抜けの天井からは、人工灯の冷たい光が差し込み、最上階の広間をスポットライトのように照らし出していた。
そこに、一人の女が立っていた。
長く尖った耳。
豊かな大地を思わせる褐色の肌。
原生林の湖面のような翠緑の瞳に、月光を編んだような銀髪。
エルフ族だ。
それも、ただのエルフじゃねえ。
この銀河を荒らし回るエルフ宇宙海賊団の女船長。
その美貌の裏に冷徹な残虐さを隠し持つ、『疾風のビギン』。
立ち姿だけで分かる。
因縁の相手だ。
「待っていたぞよ、『白銀の流星』。ベレット・クレイ」
鈴を転がすような、しかし硬質な声が響く。
彼女は獲物を見つけた猫のように瞳を細め、俺を値踏みした。
その視線が、俺の肌をチリチリと焼く。
「ビギン!」
俺は愛銃スターダスト・リボルバーのグリップに、無意識に指をかけた。
いつでも抜ける。
コンマ1秒で脳天を撃ち抜ける。
「何の用だ!? あのクソ犬ロデオと同じように、俺の首にかかった賞金目当てでノコノコやってきたってのか!?」
だとしたら笑い話だ。
俺の首に懸かった10億なんて、今の俺が抱えてる厄介事に比べりゃ可愛いもんだ。
「フン、あの無様に吠えるだけの駄犬と一緒にされては心外じゃな」
ビギンは嘲るように美しい唇を歪めた。
「今宵、お主を呼んだのは、一つ確認したいことがあったからなのじゃ」
「あ?」
「あの『ブラッディ・ローズ』を倒し、あまつさえ奴隷にして、酒池肉林の肉欲に溺れた生活を送っていると聞いてな。……これは、本当か?」
「……はあ?」
俺は間の抜けた声を出した。
脳が一瞬フリーズする。
……なんだその三流ポルノ小説みてえな設定は?
酒池肉林?
冗談じゃねえ。
現実はどうだ。
俺はアイツの作る極上の料理を食わせてもらってはいるが、実態はただの「クルー」だ。
ララティーナの件やリバティ・カジノ、リバティ・ランドでの出来事を考えれば、むしろローズマリーに振り回されているのが現状だ。
肉欲どころか気苦労しかねえぞ。
「どこのゴシップ情報だっ!? それは!?」
俺は忌々しげに吐き捨てた。
「そんな下らねえことを聞くために、わざわざ果たし状を出したってのか!? 」
「そうじゃ。その返答次第で、妾の決闘の意味合いも違ってくるからの」
ビギンの瞳が、妖しく光った。
話が通じる相手じゃねえ。
女海賊ってのはどいつもこいつも、自分の世界に生きてやがる。
「悪いが、お前さんの下らねえお遊びに付き合ってる暇はねえ。さっさと失せな!」
俺は背を向けた。
こんな茶番に付き合ってる時間があるなら、スターゲイザーの整備をしてる方がマシだ。
「待て、ベレットよ」
背後から冷たい声が響く。
「このまま無傷で、妾の前から立ち去れると思うてか?」
刹那。
空気がざわりと揺らいだ。
肌が粟立つ。
殺気だ。
ヒュン、という鋭い風切り音が、闇に響く。
……チッ! 来るか!
「『風』のフォワード! やっぱりやる気か、このアマ!」
俺は舌打ちし、瞬時に身を翻すと、スターダスト・リボルバーを抜き放ち、構えた。
その銃口は、寸分の狂いもなく、ビギンの心臓を捉えている。
だが、相手はただの女じゃない。
「風使い」だ。
「ふふ、それでこそ妾の見込んだ男よ。さあ、互いの『権利』を賭けて踊ろうぞ、ベレット! 死の舞踏を!」
ビギンが恍惚とした表情で叫ぶ。
彼女の身体が風のようにブレたかと思うと、次の瞬間には目の前に迫っていた。
神速。
そして指先から放たれる、緑色の不可視の刃――「風刃」。
触れずして肉を断ち、骨を砕く凶器。
「クソッ!」
俺は野生の勘と、死線を潜り抜けてきた反射神経だけで、紙一重で風刃を回避した。
頬を鋭い痛みが掠める。
目には見えねえ。
だが、「殺気」の線なら見える!
俺はバックステップを踏みながら、的確にトリガーを引いた。
バン! バン! バン!
乾いた銃声が廃墟に木霊する。
だが、俺の放った弾丸は、彼女の周囲に展開された高密度の風のバリアに阻まれ、カン! と甲高い音を立てて弾き返された。
……チッ!
「無駄じゃ、ベレットよ!」
ビギンが瓦礫を蹴り、宙を舞う。
両手から放たれる無数の真空波。
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
空間そのものが歪むような猛攻。
俺は転がるように回避し、柱の影に滑り込んだ。
直後、隠れていた柱が風の刃でバターのように切断される。
轟音。
……シャレになんねえ威力だな!
生身で喰らえばミンチだ。
俺は崩れる柱を利用して死角へ回り込み、再び発砲した。
バリアが一瞬歪む。
「今だ!」
俺は踏み込んだ。
距離を詰めれば、風の防御も薄くなるはずだ!
「なぎ倒せ!」
ビギンが一点集中の風槍を放つ。
俺は上半身を僅かに逸らし、鼻先数センチでそれを躱す。
冷や汗が流れる。
死神の鎌が喉元を掠めた感覚。
同時に、その動きのまま、リボルバーの銃口を、ビギンの顔面に正確無比に向けた。
チェックメイトだ。
「……終わりだ、ビギン」
「ふふ、なかなかやるではないか、ベレット」
ビギンは銃口を向けられても動じず、ニヤリと笑った。
「その動体視力、その反応速度。やはりお主は、この妾が見込んだだけのことはあるようじゃな。……だが、遊びはここまでじゃ!」
彼女が唇を尖らせ、高く澄んだ口笛を吹いた。
ピュイッ!
「……あ?」
廃墟ビルの闇から、無数の赤い光が灯った。
音もなく現れる、流麗なフォルムの機械人形たち。
エルフ族特有の有機的な曲線と硬質な装甲が融合した、自立式戦闘ロボット。
手にはプラズマブレードが唸っている。
「……おい、汚ねえぞビギン! タイマンじゃなかったのかよ!」
俺は怒鳴った。
決闘と言っておきながら伏兵かよ。
「フン、宇宙海賊の戦いに卑怯も何もあるものか。勝てば官軍、負ければ賊軍。それがこの宇宙の掟じゃ」
ビギンは優雅に肩をすくめて嘲笑した。
……違げえねえ。
海賊に騎士道精神なんざ期待する方が馬鹿だったぜ。
「それに、妾は別にお主を傷つけたいわけではない。ただ、妾の『所有物』にしたいだけじゃからの」
「……所有物だぁ?」
「ヴァンAI! 捕らえよ! ただし殺すなよ。手足の一本くらいは構わんがな!」
ビギンの号令と共に、ロボットたちが一斉に襲いかかってくる。
俺は舌打ちした。
……ふざけやがって。
俺は誰のもんでもねえ!
俺はリボルバーに新たな弾丸を装填し、ニヤリと笑った。
上等だ。
俺の首輪を掴めるもんなら、掴んでみやがれ!




