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第62話 束の間の休息、噛み締める温もり

ポート・リバティへと向かう、星屑の船。


亜空間(ワープスペース)を滑る船内は、さっきまでの死闘が嘘のように静謐だった。


鉄と油と硝煙の匂いが染みついた俺の鼻腔を、不意に暴力的なまでの「幸せ」が襲撃した。


ラウンジのドアを開けた瞬間、そこは別世界だった。


極上のロースト香と、芳醇なスープの匂い。


……おいおい。


ここは戦艦のラウンジか?


それともコロニーの迎賓館か?


「さあ、皆様。どうぞ心ゆくまで召し上がれ」


ローズマリーが、まるで一流ホテルの給仕長のように優雅に手招きする。


テーブルの上には、色彩の暴力とも言えるほど鮮やかな料理が所狭しと並んでいた。


黄金色に輝く巨大な鳥のロースト、宝石箱をひっくり返したようなサラダ、濃厚な魚介のポタージュ。


「……おい、ローズマリー。これ全部、あのジャンクヤードから『回収』したのか?」


「ええ、ささやかな物資ですわ」


涼しい顔で言い切るが、テーブルの端に鎮座している年代物の琥珀色のボトルは、どう見ても裏ルートで高値取引されるレベルの代物だ。


こいつの「回収」の定義、一回問い詰める必要があるな……。


だが、今は野暮なことは言いっこなしか。


席に着く。


俺の右にミューとローズマリー、左にララティーナとナビィ。


「うわぁ! すごいっ! 全部、美味しそう!」


ミューがラピスラズリの瞳を輝かせ、フォークを握りしめた。


ぐぅ〜、と可愛らしい腹の音が鳴り響く。


死線を越えた後の空腹は、何よりのスパイスだ。


「これは素晴らしいですね。視覚、嗅覚情報共に最高レベルです。ローズマリーさんの調理スキルは、銀河公認シェフを凌駕する可能性があります。データベースにない未知のレシピ、記録を開始します」


「へっ、こりゃあまたすげえな」


俺もまた、素直に感嘆の声を漏らした。


見た目も匂いも文句のつけようがねえ。


俺の荒んだ胃袋が、歓喜の声を上げているのが分かる。


「こいつはありがたく、腹一杯いただかせてもらうぜ。いただきます!」


俺は野生の獣のように、ギャラクシーバードの脚にかぶりついた。


パリッとした皮の中から、熱々の肉汁が溢れ出す。


……クッソ。


涙が出るほどうめえじゃねえか。


「んんっ! う、うめえ! なんだこりゃあ!?」


「ふふ、お気に召して光栄ですわ」


俺が夢中で肉を喰らう横で、ララティーナは恐る恐るナイフを動かしていた。


その仕草は驚くほど優雅で、育ちの良さが隠しきれていない。


小さな口で上品に味わう姿は、まさに深窓の令嬢だ。


こんな薄汚れた船には似合わねえ、本物の「品格」ってやつだ。


対して、もう一人のお姫様ときたら……。


「んぐっ、んん〜っ! おいひい〜!」


ミューは公爵令嬢の肩書きなんざ犬に食わせたと言わんばかりに、リスのように頬張っている。


口の周りには、クリームスープの白いヒゲが立派に描かれていた。


……どっちもどっちだな。


だが、生きてるって感じがするぜ)


「まあまあ、ミューったら」


ローズマリーが呆れたように苦笑する。


「そんなに慌てなくても、お料理は逃げませんことよ? あらあら、お口の周りが大変なことになってますわ」


彼女は白いナプキンで、ミューの口元を優しく拭った。


まるでお母さんと子供だ。


「な、何よ! 自分でできるわよ! ほっといてったら!」


ミューは顔を赤くして反発するが、その実、満更でもなさそうだ。


その光景を見ていたララティーナの瞳が、少しだけ揺れた気がした。


羨望と、寂しさと、そして――微かな対抗心。


「あ、あの、ベレットさん」


ララティーナが意を決したように、俺のそばへ身を寄せた。


手には、あの高級そうな蒸留酒のボトル。


ほんのりと甘い香りが漂う。


「こちらの世界樹のブランデーはいかがですか? とても香り高い、良いお酒ですよ。私が……お注ぎしますわ」


白い指先が微かに震えている。


少し背伸びをして、上目遣いで俺を見るその仕草。


震える手で注がれる琥珀色の液体。


……おいおい。


どこでそんな小悪魔なテクニックを覚えたんだ?


お子様が背伸びしやがって。


だが、その健気さが、薄汚れた賞金稼ぎの心には沁みる。


「お、おう……」


俺は戸惑いながらもグラスを差し出した。


トクトクと心地よい音を立てて液体が注がれる。


一口、喉に流し込む。


熱い液体が食道を焼き、胃の腑に染み渡る。


「……! う、うめえ! なんだこの酒は!? 舌の上でとろけるようだぜ! サンキューな、ララティーナ。気が利くじゃねえか」


「えへへ……」


ララティーナが嬉しそうに微笑む。


その笑顔を見れただけで、高い酒以上の価値があるってもんだ。


その瞬間。


「あらあら、ララティーナ様ったら、いつの間にそんな大胆なことをお覚えになったのかしら?」


「あっ! ちょっとララティーナ! あなた、ベレットに何してるのよ!」


ミューが即座に反応した。


フォークを振り回し、身を乗り出してくる。


平和な食事とは程遠い、騒がしい食卓。


「抜け駆けはずるい! 私だってベレットにお酌くらいできるもん!」


「あら、ミューさんはまだお子様ですから、お酒は早いですわよ?」


「な、なんですってー!?」


ラウンジに響き渡る笑い声と、甘酸っぱい喧騒。


俺はグラスを傾けながら、ふと息を吐いた。


……こんな馬鹿騒ぎみてえな時間も、悪くねえな。


賞金稼ぎの船に、ワケありの美女と、生意気なガキと、家出お嬢様。


歪で、ちぐはぐで、どうしようもない連中。


俺は一匹狼が性に合ってるはずだった。


孤独こそが俺の鎧だった。


だが、この温かさはどうだ。


まるで冷え切った暖炉に火が灯ったような、不思議な充足感が俺を包んでいた。


「へへっ……」


俺は口元を緩め、琥珀色の宝石を飲み干した。


星屑の船は、束の間の休息とそれぞれの想いを乗せて、ポート・リバティへと進んでいく。


この温かな時間が永遠じゃないことは知っている。


俺たちは、地獄の淵を綱渡りしている最中だ。


だからこそ、今だけは。


明日死ぬかもしれないこの身に、この騒がしい「家族」との時間を刻み込んでおきたかった。

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