第61話 進路変更、ポート・リバティへ
ブリッジは、真空の冷たさがそのまま張り付いたような、重い沈黙に包まれていた。
メインスクリーンには無数の計器類が放つ青白い光だけが瞬き、俺たち三人の影を床に長く引き伸ばしている。
目の前のホログラムディスプレイには、周辺宙域の航路図が立体的に浮かび上がっていた。
惑星企業連合の勢力圏を示す、複雑極まりない銀河の地図。
その中に浮かぶ極小の光点が、今の俺たちの位置だ。
広大な宇宙の暗闇に放り出された、頼りない一点。
……まるで、今の俺たちそのものだな。
俺は腕を組み、窓の向こうの深淵を睨みつけた。
ロデオとの死闘の興奮は引いたが、身体の奥底には鉛のような疲労が沈殿している。
だが、休んでいる暇はねえ。
キャプテンってのは、いつだって最悪の状況で最善の選択を強いられる因果な商売だ。
「それで、ローズマリー。ララティーナのことだが……どうする?」
俺の声は、予想以上に低く響いた。
「ルビントン家に無事に送り届けるのが筋ってもんだろうが……本人は帰りたがらねえし、第一、あの家が今本当に安全かどうかも分からん」
お姫様を城に返してめでたしめでたし、といけば楽なんだが、現実はそう甘くねえ。
虎の穴に羊を放り込むような真似は、俺の寝覚めが悪くなる。
「そうですわね」
ローズマリーは俺の隣で腕を組み、僅かに視線を落として考え込んだ。
計器の光を反射する栗色の髪が、どこか憂いを帯びて見える。
……お前も、腹の中じゃ相当迷ってるんだろう?
「ナビィ。ルビントン家がある惑星までの航路計算は終わったか?」
「はい、完了しております、マスター」
ナビィが淡々と答え、メインスクリーンに赤いラインを表示させる。
「シミュレーションの結果……ここからララティーナさんを直接送り届ける場合、ワープ航法を少なくとも3回以上繰り返す必要があります。ですが、本艦の残存エネルギーと物資、スターゲイザーの損傷状況を鑑みるに、途中で必ず補給が必要になります」
赤い警告灯が点滅する。「リスクファクター:高」。
数字は嘘をつかない。
俺たちの喉元には、すでにナイフが突きつけられている状態だ。
「補給地点は企業連合の勢力圏内になります。我々の指名手配状況、およびララティーナさんの『遭難』が仕組まれたものである可能性を考慮すると……自殺行為かと」
「だよな。道中でガス欠になって、敵のど真ん中で立ち往生たぁ笑えねえ」
俺は険しい顔で航路図を睨んだ。
詰んだか?
いや、抜け道はあるはずだ。
裏社会を生き抜くための、ドブネズミ用のルートがな。
その時、沈黙を守っていたローズマリーがゆっくりと口を開いた。
「わたくしが、責任を持ってララティーナ様を安全な場所までお送りする算段をつけますわ。惑星企業連合内に、信頼できる協力者がおりますの」
「協力者だぁ?」
俺は眉をひそめた。
こいつの言う「協力者」ほど胡散臭いもんもねえが……。
「そうか。お前にそんなアテがあるなら任せる。で、場所は?」
「そのためには、一度ポート・リバティへ戻る必要がございますわ。そこで受け渡しの準備を整えたいのです」
「ポート・リバティ、か」
俺は重い息を吐いた。
結局、振り出しに戻るってわけか。
あの薄汚れた自由の港へ。
「まあ、ちょうどいい。どのみち、どっかの港で補給と修理をしなきゃならねえからな。分かった、そうしよう」
「それと、ベレット様。もう一つご報告が」
ローズマリーが一歩、俺に近づく。
その表情には、奇妙なほど強い、ある種の「覚悟」が宿っていた。
嫌な予感が背筋を走る。
「ララティーナ様のことですが……彼女は今後、我々の強力な『協力者』となってくださるかもしれませんわ」
「あ?」
「お嬢様ご自身の意志で、惑星企業連合の内部情報を我々に提供してくださると……そう、お約束してくださいましたの」
「……なんだと!?」
俺は思わず大声を上げた。
椅子から立ち上がり、ローズマリーに詰め寄る。
「あんなか弱いお嬢様に、スパイみてえな真似をさせるつもりか!? おい、正気かよローズマリー! 相手はあの惑星企業連合だぞ!?」
これ以上、危険な橋を渡らせてどうする。
子供を戦場に引きずり込むのは、俺の流儀に反する。
「ララティーナ様は、ご自身でそう決意なさいましたのよ」
ローズマリーは一歩も引かず、俺を見つめ返した。
「それに、お嬢様は見かけによらず、とても芯の強い賢いお方です。ルビントン家の血は伊達ではありませんわ。わたくしは……ララティーナ様の可能性を信じております」
その言葉には、揺るぎない確信があった。
あのお嬢様の中に、俺には見えない「強さ」を見たってことか。
……やれやれ。
女ってのは、どいつもこいつも度胸がありすぎて困るぜ。
ミューといい、ララティーナといい、守られるだけの存在じゃ満足できねえらしい。
俺は頭をガシガシと掻きむしり、深く息を吐いた。
ここで反対しても、あの頑固な女たちは聞く耳を持たないだろう。
「そこまで言うなら、分かった。……だが、無理だけはさせるなよ。あいつはまだ子供なんだ」
「ええ、心得ておりますわ」
ローズマリーが優雅に一礼する。
その仕草の裏に、どれだけの苦悩と決意を隠しているのか。
……お前も、修羅の道を往くつもりかよ。
俺はキャプテンシートに座り直し、前を見据えた。
腹を括るしかねえ。
この船はもう、ただの海賊船じゃねえ。
銀河の命運を乗せた火薬庫だ。
「ナビィ、進路変更! ポート・リバティへ、最大ワープで向かうぞ!」
「承知いたしました、マスター。ワープジャンプの計算シークエンスを開始します」
ブリッジに警告音が鳴り響き、星々が後方へと流れていく。
スターダスト・レクイエム号は、新たな「共犯者」と絆を乗せて、再び銀河の渦中へと飛び込んでいく。
さて、次はどんな厄介事が待っているのやら。
俺はニヤリと笑い、加速するGに身を任せた。




