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第60話 孤独な令嬢たちの共鳴、ラピスラズリとサファイヤの涙

【視点:ミュー・アシュトン】


激闘の残響がまだ耳の奥でワンワンと鳴り響く中、スターゲイザーはゆっくりと格納庫へ帰還した。


プシュー、という減圧音と共にコックピットのハッチが開く。


流れ込んでくるひんやりとした空気が、火照った頬に心地いい。


そこには、心配そうなローズマリーと、安堵の表情を浮かべるナビィが待っていた。


「ベレット様! ご無事で! ミューも!」


「マスター、お怪我はございませんか!?機体損傷データ、及びバイタルサインを確認!」


みんなの声が聞こえる。


ああ、よかった。


帰ってこれたんだ。


ベレットの逞しい腕に支えられながら、私は地面に降り立った。


その瞬間、身体中が鉛のように重くなる。


指輪なしで限界までフォワードを使った反動だ。


視界がぐらぐらと揺れて、足元の感覚がない。


「みんな、ただいま……」


そう呟いた瞬間、膝から力が抜けた。


あ……ダメ、立てない……!


「きゃっ……!」


「おっと、危ねえ!」


冷たい床に叩きつけられる――そう覚悟して目を閉じた私を、温かくて太い腕がガシッと抱き留めた。


そしてそのまま、ふわっと身体が宙に浮く。


え……? こ、これって……!


「ごめん、ベレット……。ちょっとフォワード使いすぎちゃったみたい……。足に、全然力が入らなくて……」


「無茶しやがって。でも、まあ、悪かったな」


ベレットはそう言うと、私を「お姫様抱っこ」の体勢で抱え直した。


「えっ!? べ、べ、ベレット!?」


心臓が跳ね上がる。


ドクン、ドクン、ドクン!


ち、近い!


顔が近すぎるよ!


戦闘服の匂いと、微かな汗の匂い、そして鼻をくすぐる硝煙の香り。


それが全部混ざり合って、ベレットの「匂い」になって私を包み込む。


ベレットの体温が、服越しに直接伝わってくる。


筋肉の硬さも、呼吸のリズムも。


嘘……夢みたい。


ベレットが私を……お姫様みたいに……!


私の顔、きっと今、熟れたリンゴみたいに真っ赤だわ!


……嬉しい。


すごく、安心する……。


「暴れるなよ、落ちるぞ。医務室まで運んでやるだけだ」


「う、うん……」


私は恥ずかしさで身を縮めながら、彼の広い胸に顔を埋めた。


トクン、トクンと力強い鼓動が聞こえる。


この音が、私が生きている証。


私の世界で一番安心できる場所。


他の誰にも、絶対譲りたくない特等席。


……ずっと、このままでいたいな。


          ◇


医務室のベッドに、そっと下ろされる。


そこには、ベッドの端にちょこんと腰掛け、不安そうに待っていたララティーナがいた。


「大丈夫なのですか!?」


「ああ。フォワードを使いすぎたらしい。少し寝かせてやってくれ」


「ベレット」


「大丈夫だ」


ベレットは私の額に、大きくてゴツゴツした手を当てた。


その無骨な掌の熱が、私の冷えたおでこにじんわりと染み渡る。


ああ、ずっとこうしててほしい……。


「今は何も考えずに、ゆっくり休め。よく頑張ったな」


「……うん。ベレット……」


私は夢見心地で頷き、彼の袖を少しだけ掴んだ。


もっと撫でてほしかったけれど、ベレットは「ローズマリー、少し、ブリッジで話がある。今後のことだ」と言って、彼女を連れて行ってしまった。


ドアが閉まる。


……むぅ。


なんであの仮面女と一緒なのよ。


ちょっとだけ、寂しい。


あんなにベレットと一つになって戦ったのに、船に戻ったらあっさり離れていくんだもん。


やっぱり、私はまだ「子供」扱いなのかな。


医務室には、私とララティーナの二人だけが残された。


少し気まずい沈黙。


消毒液の匂いだけが漂う。


先に口を開いたのは、ララティーナだった。


「あの、ミューさん」


「……なに?」


「先ほどは、ありがとうございました。あなたたちが戦ってくれたおかげで、私、助かったんだって……ローズマリーが」


彼女は深々と頭を下げた。


プラチナブロンドの髪がサラリと揺れる。


本当にどこかのお姫様って感じ。


「べ、別に、あなたのためじゃないわよ! ベレットのためだもん!」


私は照れ隠しにそっぽを向いた。


「怖くなかったのですか? あの黒い船の人たち……『ウルフパック』と戦うなんて。私なんて、音を聞くだけで震えていたのに。どうしてあんなに命懸けで戦えるのですか?」


ララティーナの真っ直ぐなサファイアブルーの瞳が、私を見つめている。


そこには純粋な疑問があった。


どうしてそんなに強くいられるの? と。


「怖いに、決まってるじゃない」


私は正直に答えた。


強がるのはやめた。


だって、本当のことだもの。


「私だって、足が震えた。心臓が破裂しそうだった。今だって、思い出したら手が震えちゃう。でも……行かなきゃいけなかった。ベレットを、失いたくなかったから!」


「ベレットさんを……?」


「そうよ」


私は天井を見上げて、遠い日のことを思い出した。


胸の奥にしまってある、一番痛くて、一番温かい記憶。


「私はね、アシュトン公爵家の『失敗作』だったの。フォワードが不安定で、期待に応えられない出来損ないの人形。学園でも、みんな私を道具としてしか見てなかった。『公爵家のコネクション』として利用するか、陰で笑うか、どっちか」


思い出すだけで、胸が苦しくなる。


あの冷たい廊下。


嘲笑う声。


誰とも目が合わない孤独。


「……」


「でも、ベレットだけは違った。私が一人で、中庭のベンチで泣いていた時、何も言わずに隣に座ってくれて……ただの『ミュー』として扱ってくれたの」


あの時の、ぶっきらぼうに渡されたハンカチの感触。


『泣くなよ、ブサイクになるぞ』なんて憎まれ口を叩きながら、でもその目はすごく優しかった。


あの時の彼の不器用な優しさが、私の凍り付いた心を溶かしてくれた。


「ベレットが私を見つけてくれたから、私は私になれた。ベレットこそが、私の全てなの」


あの日から、私の世界は色を変えたんだ。


私は胸元のペンダントをぎゅっと握りしめた。


「だから、私はベレットのために戦うの。彼がいなくなったら、私はまたあの暗闇で一人ぼっちになっちゃう。それが、死ぬことよりも何倍も怖いの! だから、恐怖の中でも戦えるの!」


「ミューさん……」


ララティーナが私の手を握った。


その手が震えている。


でも、温かい。


「私……私は、何を恐れていたのでしょう。あの暗く冷たいお屋敷から逃げ出して、お姉様を探しに来たのに……ただ震えているだけなんて」


彼女が顔を上げた。


その瞳から、怯えの色が消えていた。


代わりに宿ったのは、私と同じ「覚悟」の色。


「もう、逃げるのはやめます! ミューさんが恐怖の中で戦っているなら、私も現実と戦いたい! ルーナお姉様がなぜ変わってしまったのか、その真実に向き合います!」


ララティーナの表情が、見違えるように強くなった。


へえ……やるじゃない。


やっぱり、芯は強いんだ。


「そして、ローズマリーのために、全てを懸けて行動してみせます!」


「はあ?」


私は思わず素っ頓狂な声を出した。


感動的な空気だったのに、なんでそこでローズマリーが出てくるのよ!?


「あなたがローズマリーのためにそこまでする必要はないんじゃない? あの仮面女、胡散臭いうえに、ベレットに色目を使ってるだけなんだから!」


「……! なんですって!?」


ララティーナがカッとなって言い返してきた。


「ローズマリーは、昔から私を守ってくれた、優しくて強くて、銀河で一番素敵な人なのですよ! 失礼なことを言わないでください!」


「なっ……! 事実だもん! いつもベレットにベタベタして!」


「あなたのベレットさんこそ! 私のローズマリーをいやらしい目で見てますし! すごくがめついじゃないですか!」


「なんですってー! ベレットはそんなんじゃないもん! ベレットの方が、もっと優しくて強くてすごいんだから!」


「ローズマリーだって負けていませんわ! もっとすごい人なのですから!」


「 ベレットの方が、もっと優しくて強くてすごいんだから! 世界一なんだから!」


「ローズマリー方が、もっともっと優しくて強くてすごい人なのですから! 宇宙一ですわ!」


「なによー!」


「そちらこそ!」


二人で顔を真っ赤にして睨み合う。


「私の大切な人の方がすごい!」合戦。


一歩も引かない激しい口論が、医務室に響き渡る。


でも……ふと、おかしくなって力が抜けた。


私たち、バカみたい。


「……ふふ。なんだか私たち、似てるのかもね」


「……ええ。そうかもしれませんね」


私たちは顔を見合わせて、小さく笑った。


大切な人のために強くなりたい。


その気持ちは、きっと同じなんだ。


ちょっとだけ、このお姫様と仲良くなれそうな気がした。


ま、ベレットの方が絶対にかっこいいけどね!

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