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第55話 再会の抱擁、元メイドと迷子の令嬢

スターダスト・レクイエム号の医務室。


生命維持装置の電子音が、張り詰めた静寂の中に規則正しく響いている。


消毒液の匂いが、俺の嗅覚を刺激し、ここが治療の場であることを思い出させる。


だが、空気の重さは戦場のそれと変わらねえ。


白いシーツの上で、ララティーナ・ルビントンは、怯えの色を浮かべた青い瞳で俺を見上げていた。


乱れたプラチナブロンドの髪、雪のように白い肌に残る痛々しい擦過傷。


か弱く、指先ひとつで砕けてしまいそうな硝子細工。


……ったく。


こんなか弱い生き物が、よくもまあ、あんな地獄で生きていたもんだ。


「それで、ララティーナ」


俺は努めて声を低く、優しくしたつもりで尋ねた。


ガラじゃねえのは百も承知だ。


「どうして、あんな星々の墓場(アステリア・リーフ)にいたんだ? 詳しく教えてくれ」


「……わ、私は……」


ララティーナは震える声で、途切れ途切れに語り始めた。


「お姉様を……。ルーナお姉様を探しに、家を飛び出してきたのです……」


彼女の瞳から、ポロリと大粒の涙が零れ落ちた。


「お姉様は……ルーナお姉様は、昔は本当に太陽みたいに明るくて、優しくて……私のことをいつも一番に気遣ってくれる、自慢の素敵なお姉様でした……」


遠い過去を懐かしむように、声が甘く震える。


「でも、今は……まるで何かに心を奪われてしまったみたいに、人が変わってしまったのです。氷でできた冷たい仮面を被っているみたいに……。サファイヤブルーの瞳は、もう私を見てくれません。お父様にも使用人にも心を閉ざしてしまって……。だから、私は、本当のお姉様はどこか別の場所にいるんじゃないかって……何か悪いことが起こったんじゃないかって、心配で……」


「人が、変わった、か……」


俺は腕を組み、その言葉を反芻した。


権力を握った人間が変わるなんざ、この腐った銀河じゃ珍しくもない話だ。


だが、身内がここまで言うとなると、ただの心変わりじゃ済まされない何かが絡んでる可能性がある。


「それに、宇宙海賊に襲われたとも言ってたな? どんな奴らだったか覚えてるか?」


「襲ってきたのは、黒い船に乗った人たち……。すごく強くて、あっという間に船の護衛はみんな……」


……黒い船、か。


俺の脳裏に、裏社会で何度か対峙してきた、ある集団の手口に酷似していた。


「ナビィ」


俺は端末からブリッジで情報取集している相棒へ通信を入れた。


嫌な予感を裏付けるために。


「データベースにアクセス。『ルーナ・ルビントン』に関する情報を洗いざらい引きずり出せ。表の評判から裏の噂まで、どんな些細な情報でもいい。今すぐだ」


『了解いたしました、マスター』


即座に、壁のディスプレイにプロフィールが表示される。


完璧な美貌を持つ、冷徹な女の顔。


『ルーナ・ルビントン。数年前に突如として頭角を現し、現在はCEOレオンハルトの右腕として重要プロジェクトを統括。その冷徹非情な手腕から、組織内外で『ブラッディ・ムーン』の異名を持ち、敵対者からは災厄そのものとして恐れられています。公には記録されていませんが、極めて強力なフォワード能力者であるとの未確認情報も多数あり……』


「違います!」


ララティーナが激しく首を振った。乱れた髪が涙を散らす。


「この人は、私の知ってる優しいお姉様ではありません! こんな氷みたいに冷たい目をした人じゃなかった! きっと偽物なんです! 誰かがお姉様に成りすましているのです! そうに決まっています!」


純粋な拒絶。


姉が悪に染まったと認めるより、偽物だと信じたい。


それが子供の防衛本能か。


だが、現実はもっと残酷だぞ、お嬢ちゃん。


「分かった、ララティーナ」


俺は彼女を落ち着かせるように頷いた。


否定してもパニックになるだけだ。


「お前の言うことを信じよう。だが、今は一人だと危険だ。一度、家に戻った方がいい。親父さんも心配しているはずだ」


だが、ララティーナは絶望的な表情で拒絶した。


「嫌っ! 絶対に帰りたくありません! 家にはあの冷たい『偽物』のお姉様がいるのですよ! お父様だって、もうお姉様の言いなりで……! 私の言うことなんて、全然、信じてくれませんでした…!それに……」


彼女は俺の袖を掴み、懇願するように見上げた。


「あの黒い海賊たちがまた私を狙ってくるかもしれない! もう、どこにも私の安全な場所なんてないのです……!


行き場のない恐怖。


……参ったな。


完全に詰んでやがる。


その時。


静かに成り行きを見守っていたローズマリーが、音もなくララティーナに近づいた。


「ララティーナ様」


その声は、いつもの芝居がかったトーンではなく、深く、湿り気を帯びた慈愛に満ちていた。


「お久しゅうございますわね」


「え……? やっぱり、ローズマリー……!?」


ララティーナが目を見開く。


「ええ、さようでございます」


ローズマリーは仮面の下で優しく微笑んだ(ように見えた)。


「かつてルビントン家で、あなた様のメイドとしてお仕えしておりました、ローズマリーですわ」


「ローズマリー! 本当に!? ああ、ローズマリー!」


ララティーナは堰を切ったようにローズマリーの胸に飛び込み、泣きじゃくった。


迷子が母親を見つけたような、痛切な姿。


「なら、あなたも分かるでしょう!?今のルーナお姉様は、絶対におかしいのです!まるで、何かに、悪いものに、取り憑かれてしまったみたいに、冷たくて、怖いのです!ローズマリー、あなたは、あなたは、私の味方でいてくれますか…?ねぇ…?」


彼女は、藁にもすがる思いで、ローズマリーに問いかける。


その声は、切実だった。


「……今のルーナ様のこと、そして企業連合の深い闇について、全てが見えているわけではございません」


ローズマリーは彼女の背中を優しく撫でながら、静かに、しかし力強く言った。


「ですが、一つだけ、確かなこと。それは、この困難な状況を変えるためには、ルビントン家の令嬢であるララティーナ様にしか、できないことがある、ということですわ」


「でも、私、どうすれば……」


「大丈夫ですわ」


ローズマリーは彼女の耳元で囁いた。


「何かあれば、かつてのようにこのわたくしが、どんな危険からもあなたをお守りいたします。そして必ずや、ルーナ様の真実を明らかにしてみせますわ。ですから……今はわたくしたちと共に、未来を切り開くのです」


その言葉に、ララティーナはようやく安堵したように頷いた。


美しい再会劇。


だが、俺は見逃さなかった。


ローズマリーが抱きしめる腕に込めた、悲痛なまでの力を。


そして、彼女から滲み出る、隠し切れない「罪悪感」と「覚悟」のようなものを。


……何を企んでやがる、ローズマリー。


ララティーナを守るという言葉に嘘はないだろう。


だが、その裏にはもっと重い「何か」がある。


コイツは、この少女を「守る」と同時に「利用」しようとしているんじゃないか?


俺は黙って二人を見つめていた。


この怯える少女をどう守り、巨大な陰謀の渦中でどう生き抜くか。


腹を括るしかねえな。


俺たちの船は、もう後戻りできない嵐の中に、頭から突っ込んじまったようだ。


……やれやれ。


貧乏くじを引くのは慣れてるが、今回のは特大だぜ。

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