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第6話 6億の荷物は、過去からの密航者

コンドル星系を後にしたスターダスト・レクイエム号。


亜空間航行を終え、星々の光さえ届かぬ深淵を突き進んでいた。


無限の漆黒。


時折瞬く、死んだ文明の残滓のような星の光。


航行は順調に見えたが、艦内には鉛のような緊張感が漂っていた。


エンジンの唸りと生命維持装置の作動音だけが、重苦しい沈黙を埋めている。


キャプテンシートに座る俺は、ホログラフィックディスプレイの航路図を睨みつけていた。


自然と眉間の皺が深くなる。


疲労と、へばりついて離れない嫌な予感。


気分は最悪だ。


原因は明白。


格納庫に鎮座する、あの純白のコンテナ。


そこから放たれる不穏なフォワードエネルギーの波動と、肌を刺すような絶対零度の冷気。


五感全てに訴えかけてくる異質な力が、艦内の空気を重くしている。


俺は安物の合成酒を煽った。


喉を焼く味気ない液体。


だが、心の奥底に沈殿した(おり)は洗い流せない。


酒はただ虚しく、胃袋を焼くだけだ。


「クソッ……」


ボトルを乱暴に置く。


乾いた音が静寂を切り裂く。


脳裏に焼き付くのは、あの食えない爺さん。


ガルム・シュタイナーの変貌した顔。


深く刻まれた皺と、凍てついた冷酷さ。


あの視線は、俺の魂の最も暗い部分を突き刺してくるようだった。


先生、俺に、いったい何を運ばせる気だ……。


野生の勘が、けたたましい警鐘を鳴らし続けている。


あのコンテナから漂う気配は、俺が最も忌み嫌う「喪失」の記憶を呼び覚ます。


リリーナを失った時のあの身を切るような感覚。


大切なものが指の隙間から零れ落ちていく絶望。


リリーナ……。


俺を正気に繋ぎ止めているのは、莫大な報酬への病的な渇望だけだ。


6億クレジット。


それさえあれば、この不安も消えるはずだ。


そう信じるしかねえ。


「ナビィ」


俺は汗ばんだ手を握りしめ、掠れた声で呼んだ。


「さっきスキャンした、あの棺桶。もう一度ディスプレイに出せ。どうにも胸騒ぎが止まらねえ」


「了解いたしました、マスター」


ナビィが静かに指を躍らせる。 だが次の瞬間、彼女の琥珀色の瞳が驚愕に見開かれた。


「……! マスター! 先ほどよりも遥かに明確なフォワード反応を検知! レベルA! いえ、計測不能! 規格外です!」


「レベルA以上、計測不能だと!?」


息を呑む。 まさか、生身の人間が? それも星詠の巫女クラスの化け物が、この中に?


「クソッ! 何が『積み荷』だ! ナビィ、中身を開けて確認するぞ!」


「マスター! 危険です! ガルム総司令官との契約は絶対です! 契約を破れば、コンドル軍だけでなく惑星企業連合からも追われることになります!」


「うるせえ!」


俺は怒鳴り返した。


自分自身に言い聞かせるように。


「俺は宇宙海賊だ! 契約(やくそく)なんざ律儀に守ってられるか! それに……!」


俺は立ち上がり、ブーツを床に叩きつける。


「この船の腹ん中で何か起こったら! それを確かめるのは、キャプテンである俺の権利であり、義務だ!」


          ◇


格納庫の奥深く。


照明に照らされた白いコンテナは、不気味な存在感を放っていた。 凍えるような冷気が頬を撫でる。


俺はハッチに手をかけ、強引にアクセスを開始した。


厳重なロック。 だが、俺とナビィにかかれば単なる時間稼ぎだ。


電子音が鳴り響き、セキュリティが一つずつ剥がされていく。


「マスター。本当によろしいのですか? 一度開けてしまえば、もう後戻りはできません……」


ナビィの、懇願にも似た警告。


「ああ」


俺は短く答えた。


「絶対後悔する。だが、確かめずに後悔するよりはマシだ」


最後のロックを解除し、重いハッチを押し開ける。


プシューッ……!


圧縮された空気が抜け、絶対零度の霧が溢れ出した。


肺が凍てつくような冷気。


その中に横たわっていたのは、流線型の白いカプセルだった。


表面に刻まれた紋様――コンドル王家に伝わる『星詠の巫女』の紋章。


「マスター! 内部より強い生命反応! 間違いなく人間です! バイタルサイン安定、コールドスリープ状態と推測されます!」


ナビィの声が遠くに聞こえる。


俺は震える指で解除スイッチに触れた。


ゆっくりと蓋が開く。


そこに眠っていたのは――


息を呑むほど儚げな、一人の少女だった。


真珠のように輝く銀色の髪。


雪のような柔肌。


精巧な人形のように美しいその顔立ちは、俺の記憶に深く焼き付いているものだった。


「ミュー!? ミュー・アシュトン!? なんで……お前が……!?」


驚愕の声が漏れる。


魂が根こそぎ揺さぶられる。


アシュトン公爵家の令嬢。


かつての後輩。


少し内気で、泣き虫で……けれど芯の強い、優しい少女。


ガルムの奴!


これが『重要な積み荷』だってのか!? 冗談じゃねえぞ!


人を物扱いしやがって。


混乱と怒りで視界が白む。


その時、少女の長い睫毛が微かに震えた。


ラピスラズリのような瞳が、ゆっくりと開かれる。


潤んだ瞳が、ぼんやりと俺を捉えた。


「……べ……れっと……?」


か細く、けれど甘く懐かしい響き。


「ミュー!? ミューなのか!? おい、しっかりしろ! 大丈夫か!?」


俺は衝動的に駆け寄り、彼女の華奢な肩を掴んだ。


驚くほど冷たい肌。 彼女は身体を起こし、夢と(うつつ)の狭間を彷徨うように周囲を見回した。


「……ここ……は……? わ、わたし……いったい……なにが……あったの……?」


「俺にもまだよく分からねえんだ。だが、どうやらお前はこのカプセルに入れられて運ばれてたらしい。それを偶然、俺が見つけちまって」


その時、ミューの瞳に閃光のような記憶が蘇った。


「……! 思い出した……! コンドル軍に捕まって、アルベルトに……! 抵抗したけど、薬で無理やり……!」


彼女は恐怖に顔を歪め、震える手で自身の左手を探った。


「……! 指輪がないッ! 私の『星詠の指輪』がないの! どこ!? どこに行ったの!? あれがないと、私!」


血の気が引いていく。


絶望が美しい顔を歪ませ、悲鳴が格納庫に響き渡った。


『星詠の指輪』。


巫女の強大すぎる力を制御する、唯一無二の鍵。


「クソッ! そういうことかよ……!」


俺の全身に、怒りの電流が走った。


ヤツらは、ミューを「道具」としか思ってないのか!


俺は、拳を固く握りしめた。

お読みいただき、誠にありがとうございます。


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引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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