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第53話 フォワードの導き、星の墓場で、令嬢ララティーナを救え

スターダスト・レクイエム号は、亜空間の歪みを抜け、死の海へとその姿を現した。


アステリア・リーフ宙域。


そこは、文字通りの「星々の墓場」だ。


無数の小惑星が互いにぶつかり合い、砕け散り、永遠に彷徨い続ける混沌と破壊の世界。


磁気嵐が絶えず吹き荒れ、レーダーやセンサーの類は役立たずの鉄屑同然になる。


まるで、宇宙が見放したかのような呪われた魔境。


鼻をつくような、古い金属と星々の死骸の匂いが、空調越しに漂ってくる気がした。


「ケッ、ここがアステリア・リーフかよ。噂通りのひでえ場所だな」


俺はブリッジのメインスクリーンに映る、絶望的な景色を見て顔をしかめた。


ここじゃあ、遭難信号さえも磁気嵐にかき消されちまう。


「こんな星屑の吹き溜まりでお姫様探しとはな。酔狂な依頼もあったもんだぜ。これじゃあ、捜索も砂漠で針を探すようなもんだ。一筋縄じゃいかねえぞ」


口では悪態をつきながら、俺の胃はキリキリと痛んでいた。


1億クレジット。


破格の報酬。


だが、その代償として支払うのが「クルーの命」だとしたら、あまりに割に合わない賭けだ。


『救助作戦計画に基づき、これより捜索フェーズに移行します』


ナビィの冷静な声が、張り詰めた空気をわずかに震わせた。


作戦は決まっている。


手分けして探すしかない。


『マスターはスターゲイザーにて、セクター・アルファからガンマを担当。ミューさん、ローズマリーさんは、クリムゾン・ローゼスにて、セクター・デルタからゼータの捜索をお願いします。私は本艦より、広域索敵及び通信の中継、戦闘発生時のバックアップを行います』


「了解だ」


俺は短く応じ、キャプテンシートから立ち上がった。


二人に視線を向ける。


「ミュー、ローズマリー、いいか。無茶だけはするなよ。ここは、お前らが思ってる以上に危険な場所だ。何かあったらすぐに連絡しろ」


「わ、分かってるわよ、ベレット! 心配しすぎよ!」


ミューは頬を膨らませながらも、力強く頷いた。


その瞳には、不安よりも使命感が勝っている。


……その純粋さが、今は一番怖いんだよ。


「承知いたしましたわ、ベレット様。必ずや、ララティーナ様をお救いします」


ローズマリーは仮面の下で、静かに熱い決意を込めて答えた。


その声の硬さが、彼女の抱える焦りを物語っている。


          ◇


格納庫に、起動シークエンスの電子音が響き渡る。


俺はスターゲイザーのコクピットに滑り込み、システムを覚醒させた。


隣では、深紅の機体クリムゾン・ローゼスが、灼熱の闘志を放つように唸りを上げている。


二機の翼はエアロックから解き放たれ、重力制御を最低限に抑えた静かな動きで、星々の墓場へと舞い降りた。


『ローズマリー! 行くわよ!』


通信機から、ミューの叫び声が響いた。


『機体のスピードリミッター解除! 少しでも早く見つけないと!』


『ミュー!? お待ちになって! リミッター解除は、あなたの身体に大きな負荷が……!』


『いいの! これは、大切なララティーナさんを探すためなんでしょ!? だったら、私も力を貸したいの!』


……あの馬鹿。無茶しやがって!


だが、ローズマリーも止めなかったようだ。


次の瞬間、クリムゾン・ローゼスはスロットルを全開にし、赤い流星となって小惑星帯の中を突き進んでいった。


『きゃあああああっ!! は、速い! め、目が回る! 意識が……と、飛ぶ……!』


悲鳴に近い声。


とんでもないGがかかっているはずだ。


普通のパイロットなら気絶してもおかしくねえ。


だが、ミューはフォワードの力を送り続け、機体は減速しない。


根性見せやがるな、お姫様……。


だが、無事でいてくれよ。


しかし、アステリア・リーフはあまりにも広く、過酷だった。


密集した岩塊が視界を遮り、磁気嵐がセンサーを狂わせる。


レーダーは砂嵐のようなノイズを映すばかり。


捜索は、絶望的なまでに難航した。


「クソッ! どこにもいやがらねえ! 本当にこの宙域で遭難したのかよ!?」


俺はコンソールを叩いた。


時間だけが無情に過ぎていく。


ローズマリーの焦りが、通信越しに伝わってくる。


頼む、生きていてくれ……。


じゃなきゃ、アイツらが報われねえ。


その時だった。


『……! お願い! 星々よ! 宇宙(そら)よ! 教えて! ララティーナさんの命の在り処を……!』


ミューの祈るような声が、ノイズ混じりの通信機から響いた。


直後、強烈なフォワードの波動が、銀色の波紋となって空間に広がったのを感じた。


俺の肌が粟立つ。


……おいおい、指輪なしでそこまでやるか!


命を削る気かよ!


『……! ベレット! ローズマリー! 感じる! あっち……! あの、大きな黒い小惑星の影! 微弱だけど……確かに……! 生命反応とSOS信号の、か細い響きが……!』


ミューの声が、奇跡を告げた。


「……! ミュー! よくやった!!」


俺は歓喜の声を上げ、スターゲイザーのスラスターを全開にした。


示された座標へ急行する。


視界が開ける。


そこに、それはあった。


巨大な黒曜石のような小惑星の影に、打ち捨てられるように漂う一隻の小型宇宙船。


純白の流麗なデザイン。


だが、その船体はまるで猛獣に食い散らかされたかのように、無残に損傷していた。


装甲はめくれ上がり、内部隔壁が歪んでいる。


まだ火花が散っている。


今にも爆散しそうだ。


「何だ……!? これは!?」


俺は眼前の惨状に息を呑んだ。


俺のの直感が警鐘を鳴らす。


デブリの衝突痕じゃない。


装甲の溶け方、穴の空き方。


これは、明らかにビーム兵器による攻撃痕だ。


事故じゃねえ……。


誰かが、この船を沈めようとしたんだ。


背筋に冷たいものが走る。


これはただの遭難救助じゃない。


「明らかに、何者かに襲撃された跡だ!」


『マスター! 船内に、かろうじて生存者反応、一つ! バイタル、極めて微弱! ですが、まだ生きています……!』


「一人だけだと!? クソッ! 急いで救助するぞ! ローズマリー、周囲の警戒と援護を頼む!」


『承知いたしましたわ、ベレット様!』


ローズマリーは、クリムゾン・ローゼスで、周囲の浮遊デブリを、ビームピストルで精密に破壊し、安全なルートを確保する。


俺はスターゲイザーを、壊れ物に触れるように慎重に接近させた。


マニピュレーターを操作し、ひしゃげたハッチを無理やりこじ開ける。


ガキン! という鈍い音と共に、船内への道が開いた。


俺はコックピットから飛び出し、船外活動用のワイヤーを使って船内へ飛び込んだ。


中は地獄だ。


緊急アラートが悲鳴のように響き、焦げ付いた配線の匂いと、微かな血の臭いが漂っている。


疑似重力制御が切れた無重力空間を、機材の破片が亡霊のように漂っていた。


……ひでえもんだ。


生存者反応のあるブリッジへ急ぐ。


そこで、俺は見つけた。


メインコンソールの前に、ぐったりと倒れている小さな人影。


白い宇宙服。


ヘルメットのバイザー越しに見える、美しいプラチナブロンドの髪と、雪のように白い肌。


まだあどけなさの残る、可憐な少女。


まるで、壊れかけたビスクドールのようだ。


「……! いたぞ! 生存者発見!」


俺は通信を飛ばしながら駆け寄った。


バイタルを確認する。


……弱い。


灯火のように頼りない脈動。


だが、まだ心臓は動いている。


「よく生きていたな……」


俺はその小さな身体を、硝子細工に触れるように慎重に抱きかかえた。


腕に伝わる、か細い温もりと重み。


この軽さが、逆に命の重さを突きつけてくる。


絶対に死なせねえ。


連れて帰る!


俺は少女を抱え、スターゲイザーへと戻った。


背後には、かつての輝きを失った美しい船が、虚ろな姿を晒していた。


ただの遭難じゃねえ。


ここには、きな臭い事件の匂いが充満している。


だが今は、この消えかけた命を繋ぎ止めることが最優先だ。


俺は強く少女を抱きしめ、真空の闇を駆け抜けた。

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