第50話 アヴァロンの女王ルーナ、星屑を弄ぶ指と深淵の声
【視点:ルーナ・ルビントン】
惑星企業連合の心臓、秘密コスモコロニー「アヴァロン」。
その最上階にあるわたしの私室は、まさに天上世界の神殿。
巨大なクリスタルガラスの向こうには、漆黒の宇宙と、わたしが支配すべき星々が宝石のように散りばめられている。
深紅の絨毯、漂う濃厚なムスクの香り。
わたしは窓辺のソファに身を預け、クリスタルグラスを静かに傾けた。
深紅の液体が、わたしの瞳に妖しい光を落とす。
「フフフ、順調ね」
薔薇色の唇から、絹を裂くような甘美な囁きが漏れる。
「コンドルの愚かな王子も、コスモノイドの哀れな理想家も、アンドロメダの偽善者どもも。皆、このわたしの掌の上で、見事に踊ってくれているわ」
指先でグラスの縁を愛撫する。
彼らは所詮、チェスの駒。
わたしが描いた「破壊と再生」という壮大な脚本通りに動き、歴史という舞台で滑稽に踊るだけの道化。
ええ、踊りなさい。
もっと激しく、もっと無様に。
「そう、全ては……この腐敗しきった銀河を、完全に破壊するために」
瞳の奥で、氷のように冷たい野心の炎が揺らめく。
今の銀河は騒がしすぎる。
欲望、憎悪、欺瞞……耳障りなノイズばかり。
この偽善と欲望にまみれたこの世界を浄化するには、もはや優しい言葉など不要。
必要なのは、慈悲なき破壊のみ。
それは、かつて全てを奪われたわたしが奏でる、世界への鎮魂歌。
「踊りなさい、愚かな者たち。あなたたちの流す血も涙も、全てがわたしの理想世界の礎となるのだから」
指先でコンソールを操作し、ホログラムを展開させる。
闇を纏う、禍々しくも美しい機体。
レクイエム・ノワール。
わたしの絶大なフォワードを完全に解放し、あの「星の遺産」すら掌握するために設計された、究極の殺戮機械。
そして、新たな世界の創造主となるわたしの、漆黒の玉座。
もうすぐ全てが終わり、そして始まる。
わたしが女王として君臨する、完璧で、清浄で、永遠に続く静寂の世界が。
ふと、脳裏に遠い記憶が蘇る。
幼い日の孤独なわたしに響いた、不思議な「声」。
銀河をあるべき姿へ導くという、甘美な呪い。
『汝は、選ばれし者……星々の運命を紡ぐ、新たなる巫女……』
ええ、分かっているわ。
わたしにはその資格がある。
わたしにしか、できないことなのだから。
わたしは目を閉じ、意識を宇宙の深淵へと飛ばした。
特定の周波数を持つ、特殊な交信。
「……こちら、ルーナ。聞こえますか……? ……『X』……」
心の中で呼びかける。
しばしの沈黙の後、ノイズ混じりの、無機質で冷たい声が脳内に響いた。
まるで氷水を直接脳に注がれるような、不快で、それでいて抗えない感覚。
『……聞こえている……ルーナ。計画の進捗は? ……予定に滞りはないか?』
「ええ」
わたしは内心の警戒心を押し殺し、冷静に答える。
「全て、あなたの筋書き通りに順調ですわ。コンドル王国は内紛で疲弊し、間もなく崩壊するでしょう。アルベルト王子も、『星の遺産』の起動準備を進めております」
わたしはこの『X』に心を許してはいない。
わたしに力を与えたこの存在は、わたしを利用しているだけかもしれない。
けれど、今はまだ踊ってあげる。
あなたがわたしを利用するように、わたしもあなたを利用するだけ。
『結構。貴様のフォワード能力の制御は? ……レクイエム・ノワールの完成は近いか? ……そして、『器』の状態は?』
「問題ありませんわ。完成も間近。あれさえあれば、わたしの力も完全に制御可能です。そして『器』も……順調に力を蓄えています」
わたしの計画に、綻びなどあってはならない。
『そうか……ならば良い……。だが、ルーナよ、決して油断はするな。運命の糸は常に揺れ動く……』
声のトーンが、僅かに変わる。
『……特に、あの……ベレット・クレイの存在には、細心の注意を払え。……彼は、我々の計画にとって、観測不能な最大の障害、あるいは特異点となり得る存在だ……』
「……ッ」
その名を聞いた瞬間、わたしの胸の奥が、焼けるように痛んだ。
まるで古傷をえぐられたような、鋭い痛み。
なぜ……今、彼の名前を出す?
「……分かっていますわ」
わたしは冷たく答えた。
自分自身の動揺を押し殺すように。
そして何より、自分自身の甘さを切り捨てるように。
「もし、彼が……我々の計画の邪魔をするというのなら、このわたしが、自らの手で確実に排除いたします。彼は、もはや過ぎ去りし時代の遺物に過ぎませんから」
『良い心がけだ……。ではまた、時が満ちれば連絡する……』
『X』の気配が消える。
わたしはふぅ、と深く長い息を吐いた。
肩が震えている。
広すぎる部屋が、急に寒々しく感じられた。
全ては、銀河の未来のため。
……あの時の無念を晴らすため。
たとえ、この手がどれほどの血で汚れようとも。
もう止まらない。
止まれるはずもない。
その時、通信パネルが光った。
カミーラからのコール。
「ルーナ様。CEO、レオンハルト様がご面会を求めておられます。コンドル情勢について、直接ご報告をお聞きになりたいとのことです」
「レオンハルト様が? ……このタイミングで?」
わたしはわずかに眉をひそめた。
本当に目ざとい、老獪な獅子だこと。
面倒な狸親父。
……でも、まだあなたには利用価値があるわ。
「仕方ないわね。行ってくるわ」
わたしは優雅にソファから立ち上がった。
完璧な仮面を被り直す。
「忠実で有能な幹部」という、退屈な仮面を。
レオンハルト様。
あなたはまだ何も知らない。
あなたの野望も、全てはわたしの壮大な計画の一部に過ぎないということを。
……せいぜい踊りなさい。
わたしが用意した、残酷な舞台の上で。
わたしは冷ややかに微笑むと、静かな足取りで部屋を出た。




