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幕間 カシム司令の苦境、最後の希望「ヴァルキリー・ストライカー」 

【視点:カシム司令】


星々の光さえも凍てつくような、深淵の宇宙。


その絶対零度の闇の中を、私たちの城であり墓標でもある旗艦リベリオンが、悲鳴のような軋みを上げて進んでいた。


ブリッジは重く、張り詰めた沈黙に支配されている。


モニターの冷たい青白い光が、部下たちの疲弊しきった顔を死人のように照らし出し、断続的に繰り返される警報音の残響が、耳の奥にこびりついて離れない。


手元のマグカップから立ち上るのは、微かな機械油の匂いと、煮詰まって酸味を帯びた、泥水のようなコーヒーの香り。


私はそれを一口、喉に流し込む。


……まずい。


だが、今の私には、この苦みだけが生きている実感だ。


司令席に深く身を沈め、私はホログラムディスプレイに映し出される「絶望」を睨みつけていた。


コンドル王国軍による執拗な追撃。


散発的に起こる味方艦隊との通信途絶。


そして、ハイエナのように影からこちらの消耗を伺う、宇宙海賊の不穏な艦影。


リーダーという名の見えない重圧が、鉛のように両肩にのしかかる。


胃の腑が焼けるようだ。


もし私がここで判断を誤れば、何千、何万という同胞の命が、この虚無の宇宙に散ることになる。


「カシム司令」


静寂を破ったのは、副官サーシャの悲痛な声だった。


「先ほど入った報告によりますと……企業連合から供与された新型ミサイルの一部に、またしても意図的な欠陥が発見されました。やはり、彼らは信用できません! 我々をコンドル軍と共倒れさせるための、使い捨ての駒としか見ていないのです!」


サーシャの瞳には、裏切られたことへの怒りと、純粋な理想が踏みにじられる悔しさが滲んでいた。


彼女の信じる「正義」は、巨大な組織の冷徹な計算の前で、あまりにも無力だ。


その真っ直ぐな瞳を見るのが、今の私には辛い。


「分かっている、サーシャ」


私は肺の奥から、重く澱んだ溜息を吐き出した。


その息は白く、冷え切ったブリッジの空気に溶けて消える。


「私も、あのコウモリどもを心の底から信用しているわけではない。だがな……今の我々には、他に選択肢がないのだ」


言葉にするたび、喉が苦い味で満たされる。


無力さを噛み締めるようだ。


「コンドル軍の圧倒的な物量の前に、我々の掲げる理想だけでは、同胞たちの命を守ることすらできん。今は耐える時だ。泥水を啜り、屈辱にまみれ、利用できるものは悪魔だろうと利用する。……全ては、我々コスモノイドが真の自由をこの手に掴む、その未来のために」


私は窓の外に広がる、どこまでも冷たい星の海を見つめた。


この暗闇の向こうに、本当に夜明けはあるのだろうか。


いや、あると信じなければ、死んでいった者たちに顔向けができない。


「しかし、司令!」


サーシャは唇を噛み締め、食い下がる。


「前線の兵士たちの中には、この不透明な協力関係に強い反発を抱く者も少なくありません! 『我々は金のために戦っているのではない! 自由のために血を流しているのだ!』と……彼らの魂の叫びが、聞こえませんか!? このままでは、我々の士気そのものが内部から崩壊してしまいます!」


痛いところを突く。


その叫びは、私自身の心の叫びでもあった。


「それも、痛いほど分かっている!」


私は拳を強く握りしめた。


「だからこそだ、サーシャ! だからこそ我々は、一刻も早く我々自身の力を手に入れなければならないのだ! 借り物の力ではなく、誰にも依存しない、我々だけの『牙』を!」


私の声に、自然と熱がこもる。


「ユウキが今、開発しているあの新型機「ヴァルキリー・ストライカー」! あれこそが、我々の最後の希望の光なのだ!」


私は震える指で通信機のスイッチを入れた。


秘密基地に籠り、命を懸けて開発を続ける若き天才の名を呼ぶ。


少女に、全てを背負わせなければならない自分が歯痒い。


だが――。


「ユウキ、聞こえるか? 状況はどうなっている? ヴァルキリー・ストライカーの完成は、まだか?」


『司令!』


ノイズ混じりの通信機から聞こえてきたのは、ユウキの若々しい、しかし切羽詰まった声だった。


キーボードを叩く音が、機関銃のように背後で響いている。


『申し訳ありません! 最終調整段階で、フォワード増幅システムの制御アルゴリズムに予期せぬバグが発生してしまいました! 理論値が出ないんです!』


「……!」


『ですが、必ず! 必ず完成させてみせます! この機体がなければ、みんなが……! あと、あと少しだけ時間をください!』


悲鳴のような嘆願。


彼女の細い肩に、全コスモノイドの命運が掛かっている。


重すぎる荷物だ。


だが、私にはもう彼女に縋ることしかできない。


「よし、ユウキ」


私は努めて冷静に、そして父親が子に語り掛けるように力強く言った。


「お前を信じている。だが、時間は残されていない。急いでくれ。我々の……いや、コスモノイド全ての未来が、その翼にかかっているのだぞ。頼んだぞ、ユウキ……!」


通信を切る。


指先が微かに震えているのを悟られぬよう、私は強く肘掛けを掴んだ。


ブリッジに、再び重く冷たい沈黙が落ちる。


依然として絶望的な戦況を示す赤いアラートが、無情に明滅を続けている。


耐えてくれ、みんな。もう少しだ……。


自由という名のか細い灯火を掲げ、巨大な闇に立ち向かう我々。


その希望の光は、果たしてこの茨の道を照らし、約束の地へと導いてくれるのだろうか。


私は奥歯を噛み締め、迫りくる運命の刻を待った。

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