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第48話 夢の国の裏側、女帝の思惑と銀色の影

【視点:ローズマリー】

リバティ・ランドの華やかな光が届かない、舞台裏の闇。


そこは、夢の残骸が打ち捨てられた、薄暗いバックヤード。


甘ったるいポップコーンの香りに混じって、生ごみの腐臭と錆びた金属の匂いが、鼻腔をくすぐる。


パイプから漏れる「シューシュー」という蒸気の音が、まるでこの夢の国の、疲れ切ったため息のように聞こえた。


ああ、なんて不潔で……そしてなんて、お似合いの場所なのでしょう。


その光と影の境界線で、スーパーラビットに扮したわたくしは、逃げ惑うレグルス様を、ゆっくりと追い詰めていた。


ええ、まるで、追い詰められた哀れな鼠を弄ぶ、しなやかな猫のように。


「あらあら、本当に手間のかかる、大きなマスコットさんですこと」


「……! ぶ、ブラッディ・ローズ!! き、貴様……! なぜ、俺様の計画を知っている……!?」


レグルス様は、残された最後の力を振り絞り、その巨体で再び襲い掛かってくる。


恐怖に歪んだ顔。


暴力でしか自己を表現できない哀れな魂。


直線的で、ただ欲望に任せただけの動きなど、わたくしの前では赤子の戯れにも等しい。


わたくしは、その攻撃を柳に風と受け流し、最小限の動きでひらりとかわした。


そして次の瞬間、純白のハイヒールブーツの鋭利な先端で、彼の腹部を容赦なく蹴り上げた。


ドガッ!!


「ぐっ……はっっ!!」


獣人の巨体が「くの字」に折れ曲がり、積まれていたコンテナごと弾け飛んだ。


彼は壁際に無様に腰をつき、ゼーゼーと汚い息を吐き出した。


後ろへ下がろうとしても、そこはもう、冷たい行き止まりの壁。


「さて、どうして差し上げましょうか?」


わたくしはゆっくりと、コツ、コツと、ヒールの音を響かせながら彼へと近づいていく。


「ただ殺すのも芸がありませんわね。何か面白い、素敵な命乞いでも聞かせてくださらないかしら?」


「わ、わかっているのか!? こ、この俺様を殺せばどうなるかを! バックにはヤツらがいるんだぞ!!」


レグルス様は血の泡を吹きながら、わたくしを睨みつけた。


「このポート・リバティで、無事に生きていられるとでも思っているのか!?」


「まあまあ、脅しですの? お可愛らしいこと」


わたくしは心底おかしくて、くすくすと笑ってしまった。


何も知らないというのは、ある意味で幸福ですわね。


「ご心配なさることはありませんことよ? 今頃、あなたの自慢の『ゴールド・ライオン』の残党の方々は、宇宙の美しい星屑となっている頃でしょうから」


絶対零度の宣告。


彼が頼みにしていた力など、もうこの宇宙のどこにも存在しない。


少々、名の知れたの宇宙海賊たちに、仕事を発注しすぎたかもしれませんわね。


とはいえ、結果としては、わたくしの思い描いた通りですけれど。


「それに、ご存知ないようですわね。このポート・リバティの他の有力なシンジケートの方々も、皆、わたくしに、喜んで、協力してくださいましたのよ。『あの騒々しくて、野蛮なだけの獣が、静かに消えていなくなるのなら、我々は惜しみなく、あなたに手を貸そう』と。ですから、ここで、あなたという大きな『マスコット』を、わたくしが、どう処理しようと、誰一人として、文句を言う方など、いらっしゃらないのです」


「な、なんだと……!?」


レグルス様の目に、初めて本当の絶望の色が浮かんだ。


全身から急速に血の気が引いていく。


わたくしは、彼の目の前で足を止め、その顔を覗き込んだ。


「さあ、懺悔はもうお済みになりましたか? フォワードの大いなる御力にお祈りは? 星屑の海へと還るための心の準備は、もうよろしいかしら?」


「……! ……こ、この女狐がぁぁぁっ!!!」


レグルス様が最後の力を振り絞り、鋭い爪でわたくしの首を掴もうとした、その瞬間。


ビューン!


赤いレーザーの閃光が、彼の眉間を正確に貫いた。


わたくしの肌に触れるよりも早く、彼の命は刈り取られた。


はあ……。


わたくしがゆっくりと振り返ると、そこにはいつの間にか、闇に溶け込むような黒い戦闘服を纏った銀髪の少女が立っていた。


「ローズマリー様」


凛とした、氷のような声。


「お戯れが過ぎます」


「シータ」


わたくしは少女の名を呼んだ。


愛らしく、忠実で、そして融通の利かないわたくしの騎士。


「わざわざあなたが手を出さなくても」


「そういうわけにはまいりません」


シータはレーザーガンを音もなくホルスターにしまった。


「それに、この程度の雑種ごときに、ローズマリー様がその尊いお手を直接汚される必要など、微塵もございませんから」


シータはレグルス様の亡骸に近づくと、黒い手袋の手をかざした。


彼女の全身から、銀色の星屑のような光の粒子が放出される。


強力なフォワード能力。


粒子が巨体を覆い尽くすと、その骸は音もなく、匂いもなく、痕跡すら残さずに消滅した。


見事な手際。


……相変わらず、彼女の『掃除』は完璧ですわね。


「それよりシータ。こんなところにいて大丈夫なのかしら? 大事なお仕事があるのではなくて?」


わたくしはシータへ歩み寄り、その小柄な身体を優しく抱き締めた。


戦いの緊張を解いてあげたい。


そんな親心。


「問題なく遂行しております。ブラッディ・ローズ海賊団の再編も、ほぼ完了いたしました」


「結構。いつも迷惑をかけますわね」


わたくしは抱きしめる腕に力を込める。


すると、シータが胸の中で小さな声で尋ねてきた。


「ローズマリー様。いつまで、このような茶番をお続けになるおつもりですか? どうか『アヴァロン』へお戻りください。あなた様が本当にいるべき場所へ」


シータは顔を上げ、氷のように冷たい青い瞳でわたくしを見上げた。


その瞳には、純粋な忠誠心と、深い焦燥感が宿っている。


「それはできませんわ、シータ。わたくしには、やらなければならないことがありますから」


「なぜですか……?」


シータの声が震えた。


「なぜ、ローズマリー様は『アレ』に、そこまでお優しくなさるのですか!?」


「あら、いけないのかしら?」


「はい。わたしには、理解できません」


明確な不満。


そして嫉妬。


シータにとって、わたくしを惑わす「害虫」でしかないのでしょう。


「ローズマリー様の偉大なるお力と、崇高なるご計画のお役に立てるというのならまだしも……『アレ』にあなた様が心を砕かれる価値など、あるとは到底思えません!」


ああ、シータ。


ほんと、そっくりですわね。


「フフフ。嫉妬かしら? 本当に可愛らしいわね、シータ」


わたくしはからかうように、彼女の銀色の髪を撫でた。


「……! そういうわけではありません」


シータは、少しだけ頬を赤く染め、わたくしのバニースーツの胸元に、さらに強く、顔をうずめてきた。


「ただ、わたしの方が、『アレ』よりも、ずっと、ずっと、あなた様のお役に立てます。フォワードの力も、今は、もう、完全に制御できるようになりました。決して、あなた様を、失望させるようなことは、いたしません」


頬を赤く染め、わたくしの胸に顔をうずめるシータ。


いじらしくて、愛おしい、わたくしの最強の剣。


そして、わたくしが守らねばならない、もう一人の家族。


「あらあら。本当にさびしんぼうさんですこと」


わたくしは彼女の手を取った。


「あなたにはいつも心から期待しているわ。ですから、もう少しだけ今の任務を頑張ってちょうだい。ね?」


「……はい。ありがとうございます、ローズマリー様」


シータは小さく頷いた。


ごめんなさいね、シータ。


わたくしはまだ、あの船を降りるわけにはいかないのです。


わたくしたちの未来のために……。


「そうですわ。先ほどのマスコットさんの骸、少し調べておいてもらえるかしら?」


「レグルスに何か?」


「ええ。彼のフォワードが少し妙な形で淀んでいるように見えましたの。まるで、誰かに欲望を強制的に増幅させる特殊な『術式』を施されていたかのように」


わたくしは腕を組み、思案した。


あの不快な感覚。


あれは、わたくしの良く知る忌まわしい手口。


「アンドロメダ正教会の一部の過激派がよく使う術式に、とても似ていましたから」


「……! 正教会も、このポート・リバティで動き出していると……?」


「今はまだ末端レベルでしょう。ですが、本格的に介入してくるのは時間の問題ですわね。頼みましたわよ。シータ」


「はっ! 承知いたしました!ローズマリー様!」


シータは深々と一礼すると、銀色の光の粒子となって闇の中へ溶けるように消えていった。


一人残されたバックヤード。


わたくしはポート・リバティの空を見上げた。


この銀河は、わたくしたちの行く末をどう照らしているのでしょうか。


ベレット様。


貴方様の傍にいることが、わたくしにとって贖罪となるのか、あるいは新たな罪を重ねることになるのか……。


今もまだ、答えは出ない。


出せるわけもない。


けれど、貴方様の隣で笑っている時だけは、わたくしは「ローズマリー」という一人の女でいられる気がするのです。


「さて、わたくしも……キャプテンの待つ船へと帰りましょうか」


わたくしは、光の当たる場所へとゆっくり歩み出した。


愛すべき「お馬鹿さんたち」が待つ、あの騒がしくて温かい場所へ。

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