第47話 観覧車の密室、語られる騎士の夢
【視点:ミュー・アシュトン】
リバティ・ランドの喧騒と、ヒーローショーの熱狂が、まるで遠い世界の出来事のように背後へ遠ざかっていく。
コロニーの人工灯は緩やかに、夜のプログラムへと移り変わっていった。
終わっちゃう……。
楽しかった時間が、もう終わっちゃう。
胸がキュッとなる。
ローズマリーのおかげで可愛い服も着た。
ベレットと一緒に海賊も倒した。
美味しいジェラートも食べた(半分食べられたけど)。
でも、まだ足りない。
もっと、もっとベレットとの思い出が欲しい!
まだ……まだ終わらせない!
私の心の中で、何かが強く叫んだ。
せっかくのベレットとのデート。
ヒーローショーで終わるなんて、そんなの色気なさすぎる!
もっとこう、甘くて、切なくて、一生忘れられないような思い出を作らなきゃ!
私は、今この瞬間を逃してはならないと確かな決意を瞳に宿し、ベレットの手を強く引いた。
「ねえ、ベレット! 最後に、あれに乗りたいの!」
私が指差したのは、ポート・リバティの夜景を一望できる巨大な観覧車「リバティ・ホイール」。
星々の海へ続く光の輪。
いくつもの宝石箱のようなゴンドラが、ゆっくりと壮大に回転している。
あれよ! デートの締めくくりと言えば、観覧車!
あれに乗れば……密室! 二人きり!
そして、てっぺんで……キャーッ!
「まだ、乗りてえのかよ」
ベレットは呆れたように悪態をついた。
でも、その顔は本気で嫌がっているわけじゃない。
私は知ってるんだから。
「ったく、しょうがねえな」
やった!
施設の入り口で係員にチケットを見せると、私たちは近づいてくるゴンドラへ吸い込まれるように乗り込んだ。
ドアがプシューと音を立てて閉まり、外界の喧騒が遮断される。
そこは、二人だけの静かで親密な空間。
ゴンドラがカタンと微かな振動と共に上昇を開始した。
「わぁ……!」
私はゴンドラの窓に顔を押し付けるようにして歓声を上げた。
眼下に広がる光の海。
まるで宝石を散りばめたみたい。
隣には大好きな人。
完璧なシチュエーション!
「ベレットと一緒に、こんな綺麗な乗り物に乗れるなんて……! なんだか、ビックサム学園の学園祭の時みたいで、嬉しいな!」
「そうかよ。俺にとっちゃあ、ただの金の無駄遣いだがな」
「むーっ! もう、ベレットったら! もっと他にロマンチックな言い方はないの!?」
「もう、俺はあの頃のガキじゃねえんだよ」
「ベレットの、意気地なし!」
私は頬をぷくりと膨らませて、ベレットをじっと見つめた。
素直じゃないんだから……。
でも、そこがベレットらしいんだけどね。
本当は分かってる。
ベレットが無理をして付き合ってくれていること。
だからこそ、嬉しいの。
ゴンドラがゆっくりと高度を上げていく。
狭い密室。
触れそうな距離。
ベレットの匂い。
心臓がうるさいくらいに高鳴っている。
ゴンドラがゆっくりと高度を上げていく。
眼下に広がるリバティ・ランドの光が、宝石のように小さくなっていく。
その向こうには、ポート・リバティの果てしない光の海。
静寂。
ただゴンドラの微かな駆動音だけが、二人の間に流れる。
……言わなきゃ。
茶化さずに、ちゃんと私の気持ちを。
……今だ。
今しかない。
私は意を決して口を開いた。心臓が早鐘を打つ。
「ねえ、ベレット。私ね、ずっと思ってたことがあるの」
純白のワンピースの裾を、指先が白くなるほど強く握りしめた。
「ビックサム学園にいた頃から、私はずっと……あなたの隣に立てるような、あなたを支えられるような、そんな『星詠の巫女』になりたいって」
「ミュー」
「コンドル王家や、父様たちが、それを決して許さないことくらい分かってる」
視界が涙で滲む。
私の家柄、立場。
そんなものが、いつも私たちの間に壁を作っていた。
でも、今は違う。
私はもう、ただのお姫様じゃない。
「でも、それでも私、ずっと考えてた。どうすればあなたの傍にいられるかって……。ただ守られるだけじゃなくて、あなたの力になりたいって」
「気持ちはありがてえよ、ミュー」
ベレットは苦々しい表情で言葉を絞り出した。
「だがな、俺は生粋のコンドルの人間じゃねえ。お前みてえな公爵家のお姫様とは、住む世界が違いすぎたんだよ」
またそうやって線を引く……!
悔しさと、切なさがこみ上げる。
「じゃあ、なんで……なんでリリーナなら良かったの!? 彼女だって王女だったじゃない!」
言ってしまった。
ずっと胸につかえていた名前。
私にとっての永遠のライバルであり、越えられない壁。
「リリーナは、無理してたんだよ」
ベレットは私から視線を外し、窓の外の虚飾に満ちた風景を見つめた。
「俺のせいで、アイツはその立場を悪くしちまった。王族貴族の連中から、ずっと腫れ物みてえな目で見られて、苦しんでた……」
彼の剃刀色の瞳が、過去の後悔に揺らめく。
……そんな顔、しないでよ。
私が慰めてあげたいのに、あなたの心にはまだ彼女がいるの?
嫉妬なんて吹き飛んでしまうくらい、彼の横顔は傷ついて見えた。
「今思えば、おかしな話だったんだ。俺みてえな血筋も後ろ盾もねえ、ただの半端もんがコンドルの騎士になろうなんざな」
口元に自嘲するような乾いた笑みが浮かぶ。
「あの頃の俺は、ただ馬鹿だったんだよ。ガムシャラに努力さえすれば、いつか何とかなるって本気で信じてた。騎士にさえなれば、俺を見下す連中やリリーナを悪く言う奴らを黙らせることができるってな。だが、このクソったれな宇宙は、そんなに甘くはなかったのさ」
彼は深く重いため息をついた。
「結局、俺は何もかも失ってコンドルを追い出された。どこにも行く当てもなく。だから俺は、宇宙海賊になったんだ」
「そう……」
私は何も言えず、ただ彼の横顔を見つめることしかできなかった。
彼の孤独。
彼の傷。
傷だらけだ……。
ベレットの心は、ずっと昔から傷ついたままなんだ。
「ベレットの……お父様とお母様は、どうしているの?」
何とか言葉を紡ぎ出した。
もっと彼のことを知りたい。
「俺の、親か?」
ベレットは顔に手を当て、吐き捨てるように呟いた。
「知るかよ」
「でも宇宙商人として、銀河中を飛び回ってるって言っていたじゃない?」
「宇宙海賊になった後も、会ったことも噂を聞いたこともねえ。もうとっくに、どっかの辺境の惑星でくたばってるんじゃねえか?」
彼の声は乾いて、冷たかった。
でも、その奥に隠された寂しさを、私は感じ取った。
ベレット……あなたは一人じゃないよ。
ゴンドラの中を重い沈黙が支配する。
私はそっと、ベレットの膝の上に頭を乗せた。
今は、言葉なんていらない。
ただ、体温を伝えたい
銀色の髪が、使い古したジーンズの上に滑らかに広がる。
落ち着く匂い。
ゴワゴワした生地の感触が、今は愛おしい。
「おい、ミュー」
「今は、こうしていたいの」
私はそう囁くと、ベレットの温もりを全身で感じた。
そして彼の顔を見上げ、唇を開いた。
「私もね、ベレットと同じよ。コンドルには、私の居場所なんてどこにもないの」
視線を窓の外の星々の海へ移す。
「でもね、ベレット。私、あなたに再び出会えて、本当に、本当に良かったって心の底からそう思ってるの。スターダスト・レクイエム号が、私の本当の居場所だってそう思えるから」
私はベレットのお腹に顔をうずめた。
硬い腹筋。
温かい体温。
ベレットはただ黙って、私の頭に手を置いてくれた。
その不器用な優しさが、たまらなく好き。
「でも、ローズマリーはちょっとどうかと思うけどね!」
照れ隠しに、私は少しだけ毒づいた。
「あの陰険な仮面女は胡散臭いことこの上ないし。まあ、面倒見がいいことだけは認めてあげてもいいけど!」
「胡散臭いのは確かだな」
「ナビィはすごく優しくて、いつも私のことを助けてくれるの! 船のメンテナンスもすごいのよ! それにハッキング能力も銀河一なんだから!」
「ああ、それは知ってる」
「それとね、ナビィに銀河中のデータベースにアクセスしてもらって、私の端末に昔の恋愛ムービーとか少女コミックとか、いろいろダウンロードしてもらってるの!」
「お前ら、そんなことしてやがんのかよ……」
「えへへへっ」
ふふ、ベレットが呆れてる。
でも、笑ってくれた。
二人はしばし、ポート・リバティの人工灯が織りなす夕焼けを眺めていた。
リバティ・ホイールのゴンドラはゆっくりと回っていく。
ああ、幸せ……。ずっとこのまま回っていたい。
やがて、ゴンドラが光の輪の頂上へと登り切った頃。
私の頬に街の光が差し込み、茜色に染まる。
……ここだわ。
私の「フォワード」の勘が告げている。
今こそ、運命の時!
「ねえ、ベレット」
私は意を決して体を起こすと、ベレットの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私ね、ずっと、ずっとあなたに言えずにいたことがあるの」
ベレットは静かに言葉を待った。
その瞳に、私が映っている。
私だけが映っている。
「私は……」
私は僅かに背伸びをし、震える唇をベレットの唇へと近づけていく。
心臓が破裂しそう。
あと数センチ。
あと少しで、夢が叶う。
「今も昔もずっと、あなたのことが……」
純粋な想いを、初めての口づけとして捧げようとした、その瞬間。
ドクン。
胸の高鳴りとは違う、不吉な鼓動が胃の腑で鳴った。
「……うっ……!?」
私の顔色が急速に青ざめるのが自分でも分かった。
……え? なにこれ?
胃の奥からこみ上げる、強烈な不快感。
さっき食べたリバティ・ラビット・ジェラートの甘さと、スペースクルーザーの激しい揺れ、そして観覧車の独特な浮遊感が、最悪の化学反応を起こしている!?
「べ、ベレット……。ごめ、なさい……。きゅ、急に……なんだか、すごく気持ち悪く、なっちゃった……」
「おい、大丈夫か?」
ベレットの目が点になった。
「食い過ぎか? それとも酔ったか?」
「う、うん……。多分、酔っちゃった……みたい……。あ、あっ、だ、だめ……! まずい、かも……!」
私は涙目で口元を必死に押さえた。
嘘でしょ!?
嘘だと言って!
こんなロマンチックなクライマックスで!?
「恋の予感」じゃなくて「吐き気」がこみ上げてくるなんて!
「……! ……お、おい! 我慢しろ! 絶対に我慢しろよ! もう少しで降りれるから! なっ? 背中でもさすってやろうか!?」
「ありがとう……。でも……、だ、だんだん、もう、限界……、リバティ・ラビットが出てきそう……」
「待て待て待て! 絶対に待て! 今、準備するから! 耐えろ! 頼むから耐えてくれぇぇぇっ!!」
ベレットは革のジャケットから慌てて袋を取り出す。
「……うっ……!?」
「おい! 待ってくれ! こっちだ、ミュー! こっちに出せぇぇぇっ!!」
ロマンチックなゴンドラの中に、ベレットの悲痛な叫び声が虚しく響き渡った。
星屑となって消えていく意識の中で、私は思った。
私の……私のファーストキスがぁぁぁ……!!




