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第5話 6億の契約と開かずの棺

深淵の宇宙。


数多の星屑が舞うその海を、一隻の影が進んでいた。


スターダスト・レクイエム号。


俺たちの城だ。


幾星霜の旅路を経て、俺たちはついに因縁の地、コンドル星系へと帰還した。


かつて銀河に名を轟かせた、栄光の騎士の国。


だが今のコンドルは、覇権を巡る血なまぐさい戦乱の渦中にある。


宙域には、王国軍の厳重な警戒網。


まるで目に見えぬ蜘蛛の巣が、幾重にも張り巡らされているかのようだ。


ブリッジには、針で突けば破裂しそうな緊張感が漂っていた。


「マスター、前方セクターデルタに高密度センサー網を確認。網目のピッチは0.03秒。探知パターンは三相式、周波数はランダム変動」


ナビィの絹を叩くような、淀みない声が響く。


彼女の白い指がコンソールの上を舞い、複雑な電子の糸を紡ぎ出す。


その動きは神速にして優雅。


無駄など一切ない。


さすがは俺の相棒。


コイツがいなけりゃ、俺はとっくに宇宙の塵だ。


「右舷30度、シータ角15度へ回避運動パターン・アルファを実行。同時にナビゲーションシステムへ擬装信号をパケット単位で発信。ステルスフィールド、最大展開します」


「よし、頼むぜ」


船体がわずかに振動し、インジケーターが青い光を放つ。


『光学迷彩レベル68、熱紋抑制率99.9%』。


俺たちは宇宙の闇に溶け込み、敵の懐へと深く潜り込んでいく。


俺はナビィのハッキング能力と、野生の勘とも言える操艦技術を融合させ、検知網の僅かな隙間を縫っていく。


1/1000秒のミスが命取りだ。


ヒヤリと冷たい汗が背筋を伝う。


コンドル本星の青く美しい大気が、眼前に迫る。


「大気圏突入!」


ナビィが叫ぶ。


灼熱の炎の洗礼を受けながら、船体は激しく振動し、悲鳴を上げる。


モニターが真っ赤に染まる中、かつて見慣れた故郷の景色が猛スピードで流れ去っていった。


                 ◇


やがて俺たちは、ガルム司令官から指定された座標――首都の奥まった廃棄ドックへ、音もなく滑り込んだ。


ゴウン……と重く低い音が響き、船は沈黙する。


ドック内は死んだように静まり返っていた。


人影はなく、錆びた金属の匂いと、時の(おり)のような埃っぽい空気だけが漂っている。


「ケッ、随分と寂しいお出迎えじゃねえか。まるで、お化け屋敷だな」


俺は憎まれ口を叩く。 だが、心の奥で、古傷がズクリと疼いた気がした。


「これが、俺の故郷ねえ……」


希望に満ちた士官学校時代。


笑い合った仲間たち。


そして、全てを奪われた屈辱と絶望。


亡霊のような記憶が脳裏をよぎる。


『マスター、感傷に浸る時間はありません。環境センサーが複数の生体反応を探知。数は5。微弱なエネルギー反応から、重武装している可能性があります』


ナビィの冷静な声が現実に引き戻す。


その時、外部通信機が甲高いアラート音を上げた。


『こちら、コンドル王国軍総司令官、ガルムだ。久しぶりだな、ベレット。相変わらず遅刻とは。まあいい、まずは無事に到着したこと、歓迎しよう』


懐かしくも忌まわしい、恩師の声。


腹の底に、どろりとした鉛のようなものが溜まるのを感じる。


「ガルム先生か」


俺はぶっきらぼうに応じた。


感情を押し殺して。


「で? 話ってのはなんだ? あん時の報酬の話、本当だろうな?」


『フッ、まったく変わらんな、お前は』


ガルムは僅かに笑った。


『安心しろ。約束は守る。成功すれば、な。単刀直入に言おう。貴様に、ある物を運んでもらいたい。コンドル王国にとって、重要な『積み荷』だ』


「重要な『積み荷』、ねえ。ますますキナ臭くなってきたな」


俺の心が、獲物を狙う獣のようにギラつく。


『報酬は、任務完了後、成功報酬として必ず5億クレジットを支払う』


5億……!


俺は思わず生唾を飲み込んだ。


全身の血が沸騰する。


それだけあれば、全てが変わる。


「悪くねえ。だが、ブツは?」


興奮を隠しきれずに尋ねる。


だが心のどこかで、警鐘が鳴り響いていた。


『心配は無用だ。積み荷は厳重に封印されている。ただ……』


ガルムの声色が、一瞬暗い影を帯びた。


『その積み荷は、非常にデリケートな代物だ。中身を、絶対に、確認することは許さん。絶対に、だ。それが今回の契約条件だ。もし破れば……貴様の命はないと思え』


静かだが、絶対的な響き。


「おいおい、先生。そいつはあんまりじゃねえか? 中身も確認できねえ荷物を運べってか? そんな仕事、聞いたことがねえ!」


『ベレット。これは秘匿レベルAの依頼だ。もし中身を覗き見たならば、貴様だけでなく、その傍らにいる美しい人形もどうなるか……分かっているな?』


「……! クソ!」


俺は歯を食いしばった。


言葉にできない怒りがこみ上げる。


結局、あんたにとって俺は使い捨ての駒かよ。


「分かったよ! 契約だ! 引き受けてやる! だがな、先生! 一つだけ言っておくぜ。もし何かヤバいことになったら、俺は真っ先にこの荷物を放り出して、銀河へ高飛びするからな!」


『ああ、それでいい。契約成立だ』


                ◇


俺は重い足取りでドックへ降り立った。 そこにはガルムと、完全武装した兵士たち。


そして彼らの間に、異様な存在感を放つ巨大なコンテナが鎮座していた。


規格外の大きさ。


氷塊のような純白で不気味な表面。


禍々しい紋章と、古代文字のような警告マーク。


コンテナそのものから、絶対零度のような冷気が放たれている。


「ベレット。くれぐれも慎重に扱え。赤子を抱くように、な。そして忘れるな。決して、決して、決して、中身を開けるのではないぞ」


ガルムの氷のような視線が、俺を射抜く。


「へっ、分かってるって」


俺は虚勢を張り、唾を飲み込んだ。


「金のためなら、なんだって運んでやるさ。それが、俺の流儀だ。契約(やくそく)は守るぜ、先生」


俺たちはコンテナを慎重に積み込んだ。


指先から生命力を吸い取られるような、異様な冷たさ。


「マスター」


ナビィの声が響く。


「そのコンテナ……非常に不吉な予感がいたします。高レベルの不安定なエネルギー反応。そして、フォワードのような、歪んだ思念のようなものを検知しました」


「ああ、分かってるよ。お前もしっかりサポートしろよ、ナビィ。何せ、俺様の命と5億クレジットがかかってるんだからな!」


俺たちは、まるで棺桶を運ぶかのように重々しく、コンドルを後にした。


操縦桿を握りながら、ふとナビィに話しかける。


「それにしてもよお、ナビィ。お前、最近やけに人間臭くねえか? 心配したり、予感がするとかよ。前はもっと冷たくて、綺麗なだけの人形みたいだった気がするんだがな」


「マスター、何をおっしゃっているのですか?」


ナビィはわずかに視線を逸らした。


「私は最適な応答プロトコルをシミュレートしているに過ぎません。AIに、感情というノイズは存在しません」


その声には、ほんの僅かな揺らぎがあった。


「へっ、そうかい」


俺は鼻で笑った。


「まあ、どっちにしろ、お前が相棒であることには変わりはねえがな」


照れ隠しに笑い飛ばし、俺は舵を取る。


目指すは惑星企業連合の宙域だ。


              ◇


【同時刻――コンドル王宮・アルベルト王子の執務室】


黒曜石のように磨き上げられた陰鬱な部屋。


アルベルト王子は、深紅のワインを揺らしながら、巨大なホログラムモニターを見つめていた。


「ククク。ガルム爺も、うまくやっておるかな?」


画面には、膨大なデータと不穏な文字列。


そして別のモニターには、液体で満たされたカプセルの中で眠る、一人の少女の姿が映し出されていた。


リリーナと瓜二つの、クローン体。


「待っていてください、私の、リリーナ姉さん」


アルベルトは、狂おしい執着を込めて囁く。


「私は決して諦めない。必ずやこの手で姉さんを蘇らせ、『星の遺産』の力で永遠の王国を築く。それこそが、私の天命なのだから……!」


重厚な扉が開き、漆黒の騎士クラウスが影のように現れた。


「殿下。例の『積み荷』を積載した輸送艦隊が、予定通り発進いたしました」


「フッ、そうか。実に結構」


アルベルトは満足げに頷いた。


「ではクラウス。次の『手筈』を頼むぞ。惑星企業連合のルーナ嬢に連絡を取れ。『盤上の駒は、全て予定通りに動き出した』とな」


「はっ、御意に」


クラウスが去った後、アルベルトは再びモニターのリリーナを見つめた。 窓の外では、コンドルの夜景が不気味なほど美しく輝いていた。


「コンドルは必ず甦る。そしてこの私が、銀河の支配者となるのだ! リリーナ姉さんと共に!!」


狂気の笑みが、夜の闇に溶けていった。

お読みいただき、誠にありがとうございます。


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引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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