第46話 愛と正義の使者、スーパーラビット参上!
リバティ・ランドの中央広場。
そこは、様々な種族の言語、脳味噌を溶かすような陽気な音楽、そして暴力的なまでの食欲を刺激する甘い香りが混じり合う、まさに人種の坩堝。
欲望と笑顔が同居する、奇妙で、しかし抗いがたいほどに魅力的な祝祭空間だった。
……目がチカチカしやがる。
俺は、情報の奔流のように行き交う人混みを、ミューの手を引いて歩いていた。
俺の革ジャンと、頭の上のウサギ耳。
このふざけた格好で歩くことへの羞恥心は、もうとっくに麻痺している。
慣れとは恐ろしいもんだ。
「ベレット! 次は、あれが食べたい! リバティ・ラビット・ジェラート!」
ミューが、はしゃぎながら屋台を指差した。
その無邪気な笑顔に、俺の頬が勝手に緩みそうになるのを必死で引き締める。
だが、屋台のメニューに表示された数字を見た瞬間、俺の表情は凍りついた。
「おいおい、嘘だろ……」
可愛らしいウサギの顔を模したジェラート。
その横には、全く可愛げのない数字が並んでいる。
「こんな、ただの氷菓子が、40クレジットだと!? ぼったくりじゃねえか……!」
40クレジットありゃあ、俺が愛飲している安バーボンならボトルで2本はいける。
それを、こんな数分で溶ける砂糖水に? 正気か?
「いいじゃない! 一緒に食べよ!」
ミューは、俺の腕に、さらに強く、甘えるように抱き着いた。
上目遣い。
潤んだ瞳。
「……ったく、しょうがねえな、お前は」
俺は深く、重いため息をついた。
それは諦めではなく、完全なる降伏宣言だ。
しぶしぶ革のジャケットからクレジットチップを取り出し、胡散臭いほどにこやかに笑う屋台の店主に渡す。
財布の中身が軽くなる音と、ミューの弾むような心音が同時に聞こえた気がした。
◇
「落とすなよ。少し、落ち着ける場所に移動するぞ」
「うん!」
俺は広場の喧騒から少し離れた、イベント会場に面したベンチへとミューを導いた。
二人で並んで腰を下ろす。
ミューは、そのラピスラズリの瞳を星々のようにキラキラと輝かせながら、小さな舌でジェラートをぺろりと舐めた。
「んー! あまーい! おいしいー!」
その幸せそうな顔。
……まあ、いいか。
40クレジットでこの顔が見られるなら、安いもんかもしれねえ。
俺の中に芽生えた、妙に柔らかい感情に戸惑う。
「そりゃあ、ようござんしたな、お姫様」
「はい、ベレットも、あーん」
ミューは、ピンク色のジェラートをスプーンですくい、俺の口元へと差し出した。
周囲の視線が刺さる。
カップルだと思われているのか、親子だと思われているのか。
ここは公開処刑場か?
……だが、拒否すればコイツは泣く。
泣かれたらもっと面倒だ。
「……へいへい」
俺は観念して、迷わず大きな口で、ぱくりとリバティ・ラビットの顔の半分を食べた。
「あー! もう! リバティ・ラビットの、顔がー!」
「まあ、40クレジット分の価値は、あるみてえだな」
口の中に広がる人工的な甘さと冷たさ。
甘ったるいが、歩き疲れた体には悪くない。
「もうちょっと、上手に食べてくれても、いいじゃない!」
「いいだろ、別に。俺が40クレジット、払ったんだしよ」
「もおー! そういう、問題じゃないの! ベレットのバカ!」
ミューは頬をぷくりと膨らませて、俺をジト目で見つめた。
怒った顔も、生意気で可愛いもんだ。
俺たちの間に流れる、穏やかでこそばゆい空気。
こんな時間も、悪くねえ――なんて、柄にもないことを考えた、その時だった。
『皆様、お待たせいたしました! これより『スーパーラビット』のスペシャル・ヒーローショーを、開催いたします!』
会場に陽気なアナウンスが響き、派手な照明が灯った。
ステージ上には、派手な衣装を纏ったキャストやエキストラたちが、次々と現れる。
俺たちはジェラートを舐めながら、ぼんやりとステージを眺める。
ヒーローショーか。
平和なこったぜ。
『あら、大変!銀河のならず者、獰猛な怪人が、この平和なリバティ・ランドの街に、現れてしまったわ!』
会場に、緊迫したナレーションが流れる。
派手な照明と大量のスモークと共に、ステージの袖から、凶悪なデザインの仮面を被った巨大な獣人が、姿を現した。
『フハハハハハ! 愚かな雑魚どもは、この俺様が、皆殺しにしてくれるわ!!!』
怪人は、鬼気迫る演技で、会場を魅了する。
そして、仮面の獣人はは巨大な棍棒を担ぎ、ステージから降りてきた。
のっしのっしと、観客を威嚇しながら歩いてくる。
……おいおい、演出にしちゃあ殺気が強すぎねえか?
俺の背中の毛が逆立つ。
長年、死線をくぐり抜けてきた本能が、警鐘を鳴らしている。
怪人は、真っ直ぐに俺たちの目の前で止まった。
「フハハハハハ! こんなところに、みすぼらしい雑魚がいたか! まずは、貴様から、くたばりやがれぇぇぇ!!!」
ブォン!
空気を切り裂く鋭い音。
それは演技の「フリ」じゃない。
質量を持った凶器が、ミューの頭上めがけて振り下ろされた。
「……! 何しやがる!! このクソッタレが!」
思考より先に、身体が動いた。
俺は反射的にミューを抱きかかえ、コンマ数秒の差で横へと飛び退く。
ドゴォン!!
俺たちが座っていたベンチが、粉々に砕け散った。
木片が舞い、土煙が上がる。
「……チッ!! 妙に、感がいい奴め!」
「ご、ごめんなさい、ベレット。ジェラート、落としちゃった……」
腕の中で、ミューが震えている。
地面には、無残に潰れたリバティ・ラビットのジェラート。
「んなもん、また、後で、いくらでも買ってやるから、気にすんな」
安心させるように、優しく囁いた。
「ミュー、大丈夫か?」
「うん…」
俺はミューを背後に隠し、腰のホルスターから愛銃スターダスト・リボルバーを抜き放った。
冷たい銃口を怪人に向ける。
俺の中のスイッチが切り替わる。
ここはもう遊園地じゃない。
殺し合いのリングだ。
「俺に、喧嘩を売ったことを、後悔させてやる。ただじゃ、済まさねえからな」
「貴様こそ、この獅子王レグルス様に、あれほどの恥をかかせておきながら、のうのうと、生きていられるとでも、思っていたのか!?」
怪人――レグルスが叫ぶ。
獅子王レグルス?
「レグルス…? 知らねえな」
本心だった。
俺に恨みを持つ奴なんて、銀河に星の数ほどいる。
いちいち雑魚の名前なんぞ記憶の容量の無駄だ。
「殺す! 絶対に、殺してやるぞ、ベレット・クレイ!」
レグルスの殺気が膨れ上がる。
全身から立ち昇る禍々しいオーラ。
薬物強化か。
……めんどくせえ。
ミューに危害が及ぶ前に、眉間をぶち抜いてやる。
引き金に指をかけた、その時。
『おっとぉ! 怪人が、善良な市民を、襲っているようですよぉ! 助けてぇ! 我らがヒーロー、スーパーラビット!』
会場に、再び、ナレーションが響き渡った。
そして、その声に応えるかのように、会場にいる子供たちから熱狂的な大人たちまで、スーパーラビットを呼ぶ大コールが、会場全体に、嵐のように響き渡った。
けたたましい音楽とカラフルな照明。
ステージが大量のピンク色の煙幕に包まれた。
なんだ?
今度は何の茶番だ?
『愛と正義と、そして、フォワードの御名において! 悪は、決して、許しませんことよ! スーパーラビット、ただいま、華麗に、参上ですわ!』
煙の中から現れたのは、白ウサギの仮面に、深紅のマント。
そして、豊満な曲線を大胆に晒す、純白のハイレグバニーガールスーツ姿の女。
『リバティ・ランドの平和を乱す、悪い怪人さんは、スーパーラビットが、フォワードの御力に代わって、お仕置きして差し上げますわ!』
スーパーラビットは、計算され尽くしたかのようなポーズを取りながら、名乗り口上を高らかに決めた。
背後で、色とりどりのカラフルな爆炎が、華麗に舞い上がった。
会場から、割れんばかりの熱狂的な歓声が、再び巻き起こる。
ボルテージは、既に、最高潮に達していた。
スーパーラビットは、レグルスの前に音もなく立ちはだかった。
「あらあら、これはこれは、随分と、悪い怪人さんですこと」
無駄に芝居がかった立ち振る舞い。
「この銀河の、全ての子供たちの夢と平和のために、星屑となって、消えていただきますわ!」
「……! …き、貴様は!」
レグルスが反応する間もなく、スーパーラビットは、白いハイヒールブーツで蹴り上げた。
ドガッ!
問答無用。
獣人の巨体が、信じられないほどの威力で、メインステージの上まで軽々と吹き飛ばされる。
スーパーラビットは、俺たちの方向へ、仮面の下から悪戯っぽくウインクをしてみせると、メインステージへと重力を無視したかのように、優雅にジャンプした。
「き、貴様ぁぁぁっ!」
ステージの上で、辛うじて体勢を立て直したレグルスが、怒りに震えながら叫ぶ。
「あら、まだ、懲りていらっしゃらなかったのかしら?では、懺悔の時間は、もう、終わりですわね」
スーパーラビットは、ハイヒールブーツのロケットブースターの出力を、一気に高めた。
「フォワードの御力に、お祈りは、もう、お済みになりましたか?星屑の海へと還るための、心の準備は、よろしいかしら?」
キィィンという、甲高いエネルギー充填音が響く。
「では、お覚悟なさい。これが、わたくしの、愛と正義の、必殺技! スーパーラビット・キィィィィック!!!」
ズドォォォォン!!
ロケットブースターで加速した蹴りが、レグルスを空の彼方へ吹き飛ばした。
空に「キラーン」と星が光る。
「これで、この街の平和は、守られましたわ。スーパーラビットは、必ず、勝つのです!」
スーパーラビットの、完璧な決めポーズと共に、ステージの全てのスポットライトが、彼女一人に、集中する。
『ありがとう、スーパーラビット!みんなも、我らがヒーロー、スーパーラビットに、感謝の気持ちを、大きな拍手で、伝えましょう!』
ナレーションと共に、会場から熱狂的な、スタンディングオベーションが巻き起こった。
「わあい、やっぱり、スーパーラビットは、カッコイイなあ!」
「憧れの、スーパーラビットさま!」
「さすが、スーパーラビット!ボクたちの、希望の星だ!」
「スーパーラビット!こっち見て!サインください!」
「ああ、もう、辛抱たまらん!あの美しいおみ足で、オラも、蹴られたい!」
様々な歓声が、会場全体から、いつまでも、いつまでも、湧き上がっていた。
「では、これにて、ごめんあそばせ」
スーパーラビットは、観衆に、悩殺的な投げキッスを送ると、ハイヒールブーツのロケットブースターを、再び点火させた。
そして、大きくジャンプして会場の外へと、その姿を消した。
後に残されたのは、熱狂に包まれた会場と彼女の甘く危険な薔薇の香り。
そして、完全に置いてけぼりを食らった俺たちだけ。
「なあ、ミュー。今の、あれって」
「うん。絶対に、仮面女よ」
「アイツ、一体、何やってんだ…?」
「知らないわよ、そんなこと」
俺は深く、とてつもなく長いため息をついた。
頭が痛え。
俺の知らないところで、あの女は何を企んでいるんだ?
それとも、単に目立ちたかっただけか?
どっちにしろ、助けられたのは事実だ。
悔しいが、借りが一つ増えちまったな。
「もう、次、行くか…?」
「うん!」
ミューは気を取り直し、俺の腕に今度はさらに強く、甘えるように抱き着いた。
その体温が、俺の荒立った神経を少しだけ鎮めてくれる。
……ま、退屈はしねえな。
俺たちは興奮と混沌の余韻が残る広場を後にした。
まったく、とんだデートになりやがったぜ。




