第42話 恋する乙女の追跡劇と聖なる救世主
【視点:ミュー】
ポート・リバティの喧騒の中。
星々の光を反射して輝くショーウィンドウや、空中を行き交うビークル。
そんなキラキラした万華鏡みたいな景色の中を、私たちはこそこそと動いていた。
「もうっ! ベレットったら、どこに行ったのよ!?」
私は顔を真っ赤にして、苛立ち紛れに地団駄を踏んだ。
大きなサングラスがずり落ちて、テンガロンハットが傾いちゃう。
ヒョウ柄のマントなんて、今になっては恥ずかしくて死にそうだけど、それどころじゃないわ!
「あの、いけ好かない仮面女と、またいちゃいちゃベタベタするつもりなんでしょ!? 絶対に許さないんだから!」
私の拳は怒りでわなわなと震える。
ベレットが、私以外の女と親密な時間を過ごすなんて……そんなの、絶対にイヤ!
「ミューさん、どうかお心を静かに。そのような状態ではフォワードの精度も低下します」
ナビィが冷静に、でもちょっと困ったように私を宥める。
ボーイッシュな変装が似合いすぎてて、すれ違う女の子たちが振り返ってるけど、それも今はそれもどうでもいい!
「私の広域センサーと、ミューさんのフォワード能力を併用すれば、必ずやマスターの位置を特定できます。ですから、どうか落ち着いて」
「わ、分かってるわよ! 集中すればいいんでしょ、集中すれば!」
私は乱れた呼吸を整えて、ぎゅっと目を閉じた。
意識を一点に、大好きな人の存在へと集中させる。
ベレットの気配。
彼の思考の断片。
彼の感情の揺らぎ。
そして、彼が今、感じているであろう、あの仮面女の、甘く危険な香りまでも、感じ取ろうとする。
ベレット、どこにいるの?
あの仮面女と何してるの?
ダメ!
ベレットは……。
ベレットは……。
ベレットは、私のなんだから!
私の想いが、身体の奥底で眠る力を激しく叩き起こす。
嫉妬も、不安も、全部フォワードに変えて。
閉ざされていた感覚の扉が、ギギギッと開かれていく。
「……! 見つけた!」
私は弾かれたように目を開けた。
ラピスラズリの瞳に、燃えるような確信の光が宿る。
見えた!
「あそこよ、ナビィ! あの対岸まで届きそうな、馬鹿でかいホテルの中!」
私は震える指で、街の象徴「エリュシオン・タワー」を指差した。
「あの黄金の塔の最上階……キラキラした部屋で、あの仮面女と楽しそうにお酒なんか飲んでる! ベレットのバカ!」
脳裏に焼き付いたのは、ガラス越しに夜景を見ながら、親密そうに笑い合う二人の姿。
ただの会話じゃない。
もっと深い、大人の……。
「くっ……ベレット!」
私は奥歯を噛み締めると、ナビィの手を引いて駆け出した。
もう我慢できない。
今すぐ乗り込んでやるんだから!
◇
黄金に輝くエリュシオン・タワーのエントランス。
息を切らして辿り着いた私たちの前に、冷たい鉄壁が立ちはだかった。
「申し訳ありませんが、当ホテル、エリュシオン・タワーは、厳格なる会員制となっております。外部の方の立ち入りは、いかなる理由があろうとも固くお断りしております」
最新鋭のサイボーグガードマン。
無機質な合成音声が、私の希望を打ち砕く。
「なっ……! か、会員制!? そんなの聞いてないわよ! 冗談じゃない!」
私は地団駄を踏んだ。
「どいてちょうだい! 私はベレットに今すぐ会わなきゃいけない、大事な用があるの!」
ガードマンはピクリとも動かない。
「ゲストであっても、事前に登録されたID認証、及び、厳密な生体認証が必須となります。お客様方のデータは、当方のシステムに存在しません。これ以上の立ち入りは、セキュリティ規定に基づき、不許可とします。速やかに、お引き取りください」
あんなに近いのに!
すぐ上の階にいるのに!
「困ったわ……どうしよう、ナビィ。ベレットが……」
途方に暮れて、涙が滲んできたその時。
「おやおや? こんなところで可愛い小鳥ちゃんたちがどうしたんだい?」
背後から、ぬらりとした爬虫類みたいな声がかかった。
振り返ると、悪趣味な金ピカスーツを着た、脂ぎったおじさんたちが立っていた。
いやらしい笑顔。
お酒と香水の混じった、むっとする臭い。
「お困りのようだねぇ、お嬢ちゃんたち。このホテルに入りたいのかい?ん?」
「俺たちが、エスコートしてやろうか?俺たちゃあ、ここの会員様なんだぜぇ?なあ?」
「その代わり、後で、俺たちと、ちぃーっとばかし、楽しい『お茶』でも、どうだい?もちろん、お茶だけじゃあ、済まないかもしれねぇけどなァ、ぐへへへへ…」
男たちの視線が、私とナビィの身体を舐め回す。
気持ち悪い。
怖い。
まるでナメクジが這い回るような感覚。
「ひっ……! い、いや! こ、来ないで! さ、触らないでっ!」
私は恐怖で顔を引きつらせ、後ずさった。
フォワードの力が、彼らから放たれるドス黒い欲望を感じ取って、肌が粟立つ。
「へへっ、いいじゃねぇか、可愛い子供は、燃えるぜ」
「もっと鳴けよ、可愛いお嬢ちゃん」
「俺たちが、いい声を出させてやるよ」
男の手が伸びてくる。
もうダメ……!
やめて……!
触らないで……!
「――おやめなさい」
その時。
凛とした、鈴の音のような声が響いた。
「淑女の方々をそのように穢れた視線で見るものではありません。実に見苦しいですよ」
いつの間にか、私たちの傍らに一人の女性が立っていた。
深い純白のウィンプルで顔を隠した、シスター。
その佇まいは、この街にはあまりにも場違いなほど、清廉で神聖なオーラを放っていた。
「げっ!? あ、アンドロメダのシスター!?」
「や、やべぇ! こんなところに、なんで!?」
「ず、ずらかるぞ!」
男たちは顔色を変え、慌てて逃げ去っていった。
まるで、悪魔が聖水に触れたかのように。
私は呆然とその背中を見つめた。
助かった……の?




