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第41話 天空のラウンジ、仮面の淑女が明かす過去

ポート・リバティの目抜き通り。


煌びやかなネオンサインと、様々な種族の熱気が渦巻く中、俺とローズマリーは並んで歩いていた。


隣を歩く彼女は、夜の闇を纏ったような黒いドレス姿。


洗練された立ち居振る舞いと、すれ違うたびに漂う甘い香りが、周囲の男たちの視線を独占している。


そして、その視線の端には必ず、「なんであんな薄汚い男が?」という俺への侮蔑と嫉妬が混じっていた。


ケッ、見世物じゃねえぞ……。


俺は居心地の悪さを感じながら、わざと肩を怒らせて歩く。


だが、そんな俺の腕に、ローズマリーは猫がじゃれるように、しなやかな身体を絡ませてきやがる。


柔らかい感触。


体温。


そして、脳髄を痺れさせるような薔薇の香り。


正直、悪い気はしねえ。


いや、むしろ……。


だが、それを認めるのは、何かが負けな気がした。


「それで、ローズマリー」


俺はごまかすように、意を決して切り出した。


「惑星企業連合にいたんだってな。ヤツらについて知ってることを教えてくれ」


「あらあら、ベレット様ったら」


ローズマリーは、吐息が耳にかかるほどの距離で囁く。


「せっかくの素敵な『デート』ですのに、そんな血生臭いお話は後にしてはいけませんこと?」


「デートだなんて言ってねえだろ。これは情報交換だ。仕事だ、仕事」


俺はぶっきらぼうに返す。


ローズマリーのサングラス越しの瞳が、楽しげに俺を観察しているのが分かる。


「ふふ、分かっておりますわ」


彼女は悪戯っぽく笑い、豊満な胸をさらにぐいっと押し付けてきた。


……ッ!


こいつ、絶対わざとやってやがる!


「でも、こんな往来での立ち話もなんですし、場所を変えませんこと? あちらをご覧になって」


彼女が指差したのは、コロニーの中心に聳え立つ巨大な塔。


最高級ホテル「エリュシオン・タワー」。


その頂上は、神殿のように輝いている。


「あそこの最上階にそれはそれは素敵な、秘密のスカイラウンジがございますのよ。選ばれた者しか入れない、特別な場所。そこでなら、誰にも、わたくしたちの『密談』を、聞かれる心配もありませんわ」


「エリュシオン・タワーねえ」


その傲慢なまでの威容を見上げた。


「俺みてえな、掃き溜まりのネズミには、ちいとばかし、場違いな気もするがな」


「まあ、たまには、こういう星屑の海を見下ろすような場所も、よろしいではありませんか?」


ローズマリーは、俺の腕を、さらに強く引き寄せた。


「さあ、参りましょう、ベレット様。わたくしが、あなた様を、天上の楽園へとエスコートして差し上げますわ」


彼女の甘く危険な誘惑と、情報への渇望。


俺は彼女に導かれるまま、その輝かしい塔へと向かって歩みを進めた。



          ◇


エリュシオン・タワー、最上階スカイラウンジ。


街を絨毯のように見下ろす、会員制の聖域。


ローズマリーの権限で厳重なセキュリティをいとも簡単にパスし、俺たちは窓際のポート・リバティの夜景が一望できる特別個室へと案内された。


柔らかな間接照明、微かなクラシック音楽、高級アロマの香り。


窓の外には、宝石箱をひっくり返したような風景が広がっていた。


ソファの座り心地は、俺の船のキャプテンシートとは雲泥の差だ。


何もかもが上質すぎて、尻の座りが悪い。


「それで」


俺は、ローズマリーが恭しく注いだ琥珀色の高価な蒸留酒が入ったグラスを、神経質そうに指で弾きながら、再び本題を切り出した。


その酒の芳醇で、複雑な香りが、感覚を鋭敏にする。


「惑星企業連合のことだ。知ってること、話してくれ」


「ええ、もちろんですわ」


ローズマリーは深紅のソファにゆったりと身を沈め、艶めかしい脚を組み替えた。


黒いストッキングに包まれたその曲線美に、視線が吸い寄せられそうになるのを必死で堪える。


「ただし、わたくしが知っておりますのは少し過去のことですけれど」


彼女は艶然と微笑み、語り始めた。


「わたくしは、かつて、惑星企業連合の中でも、特に古い家柄、ルビントン家に、メイドとして、お仕えしておりましたの。彼らは、銀河有数の名門であり、代々、惑星企業連合の重役として名を連ねておりますわ。そして、その血筋の源流には、コンドルの王家の血も流れていると、そう、囁かれておりましたわ」


「かつてコンドル王家の者が宇宙に渡って開いた家か?」


「その真偽は、定かではありません」


ローズマリーは、優雅に肩をすくめてみせる。


「ただ、ルビントン家には、代々、星々の声を聞き、未来を垣間見る特殊な力、フォワードを持つ者が、稀に生まれることがあるという、古い言い伝えがございましたわ」


彼女は、そこで言葉を切り、意味ありげに微笑んだ。


「わたくしは、ただのメイドでありながら、ルビントン家の、そして、惑星企業連合の深い闇を知りすぎてしまいました。そして、命を狙われてましたの」


彼女は、サングラスの上から、そっと目元を押さえる仕草をした。


「生きるために、組織を飛び出したのです」


その姿は、悲劇のヒロインそのものだった。


「仮面をつけ、過去を殺し、宇宙海賊『ブラッディ・ローズ』として、生き抜いてきたのですわ」


その声色の奥に宿る、深い孤独。


華やかなドレスと妖艶な笑みの下に隠された、古傷。


……ああ、そうか。こいつも俺と同じか。


居場所を追われ、過去を捨て、仮面を被って生きるしかなかった同類。


住む世界は違っても、俺たちは同じ「転落者」だ。


親近感など抱くべきじゃない相手なのに、胸の奥がズクリと痛む。


俺の中で、彼女に対する警戒心が音を立てて崩れていくのを感じた。


「メイドから海賊ねえ。苦労してるんだな、お前も」


それ以上、彼女の過去を詮索することはしなかった。


互いに、触れられたくない傷があるってもんだ。


「まあ、そんな、わたくしのつまらない過去よりも、今の惑星企業連合の情報ですわね」


ローズマリーは、すぐに、いつもの妖艶な笑みを取り戻した。


弱みを見せるのは一瞬。


強い女だ。


あるいは、そう演じなければ生きてこれなかったのか。


「今の企業連合の情報ですわね。現CEOのレオンハルト様は、冷酷非情にして底知れぬ野心を持つ怪物。そして、その右腕となったルーナ・ルビントン様」


「ルーナ……」


「彼女は彗星のごとく現れ、COOに上り詰めました。その美貌と冷徹な頭脳、そしておそらくは規格外のフォワード能力によって。『ブラッディ・ムーン』という異名が、彼女の恐ろしさを物語っています」


ローズマリーの声が、わずかに低くなる。


「そして忘れてはならないのが、『ブラック・スター』。レオンハルト様の私兵であり、影の実行部隊ですわ。指揮官はカミーラという名の秘書官。もし彼らが動き出せば、我々のような海賊など一瞬で星屑にされてしまうかもしれません」


「レオンハルト、ルーナ、カミーラ、ブラック・スターか」


俺はグラスを呷り、顔をしかめた。


どいつもこいつも、厄介で胸クソ悪い連中ばかりだ。


ビビってんのか、ベレット・クレイ。


情けねえ………。


「ケッ、どいつもこいつも、厄介で、胸クソ悪い連中ばかりじゃねえか。こりゃあ、骨が折れるどころの話じゃねえな。下手をすりゃあ、本当に、命がいくつあっても足りねえ」


惑星企業連合。


その巨大で、強大な組織の闇の深さを、改めて思い知らされた。


「ベレット様」


自嘲気味にグラスを呷ろうとした時、ローズマリーが身を乗り出した。


テーブル越しに、俺のゴツゴツした手を、彼女の温かい手が包み込む。


サングラスの下の瞳が、真剣な光を宿して俺を見つめる。


「わたくしに、何かできることがございましたら、どうか、何なりとお申し付けくださいませ。わたくしは、あなた様の、忠実なる下僕。あなた様の剣となり、あなた様の盾となりますわ」


その声には、単なる口約束ではない炎のような決意が宿っていた。


なぜだ?


なぜそこまで俺に?


俺はただの、金に汚い薄汚れた海賊だぞ。


だが、その手の温もりはあまりにも心地よく、振り払うことができなかった。


「この身、この魂、わたくしが築き上げてきた全てを代償としてでも、あなた様と、そして、大切な仲間たちを、必ず、お守りいたします」


「ああ……」


狂気にも似た、純粋な献身。


重い。


だが、その重さが、今の俺には心地よかった。


ただ、その強い意志に応えるように、力強く頷くことしかできなかった。


「頼りにしてるぜ、ローズマリー。お前の力が必要になる時が、必ず来るはずだ」


俺はその手を握り返した。


二人の間に、共犯者のような、背徳的で危険な絆が芽生えていくのを感じた。


          ◇


情報の交換を終えた後も、俺たちは席を立たなかった。


重厚なジャズが低く唸り、シャンデリアの光が怪しく煌めく。


グラスを重ねるたび、二人の間の見えない壁が溶けていく。


洗練された立ち居振る舞い。


機知に富んだ会話。


時折見せる、少女のような無防備な笑顔。


その全てが、俺の理性という鎧を少しずつ脱がせていった。


俺は抗いがたく、このミステリアスな女性の織りなす甘美な罠に、自ら深く沈み込んでいく自分自身を感じていた。


……参ったな。


彼女の存在そのものが熱を帯びた誘惑となって、胸の奥で疼き始めている。


それは、リリーナを失って以来、俺が心の奥底に封印してきた「男」の部分だ。


こんな、わけのわからない女にこじ開けられるとはな。


俺はため息をつき、空になったグラスを見つめた。


この毒杯を飲み干した先に待っているのが、破滅か、それとも救いか。


今の俺には、まだ分からない。

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