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第39話 デートのお誘いという名の情報収集

ポート・リバティ停泊数日目の早朝。


スターダスト・レクイエム号のブリッジ。


早朝にも関わらず、船の外は、ポート・リバティの喧騒が、熱を帯びた音楽のように流れている。


錆びたドックワーカーの怒声、怪しげな露天商の呼び声、そして、無数の宇宙船の離着陸の轟音が、ブリッジの隔壁を微かに震わせていた。


俺はキャプテンシートに深く身を沈め、冷めたコーヒーを啜った。


ホログラムディスプレイに映し出されるのは、ここ数日で収集した情報の奔流。


コンドル王国軍、コスモノイド解放戦線、惑星企業連合、そしてアンドロメダ正教会。


複雑に絡み合う勢力図、断片的なニュースの残骸、裏社会の片隅で囁かれる真偽不明の噂。


そいつらが俺の思考を混沌の渦へと引きずり込んでいく。


「クソっ、ガルム爺め。一体何を考えてやがる」


俺は低く唸った。


恩師であり、信用ならない古狸。


あの日、俺にミューを運ばせた本当の目的は何だ?


「マスター。ガルム司令官の行動原理には、複数のシナリオが推測されます」


ナビィの透明な声が思考を遮る。


「ガルム司令官の行動原理には、複数のシナリオパスが推測されます。第一:表向きの理由通り、ミューさんを安全な場所へ、つまり惑星企業連合の保護下へと移送しようとした可能性。第二:ミューさん自身、あるいは彼女が持つ情報を囮とし、反体制派や他の勢力をおびき出すための、高度な欺瞞作戦であった可能性。第三:ガルム司令官の個別の、未だ不明瞭な目的による可能性…」


ナビィは、感情を排した声で、可能性という名のカードをテーブルに並べていく。


そのどれもが、確信には程遠い。


まだまだ不確かな憶測の域だ。


だが、ガルムから受けた依頼の時から一つ引っかかっていることがある。


コンドルと惑星企業連合からの共同の依頼だったことだ。


脳裏に、冷たく、計算高いヤツらイメージが浮かび上がる。


「惑星企業連合、か」


俺は眉間に皺を寄せた。


ニュースじゃ、コンドルと協力して「盗まれた積み荷」を探してるって話だ。


ヤツらが本気でコンドルに協力するとは、到底思えねえ。


連中は、息をするように嘘をつき、平気で裏切る、コウモリのようなヤツらだ。


目的のためなら、銀河の法をねじ曲げ、どんな汚ねえ手だって使う。


ミューの持つ『星詠の巫女』の力を狙っている可能性が高い。


もしミューを狙っているなら、最悪だ。


ヤツらは、資本と技術力という底知れぬ力を持つ存在だ。


一筋縄ではいかねえ。


「もし、ガルムがあん時、本当にミューを惑星企業連合に渡そうとしていたとしたら?いや、ありえねえはずだ。コンドルのプライドが、それを許すはずが、だが…」


確たる答えが見つからない。


「いずれにせよ、惑星企業連合の動きは、もっと深く探る必要がありそうだ。ヤツらが、ミューを、『星詠の巫女』の力を狙っている可能性があるかもしれねえからな。あと、酒場で聞いた、幽霊みてえなステルス戦艦の話も、妙に引っかかる」


俺は、そう結論付け、ディスプレイに表示された企業連合の無機質で洗練されたロゴマークを、忌々しげに睨みつけた。


「それと、アンドロメダ正教会だ」


忌々しく呟く。


僧衣(キャソック)の奴ら、一体何を企んでるんだ?聖女ナナリー?銀河の平和?胡散臭えにも、ほどがあるぜ」


巨大な蜘蛛の巣の中心にいるような感覚。


だが、指をくわえて待ってるわけにはいかねえ。


「まずは、惑星企業連合の情報だ。ヤツらの尻尾を掴まねえことには、何も始まらねえ。ナビィ、何か、手掛かりになるような情報、連中のネットワークに、潜り込めねえか?」


「マスター、惑星企業連合のメインフレームへの直接的な情報アクセスは、現状の我々の装備と技術では、ほぼ不可能です。彼らのサイバーセキュリティは、銀河系最高レベル。鉄壁です」


ナビィは申し訳なさそうに言った後、僅かに間を置いた。


「一つだけ、可能性が残されています。ローズマリーさんならば、何らかの内部情報、あるいは、アクセス可能なルートをご存知かもしれません。彼女の経歴。以前、惑星企業連合の、それもルビントン家に関わっていた、という証言に基づけば」


「ローズマリーか……」


脳裏に浮かぶ、妖艶な仮面の女。


やはり、ただの海賊じゃねえな。


疑念は、消えない。


「そうだな」


俺は覚悟を決めたように立ち上がった。


「まあ、話を聞いてみるしかねえか」


自分に言い聞かせるように呟くと、マグカップをコンソールに置き、ブリッジを出た。


これは仕事だ。


必要な情報を引き出すための、な。


少し重い足取りで、ローズマリーの私室へと向かった。



          ◇


スターダスト・レクイエム号の通路。


俺はローズマリーの私室の前で一瞬立ち止まり、居心地の悪さを押し殺してノックした。


コンコン。


「ローズマリー、いるか? 少し話があるんだが」


やや長い間があった。


その沈黙は、俺にとって永遠のように感じられた。


やがて、電子ロックが解除される微かな音と共に、ドアが静かに開かれた。


現れたのは、深紅の戦闘服ではなく、シックな黒のドレスを纏ったローズマリーだった。


サングラスを着けているものの、これから夜会にでも行くような装いだ。


「まあ、ベレット様。わざわざわたくしの部屋にいらっしゃるだなんて、どうかなさいましたの?」


彼女は全てを予期していたかのような、蠱惑的な笑みを浮かべた。


「いや、その、なんだ」


俺は視線を泳がせながら、ぶっきらぼうに切り出した。


「この前のミューと、ナビィの世話。色々悪かったなと思ってな。その……礼も兼ねて一杯どうだ? ポート・リバティの街で」


我ながら不器用すぎる誘い文句だ。


だが、ローズマリーはパァッと顔を輝かせ、胸元で小さく手を合わせた。


「まあ! ベレット様から『デート』のお誘いをいただけるなんて! 光栄ですわ! 喜んでお供させていただきます」


サングラスの奥の瞳が、悪戯っぽく光った気がした。


二人はどこかぎこちなく、しかし互いを強く意識しながら、連れ立ってタラップを降りていった。

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