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第38話 甘える女海賊と吠える箱入り娘

カジノのエントランス。


俺たちは待機していたハイヤービークルへと乗り込んだ。


豪華で、完全にプライバシーが守られた車内。


柔らかなレザーシートの感触。


静かに流れる、心地よいクラシック音楽。


窓の外を、ポート・リバティの虚飾に満ちたネオンが万華鏡のように流れていく。


ローズマリーは俺の腕にそっと甘えるように抱きつき、仮面の下の瞳で見上げてきた。


「今日は本当に助けていただき、ありがとうございました。ベレット様がいらっしゃらなければ、わたくし今頃どうなっていたことか」


「フン。キャプテンとして当然のことだろ」


まあ、コイツなら、助太刀なんていらなかったかも知れねえがな……。


俺は淡々と答え、窓の外へ視線を逸らす。


「それにしてもローズマリー。お前、あんな場所で一体何をやってたんだ?」


彼女は、視線を落とした。


「『ブラッディ・ローズ』としてのケジメを、つけに行っていたのです」


その声に、ほんの少し寂寥の色が滲む。


「このポート・リバティという街は、わたくしにとって、色々な意味で、因縁深い場所でしたから。これから、あなた様にお仕えする上で、過去のしがらみは、全て、断ち切っておかなければ、ベレット様に、ご迷惑をおかけしてしまいますから」


「そうかよ」


それ以上、深く詮索するのは野暮ってモンだ。


しばらくの間、車内に静謐なクラシック音楽が流れる。


俺は無造作に前髪を掻き上げ、窓の外を見ながらぽつりとこぼした。


「……お前さんがいねえと、船の飯がどうにもマズくて食えねえんだ」


「え?」


「だから、一人で出かける時は、ちゃんと前もって俺に一言断ってから行け」


「ふふふ」


ローズマリーは心の底から嬉しそうに微笑んだ。


「ベレット様は、本当にお優しいお方ですこと」


彼女は俺の肩に頭を預けた。


甘い香りと温もりが、硝煙の匂いを上書きしていく。


車窓を流れるネオンの光だけが、二人の沈黙を静かに照らしていた。


          ◇


ドッキングベイ。


ハイヤービークルが滑らかに停車する。


車体後部のドアが開き、俺はローズマリーの手を取ってエスコートした。


彼女は優雅に、そして少し弱々しげに降り立つ。


「ベレット様」


タラップの前で、ローズマリーが立ち止まった。


「もう少しだけ、運んでくださいまし」


彼女は俺の胸板に身体を預ける。


豊かな胸の感触と、上目遣いの甘い視線。


「ったく、しょうがねえな」


俺は、ため息をついた。


「船の中まで、だからな。後は、自分の足で、ちゃんと歩けよ」


「あらあら、つれないことを仰いますのね」


ローズマリーは、どこか挑発的な声色で尋ねた。


「わたくしの部屋のベッドの上まで、優しく運んでくださらないのかしら? 素敵なお礼をして差し上げますわよ?」


「ぬかせ」


俺はローズマリーを横抱きに抱え上げた。


鼓動が少し速くなるのを感じながら、俺はスターダスト・レクイエム号のタラップを上がる。


艦内に入り、居住区画への通路を、慣れた足取りで進んだ。


「ローズマリー。もういいだろ。降ろすぞ」


「もう少しだけ、運んでくださいまし。ベレット様」


「もう居住区だぞ」


「もう少しだけ……。」


彼女の抱きつく力がだんだんと強くなる。


コイツ……。


意地でもやめない気か。


俺は、ローズマリーを降ろそうと試みる。


だが、彼女の腕を振りほどけない。


力が強すぎる!


ゴリラかよ……。


ローズマリーと水面下で格闘していると、やがて船長室とラウンジへと続く、広い通路まで到着していた。


ウィーン……


ラウンジのドアが、俺ら接近を感知し、音もなく開かれた。


そこには、仕事を終え、ソファで寛ぎながら、仲睦まじげに会話を交わしている、ミューとナビィの姿があった。


「マスター、ローズマリーさん、おかえりなさいませ」


ナビィがいつも通りの声で出迎える。


だが、ミューの顔は完全に凍りついていた。


視線は一点。


俺に抱きかかえられているローズマリーに釘付けだ。


「べ、べ、ベレットォォォォォーーーーーっ!!!」


ミューの絶叫がラウンジを揺るがした。


「仮面女と! な、な、何してるのよぉぉぉっ!! ていうかローズマリーも! 何抱き着いてるのよ! お、お姫様抱っこだなんて!!!」


ミューは顔を真っ赤にして、わなわなと震えながら詰め寄ってくる。


ラピスラズリの瞳は嫉妬の炎で燃え盛っていた。


「落ち着け。コイツが、カジノでヘマやって、ヒールを壊したからだ。それで、仕方なく、運んでやってるだけだぞ。他意はねえよ」


「あらあら、ミューったら」


その時、俺の腕の中でローズマリーがうっとりとした声を出した。


「ベレット様は、この、か弱いわたくしが、野蛮な獣に、無理やり婚約を結ばされそうになった絶体絶命の窮地に、まるで白馬の王子様のように、颯爽と駆けつけてくださったのですわ。そして、この、わたくしを、その逞しい腕で、優しく、お姫様抱っこで、助け出してくださったの」


ローズマリーは恍惚の笑みを浮かべ、俺の頬に顔を寄せた。


――チュッ。


音を立てて、頬にキスをする。


所有の印を刻むように。


「ななななななななななーーーーーっ!? あ、ああああああああああーーーーーっ!!」


ミューが奇声を上げて崩れ落ちそうになる。


これ以上はマズイ。


「チッ、もういい加減にしろ!」


俺はローズマリーを床に乱暴に降ろした。


これ以上ここにいたら、鼓膜と精神が持たねえ!


「今日はもう疲れた! 俺は寝る!」


「ちょ、ちょっとベレット! どこ行くのよ! 待ちなさいよ! 絶対に許さないんだからぁぁぁっ!」


「うるせえ!今日は疲れたんだ!」


背後からミューの金切り声が追いかけてくる。


俺は自室に飛び込み、扉をしっかりとロックした。


「ベレットー! 開けなさいよ! ベレットのバカー! 意気地なしー! うわぁぁぁぁん!!」


ドンドン! とドアを叩く音と、泣き叫ぶ声。


俺はベッドに倒れ込み、天井を仰いで深いため息をついた。


……ったく、どいつもこいつも。


頬に残るキスの感触を手の甲で拭う。


面倒くせえ。


本当に面倒くせえ。


だが、まあ……。


いままでの孤独よりかは、この騒がしい嵐の方が、幾分かマシな気がした。


扉の向こうでは、ミューの叫び声とローズマリーの楽しそうな笑い声が、いつまでも響いていた。

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